November 24, 2023

瀬戸内海の島でみつけた、未来をひらくアイデアと行動力。

文・写真:井上恭介

瀬戸内海に浮かぶ周防大島では、穏やかな海と島々の様々な表情を見ることができる。

旅のはじめは、ちょっとしたつまずき。到着した山口県の岩国空港でレンタカーを借りるはずが、一台もない。コロナ禍が明け、多くの人が活動的になったからだろうか。雨の影響で飛行機が遅れたため、バスはあきらめタクシーで2キロほど離れたJR岩国駅へ。コンコースを走って、目指す列車になんとか時間通りに乗り込んだ。

電車の窓から瀬戸内のしまなみが見える。周防大島にかかる橋のたもと、大畠駅に降りたつと、<瀬戸内ジャムズガーデン>の松嶋匡史さんの車がさっと止まった。1キロ以上ある橋を渡り周防大島に入ると、島周回の道に入った。

松嶋さんと出会ったのは2012年。完全手づくり、添加物一切なしのジャムを1個およそ800円で売り、隣県の100万都市、広島などからも買いにくる客が増えていた。山口県のみかん生産量の80%を担うこの島は「みかんの島」として知られているが、国内の激しい産地間競争、日米関税交渉で急に安価になったアメリカ産オレンジに圧倒され、みかんが「お荷物」だった時期もある。この島の高齢化と過疎化もそれに拍車をかけた。そんなみかんを最高の素材としてあえて農家から高値で買い、島のみんなで豊かになりたいという松嶋さんのアイデアにより変化が起きた。「舌に色がつかない」かき氷のシロップ。農家を辞めたいお年寄りを移住者の若者が継ぐ仕組みなど。2021年、本州と島を結ぶ橋にタンカーが衝突して観光客も水道水の供給もストップしたときは、いち早く井戸水を活用。様々な島の商品を通販で売ろうと動き、さらにレモンリキュールを、コロナ禍の中で開発した。そのため松嶋さんは新たに酒造免許まで取得した。

コロナ明けの今年は「宿」の開業だという。そこで集落の元庄屋の屋敷の改装を始めた。大きな庭では、寺の住職を務める義理の父親が重機を操っていた。灯篭と椿、サルスベリの木は残し、周囲にリキュールを作るためのレモンの木を植えた。なんという地元文化、歴史へのリスペクト、なんというセンスだろう。

その松嶋さんが、動きがとにかくすごいという大工の久保田浩史さんと、鮨屋を営む久保田英之さんという兄弟を訪ねた。向かったのは英之さんが営むカウンター8席だけの鮨屋。以前、この店でたまたま夕食をとったのだが、女将さんさえいないひとりでのサービスとトーク、そして寿司の味に圧倒された。その兄にも「会ってみたい」というのが今回の訪問の理由だった。昼間訪ねると、奥の広大な土地にたくさんの「切った木」が置かれていた。

店の裏でまな板を洗っていた英之さんが、「ウロコや内臓を店の中で取るとどうも匂いが残る気がして」と語った瞬間、あの夜を思い出した。一見普通の蒸しエビだが、市場には出さず漁師など地元の人が食べてきた、少ししか獲れない希少なエビだった。獲れたてをさばいたあと、寝かしてみて、酒をかけたり、乾かしたり、手をかけ、また寝かして数日。ベストタイミングを見極めて、客に出す。英之さんの、よどみない解説と、あふれ出る豊かな味が、よみがえってきたのだ。それは、ある種、美学といってよい世界だった。

そこへ兄・浩史さんが戻ってきた。彼により、切った木が「島の宝」になっていく。ある家で切り倒した邪魔もの、ナラとサクラ。ナラは“ほだぎ(しいたけ菌を植えた原木)”に。サクラにも別の美味しいキノコができる。サクラチップはスモーク料理に。端材やおがくずは燃やし、エネルギーとして活用。全部無駄にしない。材木置き場には、松嶋さんが“ジャムの店の看板用に取り置き中というケヤキの板。よい香りが断面からたちのぼる、直径1メートルを超える大きさのクス材もあった。

山口県の周防大島で、まさに“里山資本主義”で島を活性化させようとする松嶋匡史さん。
PHOTOS: KYOSUKE INOUE

浩史さんは、最近のエネルギー高騰に胸をいためている。バイオマス発電が流行となり、材木としてつかえるものまで燃やしたり、その一方で、原発への依存も拡大している。彼の発した“身の回りの資源を必要な分だけ”という言葉が、凛とひびいていた。

夕方が近づいていた。住職からきいた島一番の夕日スポットで1時間立ち尽くした。夕食のサワラの刺身と小イワシの天ぷらの、味とボリューム。翌朝、海岸で全身に朝日を浴び、松嶋さんの店のカフェスペースへ。一面にイチゴの輪切りを並べたクレープの華やかなこと。このクレープは、パティシエ志望の女性の移住者が考案したという。

実は最近、松嶋さんは新製品を開発した。1個2000円のジャムだ。普通に考えると高価だが、「自分のリミッターを外したんですよ」とニコニコ話す。不覚にも、買う人が『これ買いたいな』と思う価格でないと商品は売れないのでは?という顔になっていた私に、松嶋さんが続ける。「1個800円のジャムでも、やりたいことが自由にできるわけではない。ホンモノ志向がひとつのスタンダードになった今の時代、“やりたいけど無理”という考え方を辞め、究極のジャムをつくることに専念した」というのだ。そして、絶対にぶれてはいけないことがある。島の人たちが豊かに生きるためにやる。だから島の人、島の中、島の資源にこだわる、と。

こんな松嶋さんだからこそ、日本の農家全員があこがれる「日本農業賞」を、2021年にもらったのだろう。しかもとった部門は「食の架け橋の部」。奇しくも、としかいいようがない。

松嶋さんの異次元ともいえるチャレンジは、その後も続いている。私がこの原稿を書いているのは、彼がことしの夏オープンさせた「庄屋さんの家を改造して開業した一棟貸しの宿」である。

井上恭介(いのうえ・きょうすけ)

作家・テレビディレクター。1964年生まれ。東京大学卒業後、1987年、NHK入局。以降ディレクター・プロデューサーとして30余年、『NHKスペシャル』などのドキュメンタリー番組を制作、あわせて取材記を執筆してきた。現在、ジャパンタイムズが主宰する「Sustainable Japan Network」アドバイザーも務める。今回の連載『Satoyama Capitalism 2024』では、自らが長年取材を続けてきた“お金第一主義”ではない価値観で暮らす人々を紹介する。

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