March 29, 2024

「島留学」のススメ。周防大島の生徒たちとともに。

文・写真/井上恭介

海越しに周防大島高校を見る。新校舎と同時に建てられた「女子寮」は、この春5回目の新入・留学生を迎える。
PHOTOS: KYOSUKE INOUE

埼玉県川口市から「島留学」した高校1年生女子は、私にこう言った。

「ひたすら受験勉強。3年間は大学受験だけのためだけにあるという高校生活は、嫌だと思っていた。ある日、周防大島高校の素晴らしさを知ってもらおうと東京にやってきた校長先生の話を聞く機会があった。高校生が地元の人と作ったという塩をもらって翌日おにぎりにして食べた。それがすごくおいしくて、島に行ってみたくなった。さっそくその高校を訪ね、寮も見た。ここで3年間を過ごそうと決めた」

その高校とは、瀬戸内海に浮かぶ、山口県・周防大島町の周防大島高校。元々、長い間統計上、高齢化率が全国一だった島だから、高校の存続さえ危うくなるのではないかという時期もあった。卒業生は、ほとんど島の外に出る。そしてほとんど帰ってこない。高校にいる間に「島にはこんな魅力がある」「こんな可能性がある」ということを知ってもらえば、ふとした瞬間に「島に帰ろうかな」と思うきっかけになるのではないか。島に移住してきて起業した人なども協力する形でユニークなカリキュラムが生み出され、試行錯誤を続けて6年あまり。今や、町外、県外から、毎年数十人規模の中学生がこの島に留学してくる高校に、なっている。

横に座る、熊本から「島留学」した高1女子が語った動機は、異なっていた。ブルーベリー農園を営む両親が、周防大島の<瀬戸内ジャムズガーデン>(この連載の2回目で取り上げた)に行ってみようと車を交代で運転。店を見た後、地元の人と話したり、交流したりするうち、「島留学してみたい」となったという。だからこの日も、素敵な挑戦をする大人、いきいきと生きる大人の話が聞きたい、と彼女は語った。

ひとり故郷を離れ、見ず知らずの地で寮生活を始めた高校生の女子二人が驚いたこと。例えば公共交通機関の話。埼玉では電車の時刻など気にせず、駅に行って来た電車に乗る。一方熊本では、調べておかないと延々とバスを待つことになる。互いに驚いたと、笑いながら語った。

他でも知ることができるたわいもない内容かもしれない。でもそれは間違いなく、思い切って島留学してきたからこそ出会えた刺激的な体験なのだ。誰かの部屋のベッドで2、3人が川の字になり、そのまま寝てしまうこともある。休みの日一緒に海に行ったり、寮できこえる謎の音、怪談話で盛り上がったり。同級生とこんなに語り合うなど生まれて初めて。こんなに楽しい毎日になるとは、思ってもいなかった。そう熱く語る彼女たちの目はキラキラ輝いていた。

それは若い二人の人生にとって、どれほど有益なことなのか、率直に尋ねてみた。埼玉の女子は、難しい質問ですね、と言いつつ話しを続けた。「とにかく毎日新たな発見がある。高校でも寮でも。朝、出会ったおばあさんに「おはよう」と声をかけられる。「島の暮らしはどう?大丈夫かい?」と心配してくれる。考えてみれば、それも今までにない体験。たぶんこの選択は間違っていない。そう信じて3年間を走り抜けたい」。

そこには「逃げ」も「ごまかし」も「追従」も「あきらめ」もない。閉塞感におしつぶされそうといわれる現代日本人に欠けている大切なものを見た気がした。

全校生徒を前に「政策アイデア」を発表する、高校3年の江本弥生さん。志望していた山口県警への就職を決めた。

そして、もうひとつ強く思ったことがある。スマートフォンなどから情報が無限にあふれだす現代、東京などの都会では特に“健全なコミュニケーション”が無くなっているのではないか。朝、通勤電車に乗る人はほぼ全員、携帯電話を見ている。高齢男性がスマホのゲームに没頭、というのも今や定番。多くの耳にはイヤホン。混んだ車内から出る時も皆無言のまま。夜、居酒屋に行っても、話すのは一緒に行った人だけ。隣のグループと思いがけず意気投合という光景を、最近見たことがない。気味の悪い犯罪がいつ誰を襲うかわからない状況で、知らない人としゃべらない、目をあわさないことは仕方のないことかもしれない。でも、そんな社会で目を輝かす若い世代は育つのだろうか。少なくともその意味において、彼女たちが瀬戸内海に浮かぶ島の高校に留学したことは、大きな意味をもつ選択だったのではないか。

周防大島高校は2022年、内閣府が主催した「地方創生☆政策アイデアコンテスト」で上位入賞した(ということは、同様の高校は全国各地にある、ということでもある)。彼らが発表したアイデア。世界的にも貴重なニホンアワサンゴという美しいサンゴを保護しながら観光資源にしたい。船底から「水族館のように観察できる」船をつくって、ツアーを組む。多くの地元企業などにも参加してもらい、来島者、宿泊者も増やす。町や県も加わる形で実現に向け、第一歩を歩みはじめた。

後輩たちは2023年、新たなアイデアを加え、クラウドファンディングで資金を募り、全国大会出場を目指した。無から有を生み出す苦しみを引き受け、議論や試行錯誤を繰り返して、彼らなりにベストな政策アイデアを導き出した。山口県で1位となり、中国地方全体での選考に進んだが、全国大会出場は逃した。しかし、その全国大会で「自作の動画」が紹介されるという、前代未聞のことが起きた。ニホンアワサンゴが見られる「水族館のような船」の拠点は、本当の第一歩を歩みだした。3年生のバトンは、2年生・1年生に、渡された。高校生たちは、走り続ける。

井上 恭介(いのうえ きょうすけ)

作家・テレビディレクター。1964年生まれ。東京大学卒業後、1987年、NHK入局。以降ディレクター・プロデューサーとして30余年、『NHKスペシャル』などのドキュメンタリー番組を制作、あわせて取材記を執筆してきた。現在、ジャパンタイムズが主宰する「Sustainable Japan Network」アドバイザーも務める。

今回の連載『Satoyama Capitalism 2024』では、自らが長年取材を続けてきた“お金第一主義”ではない価値観で暮らす人々を紹介する。

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