February 22, 2024
山梨県にもっとレストラン文化を。
2011年のオープン以来、都内で店を運営していたオーナーシェフの鈴木信作、マダムの石田恵海夫妻が「もっとのびのび子育てをしたい」と移住を決意。特に身寄りがあるわけでもないが、美しい風景と自然環境に惹かれ、山梨県北杜市にイノベーティブレストラン『Terroir 愛と胃袋』をオープンしたのは2017年のことだった。当地は長野県から山梨県にかけて南北につながる八ヶ岳の山麓にあり、江戸幕府によって整備された五街道のひとつ、甲州街道に合流する佐久甲州街道の宿場町。その物流拠点となっていた築180年の問屋を店舗として利用している。ときにタヌキや狐が姿を見せ、鹿の鳴く声が聞こえることもあるメインダイニングは、かつては馬屋だったとか。店内には元々、問屋で使われていた箪笥や屏風も置かれている。レストランのスタッフは基本的に鈴木と石田の2人だけ。できることが限られているため、予約は昼夜とも1組、週末は2組まで、10名までしか受けていない。
コースは昼夜¥21,780(税・サ込)。テーブルに置かれたメニューの裏面には野菜、肉、魚などの食材からコーヒー、ワインなどの飲料、器、リネン、メニューを印刷した和紙に至るまで生産者の名前が記され、それら8割以上が地元、山梨県産となっている。
「僕たちもそうですが、八ヶ岳山麓には工芸やアートの作家、農業従事者など、若い世代の移住組が結構いるんです。もともと、富士山系の水脈が流れていることもあり、水も土もいいので元々、生産者が集まっていたところに、さらに新規の人たちが住み着いて、さまざまなチャレンジをしています。海がない分、温泉があり、湧水で鱒を養殖するなど、新たな名産品も生まれているんですよ」(鈴木)
清い水で育っただけにピュアな味わいがあり、ほどよく脂が乗った八ヶ岳湧水鱒と有機栽培で土っぽさと甘みを備えたビーツを組み合わせたスペシャリテをはじめ、プティフールまでの約10皿には山間ならではの恵みが、盛り込まれる。
完全なガストロノミー・レストランだが、鈴木夫妻が「親子3代でガストロノミーを楽しめるレストラン」を標榜することもあり、乳幼児からの利用も可能だ。10ヶ月以降の離乳食、幼児にはキッズメニュー、小学生向けのジュニアメニューの用意がある。また、レストランのすぐ向かいでは、江戸時代の寺子屋をリノベーションした1日1組1棟貸しのオーベルジュ(1泊2食、1人¥43,409〜)やカフェも運営。時折「八ヶ岳ガストロノミーツーリズム」と称するアウトドアランチとディナー付きツアーも行っている。北杜市で野菜や川魚の生産者を訪ねたり、酒造りや芸術、文化、自然に触れたうえで、鈴木の料理を味わえば、より深く感じるものがあるだろう。また、山梨県にレストラン文化を広めたいという思いから、月に1度、主に地元の若い人向けにカジュアルランチの提供も行う。
一部の富裕層のみならず、幅広い年齢層に向けてガストロノミーの世界をアピールする取り組みは、レストランを中心に地方創生を試みる人々にとって、参考になるものが多い。鈴木夫妻に続く意欲ある店が増えることを願う。
鈴木信作(すずき しんさく)
1979年長野県飯田市生まれ。中学卒業後、名古屋市の日本料理店にて住み込みで修業を始める。21歳で上京し、創作和食の店で勤務。2005年より『レストランJ』をはじめ、数店のフレンチレストランで勤務。2011年、東京都三軒茶屋で『Restaurant 愛と胃袋』オープン。2017年、山梨県北杜市に『Terroir 愛と胃袋』と店名を改め、移転オープン。