June 23, 2023
東日本大震災を乗り越え、福島の土地にこだわり奮闘する。
「Destination Restaurants 2023」に選出された10店から、特にその名にふさわしい1店を選ぶ「The Destination Restaurant of the year 2023」には、審査員3名の満場一致でイノベーティブ・レストラン『ハギ』が選ばれた。同店が店を構えるのは福島県のいわき市である。東京からは特急電車で2時間半。人口32万人超と、東北地方では宮城県仙台市に次いで2番目に人口が多い街だ。明治期より炭鉱と鉱山で、1960年代~1970年代の高度経済成長期には工業都市として栄え、漁港を併設する小名浜港は東北一の工業製品出荷額を誇る。また、いわき市といえば、フラガールショーで人気の〈スパリゾートハワイアンズ〉が有名だ。ここは50年代から斜陽となった炭鉱で働く労働者とその家族の雇用創出のためにつくられた観光施設で、その成功物語は映画『フラガール』となり、日本人の多くが知るところとなっている。
しかし何よりこの地域は、2011年3月11日に起きた東日本大震災で国から「激甚災害」指定を受けた場所だと言うことに触れないわけにはいかないだろう。市内の死亡者数は468名、建物は一部損壊から全壊まで含め91,180棟の被害があった(2023年3月22日/いわき市対策本部発表)。また、原発事故を起こした福島第一原子力発電所から南へ25〜60km圏内にあることから、3月14日の事故直後は一時的に放射線量が高まるということもあった。幸いにも、2日後の16日に海側へと抜ける風が吹いた結果、大規模汚染は避けられ水道水や農作物に対する放射線の影響は軽減された。
とはいえ、原発事故直後は一部の食材に対して出荷制限がかかった。『ハギ』から車で15分の距離にある小名浜港を含む福島県の沿岸及び、底引網漁業は長らく操業停止を余儀なくされた。現在では安全性が確認された農作物が多く市場に出回るようになっている(山で自生する山菜やきのこ類は出荷制限されたままの地区も今だある)。また水産物も、試験操業を行い放射線量の継続検査をしながら徐々に魚種や漁獲海域を拡大、2020年2月には全ての魚介類の出荷が可能となった。
そんな過酷な12年の月日を、生産者と手を取り合って料理をつくり、福島県産食材の素晴らしさを世界に対してアピールする役目を先頭きって果たしてきたのが、『ハギ』のオーナーシェフ、萩春朋だ。震災前は5,000円でディナーコースを出す、40席強のフランス料理店を営んでいた。しかし、震災後に料理観や仕事に対する姿勢が大きく変わった結果、質の高い食材を値切らず、正当な価格で生産者から購入、生産者の生活の発展を促すために値上げを断行した。店名も変え、ディナーのみとし、19,360円(税・サ込み)のおまかせコース1本に。また、つい最近までは1日1組限定で営業をせざるを得なかった。
「原発事故の影響による出荷制限のほか、食材を作っていた人が避難していなくなったりもしました。昨日まであったものを“失う”という経験をしました。それでも近くにあるもので料理をつくろうとすると、1日1組分の食材を集めるのがやっとだったのです」
現在は通常の体制に戻したが、それでも8名で満席。以前の1/5の客数でも経営が成り立つのは、地元だけでなく他府県から、フーディーをはじめ、多くの人がやってくるようになったからだ。
アミューズからデザートまで15品前後。食材は主に店から車で1時間以内の範囲で産するものが9割を超える。例を挙げてみよう。畑で掘って30分も経たないうちに、薪で1時間焼きトロトロになった新玉ネギと、地元で売れなくて困っていたという岩魚の卵を合わせたアミューズ。福島市の魚に指定されるメヒカリを薪でサッと炙ったものと、酒蔵からもらった白糀やコシアブラなどの山菜を添えた一品。産地ならでは、どの料理も食材それぞれが鮮烈な風味を放っている。
これらを味わうことができるのは、災害で打ちのめされても土地を捨てず、希望を持って歩んできたシェフや生産者を含む、福島の人々の頑張りがあったからこそだろう。