June 23, 2023
地域に根差した店が、地方都市の「食」を変える。
桜の花のつぼみが膨らみ始めた3月上旬、ジャパンタイムズ本社(東京都千代田区)にて、3回目となる「Destination Restaurants 2023」の選考会が行われた。昨年の審査直後から丸1年をかけて日本各地を再び食べ歩いてきた辻芳樹氏、本田直之氏、浜田岳文氏の3名は、事前に対象店を140店強から30店弱まで絞り込んだうえで、この最終選考に挑んでいた。選考対象となるのは、2021年(第一回)と、2022年(第二回)に選出された20店を除外した「東京23区と政令都市を除く」場所にある、あらゆるジャンルのレストラン。 今回も地域的には北海道から沖縄まで、ジャンル的には和食、フレンチ、イタリアン、中華、イノベーティブ、エスニックと幅広い店が候補に上がった。
国内外の名店で修業したシェフもいれば、独学で腕を磨いたシェフもいる。そんななか、福島県いわき市のイノベーティブレストラン『ハギ』が満場一致で「The Destination Restaurant of the year 2023」に選ばれた。「萩春朋シェフは東日本大震災と原発事故をきっかけに、土地の生産者と二人三脚で食材に向き合い、それが認められてフランスのエリゼ宮で腕を振るったこともある。そんなストーリーも含めて、味わってほしい」と辻氏。
浜田氏は、代々続く店が多い日本料理と比べて、一代限りで終わる店がほとんどという日本のフランス料理界にあって、「親子二代にわたって腕をふるい、料理を進化させている」と、栃木県宇都宮市『オトワレストラン』を推した。また本田氏は、「地方の寿司店は魚の鮮度だけで勝負する傾向にあるが、新潟県新発田市の『登喜和鮨』は非常にクリエイティブ。1年ごとに年々進化を遂げていて、目が離せない。また、酒類のセレクトが洗練されていることも高ポイントだ」とコメントした。
他には、地元・富山の日本酒醸造元である<桝田酒造店>が町おこしを仕掛けるなか、その中核となるレストランとして評価を高める富山市東岩瀬町『御料理 ふじ居』も、地方創生のお手本として名前が上がった。いずれも辻氏が言うところの「海外の人に知って欲しい、日本におけるサステナブルな店」ばかりだ。
今回は、店としてのメッセージ性が強く、料理の完成度が高い10店が選ばれた。残念ながら審査で名前が挙がりつつも、リストに入らなかった店もある。しかし、日々、日本の地方レストランは成長し、魅力的な新店が誕生し続けていることは間違いない。それを実感した審査会であった。
3名の審査員コメント
辻 芳樹
30年前まで、ある店を訪れるということはその店の「看板料理」を食べに行くことだった。だが、おいしさの価値観が変化している現在、シェフたちは「自分がなぜ、この地にいるのか」をコース全体で表現している。つまり、彼らの一品というより、その人の哲学とともに、技術をいただくという嗜み方に変わってきた。その結果として、「Destination Restaurants 2023」でも必然的に確かな技術力を備えたシェフの店を選ばざるをえなかった。これは過疎化が進み、労働力を確保し、かつ、料理人として育て上げる環境が整っていない地方では、非常に難しいことだ。だが、だからこそ、料理人にはその困難を乗り越えてチャレンジをし続けて欲しい。奈良市『白』は2015年のオープン直後からしばらくは今のような個性の強いスタイルではなかったが、ひと口食べてすぐ、シェフの腕がいいことがわかった。その技術を元に、今後ますます店は成長していくだろう。今回で「Destination Restaurants」は3回目を迎え、北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、九州、沖縄の地方都市にある30軒を表彰してきたが、四国地方にある店は現時点ではリストに上がってきていない。だが、我々はそのエリアの店を調査し、候補にも挙げている。今後、四国から「Destination Restaurants」を選出することを強く願っている。
本田 直之
「料理もワインも正しく理解して食べてもらいたいから」とシェフ自ら、その思いも含めて客席で説明する長野県『レストラン ナズ』のように、現代におけるガストロノミーはシェフの哲学を食べる、アート作品のようなものになっている。だが、その域に至るのは困難だ。我々が「Destination Restaurants」で選んできた店の多くが、オープン時は1,500円のパスタランチから始めて、何年もかけて自分のやりたいことを表現し、おまかせコースを認めてくれるゲストを増やしてきた。この3年間でも地方の良店が増えているのは、そんなシェフたちの努力あってのこと。青森県『カーサ・デル・チーボ』は近隣の牧場で育てた猪を使う。ジビエではないからレアで出せる特性を、シンプルに活かしている。山形県『レストラン パ・マル』は現代フランス料理において、存在感が薄れているクラシックなソースをきちんと作りつつ、そこにカカオを加えるなど、伝統とモダンをうまく融合させている。そんなところにオリジナリティ=哲学を感じる。ビジネスだけを考えれば、採算が取れなければ店を閉めればいい。だが、料理人が人生を賭けて営む店は多少のことには負けない。その象徴が原発事故による風評被害をも乗り越えて、地域に希望を与える店になった、福島県いわき市の『ハギ』だと思う。
浜田 岳文
国内外で年間延べ850軒ほどレストランを訪れる。食べ歩くほど、料理には技術力が必要であるという、当たり前のことを痛感する。愛知県豊橋市で半年以上も予約が取れない人気フレンチレストランが、2018年に沖縄県の離島に移転し『シス』として生まれ変わった。「理想のクオリティに達していなければ、沖縄食材を使う必要はない」という考えから、当初は地元食材に頼らない料理を作っていた。それでも県外からやってくる人々を魅了するのはシェフの確かな技術ゆえ。演出も楽しく、非常に手が込んでいる。最近では地元の生産者とのつながりが増えたことで、徐々に沖縄食材も増え、料理の幅も広がっている。山梨県『Terroir愛と胃袋』はフレンチをベースに和やエスニックな要素を取り入れた作風。近隣で獲れた岩魚をパイ包みに添えるブールブランソースに、シェフの母が手作りした漬物を加えるなど、独特の個性を発揮している。また、この店がプロデュースする宿泊施設が近くにあるのも嬉しい。古民家を改装した宿は一棟貸しで、レストランの世界観そのままの設え。「素晴らしい食事を堪能した後、ほかに選択肢がなく、ムードのないホテルに泊まるしかない」という地方ならではの問題を解決している。地方のレストランにおいて、よいホテルが近くにあるかどうかは、今後も集客のカギとなるだろう。