May 24, 2024
「Destination Restaurants 2024」審査会では何かが語られたか?
2024年2月下旬、ジャパンタイムズ本社(東京都千代田区)にて、4回目となる「Destination Restaurants 2024」の審査会が行われた。今年も1年をかけて日本各地を再び食べ歩いてきた辻芳樹、本田直之、浜田岳文の3氏は、事前に対象店を約120店から20店弱まで絞り込んだうえで、最終選考に臨んだ。選考対象となるのは、2021年(第一回)から2023年(第三回)に選出された30店を除外した「東京23区と政令都市を除く」日本各地のあらゆるジャンルのレストランだ。
シェフ自らの、そしてその土地そのものの個性を表現する候補店はそれぞれ魅力があり、議論は白熱した。そんななか、3人の満場一致で自然が広がる海辺の街、北海道中川郡でジビエ料理を提供する『ELEZO ESPRIT』が「The Destination Restaurant of the Year 2024」に選ばれた。「以前から北海道で獲ったジビエを東京に運んで料理を出していたが、2022年10月に絶好の条件で狩猟ができる場所のすぐそばに宿泊施設ありきで処理場まで作り、料理を出すという現地ですべて完結させるシステムを作った。しかも佐々木章太シェフは料理が非常にうまい。そこまでこだわって初めて、食材が昇華できるという好例」と辻。
本田は新潟県村上市の日本料理店『新多久』を強く推薦。「江戸時代に創業して現在の店主である山貝真介で5代目。先代までは広い館内で宴会なども請け負っていたが、意を決してそれをやめ、あえてスペースを限って営業している。弟がワナで仕留めた魚をはじめ、村上市産の食材だけでオリジナリティの高い料理を作っている。この域に達するには相当な努力があったはず」と語る。一方、「村健太郎が4代目大将として腕を振るう富山県富山市『海老亭別館』は小規模の店舗を新築して移転した。高度経済成長期に拡大した店舗を受け継いだ料理人がいかに今の時代に適応して進化するか、どちらの事例もモデルケースになる」と浜田も賞賛する。
また、今年元日に発生した能登半島地震によって甚大な被害を被った石川県七尾市の日本料理店『一本杉川嶋』もランクイン。受賞の打診をした2月下旬の時点では水道も通ってないような状況だったにも関わらず、受賞を快諾してくれた店主、川嶋亨に心より感謝したい。同店は能登という土地を表現する料理の完成度から、昨年2023年の審査より候補として名前が上がっていた実力店。「決して震災があったから選出したわけではない」という浜田の言葉を、ジャパンタイムズ一同からの応援と共に添えたい。
3名の審査員コメント
辻 芳樹
「Destination Restaurants Award」というのは、料理人だけを称えるものではなく、地域に根ざしたシェフたちを表彰すると同時に、その地域特有の美食を称えるものだ。そして、インバウンドで訪れる世界の人々に、日本の奥深い食文化を知ってもらうためのリストでもある。単に地産地消やサステナブルを掲げるだけでは、ゲストにとってその地域の特異性は見出せない。いつの時代にもおいしさの表現、価値観は変化し続けており、その時代時代の環境、政治、芸術、美観が反映されている。そして、普遍的なおいしさが存在し、そこには調和がとれた食材の組み合わせ、温度、技法を使って、不協和音を感じさせない“味覚の和音”を作る技術が問われるのだが、今ではその価値観すら時代の変化とともに変容し続けている。そのようななかで、今までにこの賞を受賞した40店は、高い水準で基準をクリアしてきた。これらのシェフは地域の文化を象徴し支える存在として、失われた要素を復活させる重要な役割も果たしている。一方で、農業、水産、加工、レストラン、宿泊施設が一体となって機能するフランスとは違い、日本の料理人は、ある意味でゼロからシステムを築く必要がある。宿泊施設や行政の支援が乏しいなか、彼らは地方の文化や経済を再生する大きな責任を担っている。この賞を通じて、彼らの努力を称賛し、日本の地方を支援できることを願っている。
本田 直之
大分県湯布院町のイノベーティブなオーベルジュ『ENOWA』は「farm to table」の概念を世界に広めたNY『 Blue Hill at Stone Barns』でスーシェフを勤めたチベット出身のタシ・ジャムツォ氏がエグゼクティブ・シェフを務めている。彼自ら、畑で野菜やハーブを育て、開業する3年前から地元の生産者を訪ねて信頼関係を結んできたことにシェフ及びオーナーの本気が感じられる。昨今、地方で活躍する外国人シェフが目立ってきたが、彼はその象徴でもある。沖縄県本島中部のフレンチ『Mauvaise herbe』小島圭史シェフはまさにアーティスト。店内には小さな小物に至るまで、彼が良いと思ったものしか置いてないのがわかる。そのなかで調味料以外、すべて沖縄でとれた食材で表現された料理を食べられるのは貴重な体験だ。群馬県利根川郡のイタリアン『VENTINOVE』では子供の頃から薪料理で育ってきたという背景があって、薪を熱源に用いて、イタリアで最も有名なブッチャー、Dario Cecchini仕込みの肉料理を提供している。「Destination Restaurants」に選出される店のシェフたちは皆、地域に根付いて奮闘しているが、彼らが目指していることは、まだまだ地元の人に伝わりきっていない。それを地元の人たち、そして海外の人にも伝えるためにもこのアワードの意義がある。
浜田 岳文
365日中、半分は海外、半分は日本国内各地を食べ歩いている。群馬県『VENTINOVE』のように美食のイメージが薄い地域にも良い店が増えていて、日本の地方のレストランは年々、レベルアップしていると感じる。逆に三重県松阪市のように昔から食材に恵まれた地域もある。そのなかで中国料理店『私房菜 きた川』が革新的なのは、松阪牛や伊勢海老をさらに魅力ある逸品に仕上げつつ、そういったブランド食材に頼らず、野菜中心の前菜だけでも感動できる点にある。つまり、北川佳寛オーナーシェフの技術が素晴らしいのだ。長野県茅野市、蓼科の別荘地で“薪火イタリアン”を標榜する『ca’enne』は、発酵や保存も駆使しつつ、万人に好かれる料理に着地させるバランス感覚が秀逸。イタリア仕込みの生ハムの製法に日本酒の麹を取り入れ、この地でやることの意味を突き詰めている。『馳走 西健一』は西健一オーナーシェフが『サスエ前田鮮魚店』の魚を使いたくて、広島県から静岡県焼津市に移住して開いたフレンチレストラン。『サスエ前田鮮魚店』が扱う魚を和の形で表現しているのが「Destination Restaurants 2024」で選出された『茶懐石 温石』ならば、こちらは洋の形でその魅力を生かしきっている。自ら食材を能動的に開拓し、ガストロノミーの花を咲かせることが地方で料理を作る意義。今回もそれを強く意識するシェフたちが選出された。