June 24, 2022
審査リポート:地域に根差し哲学を持つ料理人が、日本の「食」を変える。
4月中旬、東京・千代田区にあるジャパンタイムズ本社にて「Destination Restaurants 2022」の選考会が行われた。
昨年の審査直後から日本各地の店を巡り食べ歩いてきた辻芳樹、本田直之、浜田岳文の3氏が、対象店を60店強まで絞ったところから議論が始まった。前提として昨年選出された10店は除外する。
「昔から地方でも寿司店で名店と呼ばれる店はあったが、最近はフレンチやイタリアンも目立ってきて、旅行先でレストランを選ぶ選択肢が広がっている」と浜田氏が言うように、北海道から九州まで、次々と西洋系のレストランの名前が上がる。ランクインしたのは、札幌から自然豊かな余市に移転し、より産地に近い場所で料理と向き合うようになった北海道『余市 サグラ』や、在来米やいりこなど日本の食材をイタリアンに昇華させた長崎『ヴィッラ デル ニード』のように、その地で育まれた調理法や食材を用い、独自の世界観を表現するシェフたちの店である。
また、「かつてはシェフ主導で生産者を育てる動きが主流だったのが、最近は生産者が中心となって地域の飲食店のレベルを上げる例も見られる」という本田氏の発言に当てはまるのが、一流シェフ御用達『サスエ前田魚店』の魚を主力に扱う静岡『茶懐石 温石』だ。
3人が喧々諤々、意見を交わし合うこと数時間。最終的には「食を通して物語を感じることができる店」を基準に「今後の伸びしろが期待できる」という目線も取り入れ、10店が絞り込まれた。そして満場一致で「The Destination Restaurant of the year 2022」のトップに選出されたのが和歌山県にあるイタリアンレストラン『ヴィラ アイーダ』だった。「小林寛司シェフは現在、日本の料理人で10指に数えられる技術力の持ち主であり、確固とした料理哲学を持っている。地方に根ざした料理をつくることで強い発信力をもつ、フランスのミシェル・ブラス氏のような存在」と辻氏。こうしている間も、今回10店から漏れた50店余のレストランを筆頭に、日本各地では意欲的なレストランがさらに進化を続けているのだ。
3名の審査員のコメント
辻 芳樹
地方のレストラン、それも交通の公共機関では行きにくいところほど、行き帰り道中の風景など大切に味わって欲しい。雪の中で芽を出すふきのとうを見つけるなど、その季節を肌で感じることができるのは、都市部のレストランにはない魅力だ。それゆえに料理を食べる時の感動は、より強くなるだろう。幸い、ここ15年ほどの間に日本各地で郷土の味をさまざまなジャンルの技法とセンスを用い洗練させる、食のルネッサンスが起こっている。これは突然、起こったわけではない。ガストロノミー=芸術としての食、というフランスでは当たり前の概念が、日本にももたらされ、郷土の歴史や風土を踏まえて料理人や生産者がよりよいものを生み出そうとしてきた自然発生的な結果である。そういった状況を「Destination Restaurants」を通じて、みなさんに伝えられることは実に喜ばしい。好き嫌いという主観で語るだけでは、食文化は動かせない。たとえば、「辻調理師専門学校」の卒業生の店、石川『ラトリエ・ドゥ・ノト』をはじめ、地方で腕を振るう料理人が、なぜ、その土地で、その食材で、その一品をつくるのか、そこにどのような哲学があるのか。それらを踏まえて料理人と食べ手の双方が考えることで、ガストロノミー・ツーリズムは成立する。それこそが地方が持つ真正性であり、料理人として技術を披露できる最も理想的な場である。今はまだ難しい段階にあるが、そこに日本を国際的に売り出す可能性があるはずだ。
本田 直之
選考当日の2日前まで食べ歩いていた。コロナ禍以前はハワイに5ヶ月、2ヶ月はアジアやヨーロッパ、残りを東京と日本各地を半々という感じで食べ歩いていたが、昨年、第1回目の「Destination Restaurants」に関わって以来、日本をもっと知りたくなった。この1年は半分が東京、半分は地方で過ごし、改めて日本の食文化のバラエティの豊かさと奥深さに触れることができた。たとえば、新潟『里山十帖』が力を入れている発酵の技術は、豪雪地帯にある限界集落にあって、流通が乏しかった時代にいかに食材を保たせるかという知恵から生まれたということを知った。そんな死ぬか生きるかの瀬戸際から生まれた技術や食材を、現代のシェフが学び、再構築して今の料理として出すなど、郷土に根ざすレストランはすごみがある。また、発酵や保存の方法も、極寒地域とそこまで寒さが厳しくない地域ではやり方も異なる。そういうことは行ってみないとわからない。おいしいというだけではなく、行って初めて人間の好奇心を満たしてくれる店が、食という文化を伝えてくれる。また、地方のレストランには「公共の交通機関で行きづらい」「アルコールの品揃えが乏しい」「いい宿泊施設が近くにない」などの課題を抱えるところも多いが、山形県の『出羽屋』のように進化が感じられる店は魅力的だ。それは今後、もっとよくなるはずだと思えるからだ。
浜田 岳文
1年間で700店、内訳は海外300店、東京200店、日本の地方200店。今ではSNSによって情報の流通が容易になり、行きづらい場所にあっても魅力的な店ならば誰かが発信し、タイムラグのない状態で、食べ手に今行くべき店の情報が伝わる。これはお金を落としてくれるゲストがやってこないと店が成り立たないなか、地方でレストランを営業する強みになっている。その影響もあって、広島『アカイ』のように、ここ数年、地方の若い料理人による意欲的なチャレンジが増えている。また、東京とはいえ、調布市にあってアクセスがいいとはいえず、23区外ということで有名グルメガイドの調査対象になりにくい『ドン ブラボー』にも注目している。「Destination Restaurants」では、東京郊外(千葉、埼玉、神奈川含む)という都心でも地方でとも言えない、ある意味見逃されがちな場所にある店にも光を当てたい。そのような立地は、旅気分で新幹線で行くような店とは気持ち的な違いもあり、ハンデがある。また、もとから観光地として人気はあるものの、ガストロノミーなイメージが薄い鎌倉に、オープンしてまだ約1年というのに3ヶ月先まで予約が埋まっている「鎌倉 北じま」の存在は大きい。1軒のレストランによって、その地を訪れる人が増えるということは街の活性化に大いに役立つはずだ。