May 24, 2024

十勝の開拓精神を受け継ぐ、食肉料理人集団。

ライター:寺尾妙子

オープンキッチンのカウンターでは、先ほどまで豚や鳥の世話や食肉処理、シャルキュトリの製造をしていたスタッフが佐々木のサポートにつく。
PHOTOS: TAKAO OHTA

「Destination Restaurants 2024」に選出された10店から、それらを代表する1店である「The Destination Restaurant of the Year 2024」に食肉文化を新しい形で表現する『ELEZO ESPRIT』が選ばれた。場所はとかち帯広空港から車で1時間ほど。同店が位置する北海道中川郡豊頃町は広大な平野を潤す十勝川の河口にあり、店のある小高い丘からは太平洋を臨む。江戸時代が終わり、明治政府による北海道開拓が進められるなか、十勝原野を拓く起点となり、「十勝地方発祥の地」とも呼ばれている場所だ。夏は涼しく冬は比較的雪も少ない環境で、住民の多くは酪農や畑作、漁業に従事する。町にはシンボリックなハルニレの木があり、1月中旬〜2月中旬の間に運がよければ、海岸でクリスタルのように透き通った十勝川の氷、通称「ジュエリーアイス」にも巡り会える。このエリアは空港がある帯広市を含む1市16町2村全体で十勝地域と呼ばれ、面積は北海道の13%を占め、人口は約33万人。食料自給率はカロリーベースで1,100%を超える豊かな地域とも言える。

『ELEZO ESPRIT』のレストラン内観。
PHOTOS: TAKAO OHTA

『ELEZO ESPRIT』オーナーシェフ、佐々木章太は軽井沢『星のリゾート』、東京『ビストロ・ド・ラ・シテ』でフレンチの料理人として研鑽を積み、2004年、帯広市に戻り、カフェレストランを営む実家を手伝っていた。あるとき、店の常連である猟師が獲った鹿一体を捌き、調理し、食した際の感動から「食は命をいただく行為」であるという気づきを得て、食肉文化に本質的に関わることを決意。2005年、故郷である帯広市で食肉処理流通を手がける<ELEZO>を創業する。最初は猟師のハンティングによる野禽獣(ジビエ)のみを扱い、東京のレストランに卸していた。仕留め方、仕留めてからラボに運ぶまでの時間など、獲物の扱いに厳しい規定を設けた佐々木が手がける肉は評判を呼び、会社の業績は伸びていった。

2009年には次の目標に向かって、人口200人弱の過疎地域でもある豊頃町大津に拠点を移転。山を含む14ha(東京ドーム約2.5個分の面積)の敷地に食肉総合ラボラトリーを建設した。また、屋外の一画ではシャモや鴨を育て、豚を放牧。正社員として猟師を雇用するなど、世界でも類を見ないやり方で独自の食肉文化を紡いできた。

そして、2022年、3棟の宿泊棟を備えたオーベルジュ『エレゾ・エスプリ』をオープン。メインダイニングはカウンター6席。¥28,000コースを提供するレストランのみの利用も可能だが、現状では1泊2食付き¥55,000〜の宿泊利用が9割。ディナーは佐々木が「命のスープ」と呼ぶ蝦夷鹿のコンソメから始まり、シャルキュトリ盛り合わせや放牧豚や鹿ヒレ肉のローストなど、同じ敷地内で“作った”肉がシンプルかつ洗練された形となって供される。東京・虎ノ門にも展開される同グループのレストランでも同等のクオリティの肉料理は食べられる。だが、今すぐにでも食材に転じる可能性のある豚や鳥がすぐそばで生きているこの場で味わう料理は、ひと味もふた味も異なる。それはまさに命そのものの味。「血の一滴も無駄にできない」という佐々木の言葉と共に噛み締めて味わうべきものなのだ。

骨付き肉の本熟成庫。間接照明やマーブルパネルの壁など、インテリアにこだわることで命への敬意を表現している。

ELEZO ESPRIT
● 127, Otsu Toyokoro-cho Nakagawa-gun, Hokkaido
Tel: 070-1580-1010
https://esprit.elezo.com

蝦夷鹿のスネとスジで作るスープは清らかな味わい。

蝦夷鹿サラミ、北海道大学とタッグを組み、飼育される短角牛の生ハムなど。

パイナップルやバナナ、ココナッツを合わせた「蝦夷鹿血液冷製テリーヌ」。

薫香をまとわせた放牧豚のローストにはグリンペッパーのソースを添えて。

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