May 24, 2024
尊い命をいただくためのフードサプライチェーンを。
「Destination Restaurants」は “日本人が選ぶ、世界の人々のための、日本のファインダイニング・リスト”を謳っている。だが、オーベルジュ『ELEZO ESPRIT(エレゾ・エスプリ)』はファインダイニングを遥かに超えた存在である。北海道・十勝地域にある豊頃町大津の14haもの敷地で豚を放牧させ、シャモや鴨を飼育し、肉の解体処理室や本熟成室、シャルキュトリ製造室、サラミや生ハムの熟成室も備える。<ELEZO>代表、佐々木章太という料理人のもと、食肉となる命を育て、処理し、調理してサーブするというフードチェーンを一箇所で完結させるという在り方は、真の意味での「ファインダイニングとは何か」という問題を我々に突きつけてくる。
佐々木が壮大なコンセプトを思い描くようになったのは24歳の頃。帯広市で家族が営むカフェレストランでの体験に端を発する。
「常連のお客さまに猟師の方がいて、『命を食材に転換する作業をしたことがあるか?』と聞かれたんです」
当時の佐々木はジビエといっても海外から届く冷凍ものしか扱った経験がなく、ピンとこなかった。するとその翌日、その猟師が撃っただけの状態の鹿を一頭丸ごと持ってきた。店の裏口で彼を手伝いながら血を抜き、腹を割き、皮を剥ぎ、捌いた。直前まで生きていた鹿は温かく、神秘的で、肉になるまでの工程も含めて、すべてが美しかった。2週間、涼しいところに吊るして食べてみると、あまりのおいしさに感動した。その鹿肉を東京の修業先など、いくつかのレストランに送ったところ好評を博し、十勝のジビエを販売する会社を起こすことにした。
「やるからには中途半端なことはしたくなかったので、食肉の知識や技術について文献を漁り、勉強を始めました。そこで食肉を扱う仕事に従事する人々に対する差別があることを知って、衝撃を受けたのです。きらびやかなレストランという空間を表現する陰に報われない人がいるのはおかしい。質の高い肉を提供すると共に、そうした人々の地位が向上するような説得力のあるチームを作りたいと思いました。そのためには厨房からモノを言うだけでは限界がある。そこで料理人の視点で、食肉のフードサプライチェーンに携わるすべての人々、そしてジビエや家禽など、食材になる命そのものへの敬意をもった食肉の自社一気通貫型モデル<ELEZO>を2005年に立ち上げたのです」
2009年には日本で初めてとなる猟師を正社員として雇用。それも、猟師という職業への敬意からだ。その第一号がかつて佐々木に鹿を届け、一緒に解体を行なった尾崎松夫だった。残念ながら2022年、狩猟時の事故で亡くなった。佐々木の口癖通り「食は遊びじゃない」。
食に関わるすべての人へのリスペクトは『ELEZO ESPRIT』のエントランスでも表現されている。ここを訪れたゲストは生産狩猟部門、枝肉熟成流通部門、シャルキュトリ製造部門など、自社の各部門責任者をモチーフにしたアートが飾られた回廊をくぐり、「命をいただく」ことをテーマにしたフードフィルムを鑑賞したうえでダイニングへと案内される。そこで料理を作るのは佐々木を筆頭に豚や鴨などを育て、肉を解体し、サラミなどの加工品製造も行うスタッフだ。彼らは料理となった命が生をまっとうするのを見届けつつ、ゲストの反応を生産過程にフィードバックさせる。
そんなエレゾ・ブランドの精肉・加工品も順調に支持を得ている。佐々木が掲げる方向性は「名産を作りたい」という豊頃町の思いとも一致し、町による「名品づくり事業」の一環として、発案されたテリーヌなどの商品がふるさと納税事業や直売所での販売を通じて、土地の魅力を道内外にアピールする一助にもなっている。
今後は野菜やワイン用ブドウを植える計画をもつ。現在、オーストラリアの銘醸地、グラニットベルトでオリジナルワインを造ってもらっているが、並行してここ豊頃町での醸造も目指す。また、<ELEZO>のフードサプライチェーンをオーストラリアでも展開するという夢も掲げ、食肉文化を中心とするエレゾ・ワールドはさらなる躍進を続ける。
佐々木章太
1981年、北海道帯広市生まれ。軽井沢『星のリゾート』、東京『ビストロ・ド・ラ・シテ』での修業を経て、2005年に食肉の自社一気通貫型モデルを確立するため<ELEZO>設立。全国のレストランにジビエを中心とする精肉を卸しつつ、以前は札幌や東京の松濤で、現在は虎ノ門でレストラン運営。2022年、北海道中川郡豊頃町大津『ELEZO ESPRIT』オープン。鳥獣被害や食肉の利用活動への取り組みが認められ、農林水産省「平成30年度鳥獣対策優良活動表彰」にて捕獲鳥獣利活用部門 農村振興局長賞と「料理マスターズ」のブロンズ賞を受賞。