March 25, 2022
廃棄される杉の葉を線香に。水車の自然エネルギーを産業に活かす福岡県八女市の製粉所
福岡県八女市。建材用の杉を生産する林業が盛んなこの地域で、製材時に破棄される杉の葉を製粉して原料とする「線香づくり」が100年以上前から行われてきた。線香とは、主に仏教国で広く用いられる香であり、木の粉を練り合わせ、乾燥させたものに火をつけ煙を出す。古くから仏教が伝わる日本では、お墓や仏壇にお供えとして線香を燻らせる光景が見られてきた。
八女市の線香づくりは1900年から1970年代にかけて最盛期となり、当時は40件以上もの線香工場があったという。その頃の製粉作業には水車が動力として用いられたため、地域内にはたくさんの水車場があった。しかし1970年代後半に入ると、より安価な輸入粉が増えたことなどから徐々に線香産業が衰退し、現在残る工場はわずか4件。そんな中、いまも自然エネルギーを用いた伝統的な線香づくりに取り組んでいるのが馬場猛氏の率いる「馬場水車場」だ。
「馬場水車場」の創業は1918年。以来、木製水車による線香づくりを続けてきたが、直径が5.5mもある木製水車は25年ほどで寿命が来る。電力に移行する工場も増え、産業の衰退に伴って多くの水車が失われたが、馬場氏は周囲の反対を押し切って水車の再建を決意。3年ほどの月日をかけて2008年に新たな水車を完成させた。「八女の山奥は観光資源がない地域。水車という自然のエネルギーだけを利用して線香をつくってきた事実を知ってもらうことで、八女のものづくりの文化をいまの若い人たちに伝えていきたいと思ったんです」。
そう語る馬場氏のつくる線香は、八女産の杉の葉とタブの葉のみを使用。杉の葉は、材木屋が杉の木を伐採したあと、山に残った葉を束にして持ち帰り、2〜3ヶ月のあいだ倉庫で乾燥させる。その後、水車の動力で餅つきのように葉を打ち、粉にしていく。水車は川の水量に応じて調整が必要なため、水車を稼働させる間は常に自然と向き合わなければならない。膨大な作業を要する線香づくりだが、伝統的な水車場の景色に関心を持った観光客が徐々に増え、団体のツアー客も訪れるようになったという。近年では外国向けに100%天然素材のアロマとして人気が出ているのだと馬場氏は語る。
「現在流通している線香のほとんどは香料を添加していますが、自然本来の香りは味わえない。毎日山を歩くとたくさんの香りに出会います。いつか、春は枇杷、秋は金木犀といったように四季折々の香りを感じられる線香をつくってみたいですね」。