January 22, 2024
創業150周年の王子、森林を育てて生かす
Translator: Tomoko Kaichi
日本を代表する製紙会社の王子ホールディングス株式会社は、国内における民間最大の森林所有者でもある。森林資源を活用した紙製品や関連素材の研究と開発、そして森林の健全な育成を推進する。王子マネジメントオフィス株式会社のグループ事業開発本部・王子の森活性化推進部の齊藤基三郎部長はジャパンタイムズの取材に応じ、森林からの新たな価値創造を目指す取り組みについて語った。
「著名な実業家で『日本資本主義の父』とも呼ばれる渋沢栄一が、日本の近代化に資するとして興した500以上もの会社のうち、最初に作ったのが当社だった」
江戸時代末期の幕臣の一人だった渋沢は、当時としてはめずらしい渡欧経験がある。欧州諸国の資本主義制度と高度な文明を目の当たりにし、帰国後、明治政府の官僚として国政に携わりながら、実業家として数多くの事業を立ち上げた。「(渋沢は)日本本来の強みを理解し、それらを生かして新しいことを始めることで既存資源の価値を最大化した。森林資源の活用を考えるうえで、それは重要な手掛かりになる」と齊藤氏は話す。
王子グループは「森林を健全に育て、その森林資源を活かした製品を創造し、社会に届けることで、希望あふれる地球の未来の実現に向け、時代を動かしていく」を存在意義(パーパス)に制定し、それを体現する組織として2022年10月、グループ事業開発本部を新設した。社有林の資源を多様な観点から検討し、活用するための研究と開発、プロジェクトを進めるのが目的だ。
創業150周年を迎えた同社は、次の150年に向け、グループ事業開発本部の人材募集を初めて社内公募によって実施した。その理由を齊藤氏は「森林保全に興味がある、あるいは林業の知識や経験を生かしたいと思って入社しても、全員が森林に直接かかわる部署に配属されるわけではない。(社内公募で)全員に新たなチャンスを与えたかった」と説明した。現在、開発本部内の王子の森活性化推進部には、齊藤氏の下、公募で選定された4人と、他部署から抜擢された森林のスペシャリスト2人が籍を置き、森林の価値を探索し、それらを新事業につなげることに力を注いでいる。
二酸化炭素の吸収、水源涵養(かんよう)、土砂崩れや洪水の防止など、森林には天然資源としてだけではない価値があることが知られるが、ほかにも未開の「機能」や新たなビジネスの種が眠っている可能性がある。そして、それらは異なる視点やアプローチを持つ世界の産学界の専門家との交流から学べることもあるという。
「例えば、森林資源の活用というと木にばかり目が行きがちだが、木の下には土がある。土壌微生物の組成を遺伝的に解析する技術など、土壌分野ではさまざまな研究が進んでおり、これらは樹木を病害から守り成長を早めることに活用できる可能性がある」。齊藤氏はこう語り、幅広い視野を持ち、多様な分野の専門家と連携する必要性を強調した。
日本の強みを世界に発信する重要性にも言及。「昨今注目されている下水汚泥資源の肥料利用など、サステナブルなシステムはすべてが目新しいわけではない」。なかには江戸時代に確立されていたものもあり、日本は長い歴史の中で環境を考慮したサステナブルなライフスタイルを実践してきた。「環境保護に関する規制や枠組みの多くは海外が先行している面もあるが、日本はその後を追うだけのフォロワーだとは思わない。得意分野を再価値化し世界に発信すればリーダーになりえる」と期待する。
王子HDが世界の森林関連企業による新団体「持続可能な森林に関する国際連合(International Sustainable Forestry Coalition、ISFC)」に参加した理由の一つもそれにある。ISFCは「持続可能な土地利用、自然環境の保全と回復、循環型バイオエコノミーにおける再生可能素材、地域社会の経済効果に焦点を当て、より持続可能な社会への移行を支援すること」を使命に掲げ、9月に設立された。王子とほか10社の設立メンバーは、持続可能で生態系保全にも配慮した森林の管理について、知識や専門性を共有する。
「設立メンバー11社は28カ国で合計約1,000万ヘクタールの森林を管理している。森林所有者として、我々には気候変動問題と生物多様性保全への取り組みで国際社会をリードする責任がある」と齊藤氏は話す。
ISFCは9月にニューヨーク市で開催された気候変動イベント「Climate Week NYC」に参加し、現在はドバイで予定される「第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)」のための準備を進めている。齊藤氏は「世界は自然資本会計の実現に向かっており、世界標準の策定が進められている」と現状に触れ、森林資源活用に特化した新チームの長として、またISFCコアメンバーの1社としてインパクトを与えたいと決意を新たにした。