June 28, 2021
発酵デザイナー小倉ヒラクが語る、発酵カルチャーの未来
「発酵食品は、地域の景観を守り続けている」。
そう語るのは、発酵デザイナーとして国内外で発酵の魅力を発信し続ける小倉ヒラクだ。元々はアートディレクターとして発酵醸造メーカーのデザインを手掛けたことをきっかけに微生物の世界へ没頭。その後、『Fermental Cultural Anthropology』や『Fermentation Tourism Nippon』などの著書を出版して国内発酵ブームの火付け役となり、2020年、日本全国の発酵食材を集めたショップ&レストラン「発酵デパートメント」を東京・下北沢にオープンさせた。現代日本の発酵カルチャーに最も精通する彼は、「発酵とは、1300年続いてきたサスティナブルな文化装置だ」と語ってくれた。
小倉によれば、そのポイントは3つある。一つ目は、土地の生態系と深く結びついていること。「発酵の主原料は、その土地にある生産物です。多くの製造業が土地の資源を搾取してきたとすれば、発酵はその真逆。たとえば日本酒や醤油の原料となるコメを生産するには、土壌や水質も大きく関係してきます。また日本酒をつくる蔵にも無数の菌が住んでいると言われているので、そう簡単に生産場所を変えることもできないんです。人気のお酒をつくるためには、その土地の農業や環境に貢献せざるを得ない。また最近は原料も有機米のほうが付加価値が付くため、化学肥料に頼らない生産方法が求められています。ワインをつくるぶどう畑も同様で、発酵文化が栄えた地域ほど、耕作放棄地が少なく、景観が守られ続けています。地域にある資源を長く活かすために、工夫を重ねて生まれたものが発酵なんです」。
二つ目は、発酵の持つアップサイクルな性質だという。「腐敗と発酵は紙一重ですが、ともすれば人にとって有害になりうるものを、微生物のはたらきを用いて有益なものに還元するのが発酵技術です。例えば最近のヒット商品に消臭剤の「KIE~RU」https://kankyo-daizen.jp/ がありますが、これは畜産農家の悩みを解決する過程で生まれた商品です。北海道で大量の家畜のし尿から出る有害物質を乳酸菌の力で浄水処理する技術の派生で、偶然にも100%自然成分の消臭剤が誕生しました。こうした自然の循環の力を利用する発酵技術は、他の分野でもまだまだ活かせる可能性があると思います」。
最後の三つ目の重要なポイントは、誰にでもひらかれた食文化と人のつながりがあることだ。「発酵には、奥深い土地の歴史や哲学もありますが、一方で『おいしい!』という一言でつながることもできます。ぼくのお店にも、発酵のもつ哲学的な部分に惹かれて関連書を買っていく人もいれば、日々の醤油や味噌を買いに来る地元のおばあさん、おじいさんも大勢います。思想や美意識を共有せずとも、日本中の老若男女とコミュニケーションできるんですね。そう考えると、昨今のSDGsで語られるような人権や環境の問題は、ある一定のリテラシーや教育がないと難しいものになってしまっている気もします。かたや発酵は、「おいしい」という生理感覚が起点にあり、各地に独自で進化を遂げたヴァナキュラー的な面白さがあります。地域の文化やコミュニティを育むにあたって、理解の程度を問わずに参加できるというのも、文化として継続できるポイントなのでしょう。だからこそ、1300年以上続いてきたという実績が発酵にはあるんです」。
いま日本には、小倉ヒラクと同世代の若い醸造家も増えている。自然の生態系と共存し、古くからの食文化を探求する。そうしたカルチャーに魅入られた作り手たちが、千年の歴史を継承しながら、日本各地にまた新たな文化を現代に紡いでいくのだろう。発酵というカルチャーシーンは、今後さらなる盛り上がりを見せていくはずだ。