June 28, 2021
日本の発酵文化が教えてくれる、サスティナブルな知恵
いま、日本の「発酵」が世界的に注目を集めている。発酵の歴史は古く、数千年前から世界各地に存在したと言われる。ワインやチーズ、カカオや紅茶なども、微生物たちのはたらきを用いる発酵技術から生まれたものだ。中でも日本人は千年以上の時をかけて、非常にユニークで多様な発酵文化を生み出してきた。そんな日本の発酵にいち早く注目したのは、「世界のベストレストラン50」で4年連続1位を獲得したデンマークのレストランNomaだ。発酵食の研究に長年取り組んできた彼らは『Nomaの発酵ガイド』を自ら発行するほどの熱狂ぶり。デンマークの環境活動にも取り組むNomaのシェフ、レネ・レゼピは、以前から地域の自然環境に根ざした日本の食文化に大きな影響を受けたと公言しているが、その最たるものが発酵だという。
高温多湿な気候の日本では、食品をおいしく長持ちさせるために、様々な発酵食品がつくられてきた。酒や調味料だけでなく、生の魚を半年以上塩漬けにして発酵させる「熟鮨」など、全国各地で独自の進化を遂げた発酵文化がある。特に『Nomaの発酵ガイド』でも大きく取り上げているのが「麹」だ。日本でしか用いられない「麹菌」は、日本酒から醤油、みりん、酢、味噌まで日本食のベースをつくってきた優秀な菌であり、その活かし方次第で多様な味わいを見せる。麹に漬けた肉や魚はやわらかく、芳醇な旨味へと変化する。新鮮な食材と生きた菌たちの織りなす化学反応は、食の最先端を切り開く料理人たちの興味と好奇心をくすぐり続けるのだろう。
また近年は微生物の研究が発展し、発酵食品を摂取すると腸内環境が良くなるはたらきがあることがわかってきた。人間の体内には100兆個を超える微生物がいるというが、発酵食品のなかの酵母や乳酸菌といった「生きた微生物」が腸内で活性化することで、免疫力を高め、新陳代謝が活発になるのだ。そのため、最近は健康食ブームの観点から発酵が注目されるようにもなってきている。
おいしくて健康にもいい発酵だが、その生産技術や文化背景にはこれからのサスティナブル社会をつくる上でとても重要な知恵が詰まっている。国内の発酵ブームの火付け役であり「発酵デザイナー」を名乗る小倉ヒラクは、日本全国の発酵をめぐった紀行文『日本発酵紀行』のなかで、発酵とは「厳しい自然環境のなかで先人たちが編み出した知恵と文化」だと語っている。食糧資源に乏しい地域にこそ、食品を長く保つ技術が紡がれてきた。温度や湿度、天候などを見ながら、目に見えない微生物を育む繊細な技術は、限られた条件下で工夫を凝らす日本人の特技でもあったのだろう。それはまた、環境に負荷をかけない生産方法でもある。
そうした発酵の技術は、食品以外にも広がっている。草木を発酵させて染料にする徳島の藍染め技術などは、化学染料に頼らない衣料生産のヒントがある。また最近は発酵における微生物のはたらきを利用し、化学肥料の代替となる土壌づくりなどの研究開発が新潟県長岡市をはじめ各所で始まっている。今回は発酵というサスティナブルな方法で地域経済を育むヒントとして、発酵文化のキーパーソンやレストラン、地方の取組みを紹介する。
塚田有那/編集者・キュレーター
一般社団法人Whole Universe代表理事。編集者、キュレーター。世界のアートサイエンスを伝えるメディア「Bound Baw」編集長。2010年、サイエンスと異分野をつなぐプロジェクト「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。12年より、東京エレクトロン「solaé art gallery project」のアートキュレーターを務める。16年より、JST/RISTEX「人と情報のエコシステム(HITE)」のメディア戦略を担当。近著に『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』(ビー・エヌ・エヌ)、共著に『情報環世界 – 身体とAIの間であそぶガイドブック』(NTT出版)、編集書籍に長谷川愛『20XX年の革命家になるには-スペキュラティヴ・デザインの授業』(ビー・エヌ・エヌ)がある。大阪芸術大学アートサイエンス学科非常勤講師。
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