August 30, 2024

持続可能なブルー・エコノミーの実現を考える。

ライター:中和田ミナミ

<笹川平和財団>が日本政府の認可の下立ち上げた「Jブルークレジット」。藻の再生をクレジットシステムに乗せ、排出権取引で生まれた資金を環境保全のために活用、海藻の再生活動に還元していく取り組みだ。
COURTESY: THE SASAKAWA PEACE FOUNDATION

日本の国土面積は38万k㎡と世界61位でそれほど大きくはない。しかし、領海と排他的経済水域(EEZ)を合わせた面積を見てみると約447万k㎡。これは世界第6位で、アメリカ、オーストラリア、インドネシア、ニュージーランド、カナダに次ぐ大きさである。島国である日本という国にとって、またそこで暮らしてきた日本人にとって海は、経済や文化など、どの側面を見ても切り離せない存在であり、海の恩恵を受け社会生活を発展させてきたといえる。わかりやすい例を挙げるとすれば、日本の「鮨」文化が挙げられるだろう。生の魚を食べるという独自の食文化の中に、調理や保存、流通に関する技術や知恵が見て取れるが、その食文化を支えてきたのは、日本近海に生息する豊富な魚種など海洋資源の豊かさが背景にあることは間違いない。今や世界共通言語となり各国で愛される鮨フードは、日本人が海の恵みから生み出したものなのである。

日本に限らず人類の共有財産である「海」だが、現在危機的な状況に直面しているのは確かだ。2019年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第51回総会で発表された「海洋・雪氷圏特別報告書」では、海洋生態系はすでに転換点を超えたとみられる現象が起き始めていると報告されている。地球全体が危機的な状況にあり「いま選ぶ行動で未来がきまる」と警鐘が鳴らされているのだ。そのような状況のなか、海洋を巡る様々な問題・課題に対し、「政策」と「科学技術」の両面から、海洋研究とシンクタンク活動を展開している民間団体がある。それが<笹川平和財団>。国際交流と国際協力の推進を目的に、1986年に設立された財団である。活動の5つの重点目標のひとつに「海洋を通じた平和な世界の実現」を掲げ、海洋に関する研究開発や政策対話、普及啓発を行っている。今回は、その財団の角南篤理事長に、海洋を巡る環境問題に対する課題解決に向けた取り組みや方法論について話を聞いてみた。

「海洋問題を環境という視点でとらえた時、私たちが目指しているのは持続可能なブルー・エコノミーの実現です。ブルー・エコノミーとは、海洋資源の持続的な利用を通じて海洋環境を保全しながら経済発展を目指す考え方です。

海は熱エネルギーや二酸化炭素を吸収し、地球温暖化を和らげる働きをしている。
COURTESY: THE SASAKAWA PEACE FOUNDATION

魚を採るなどの海の“利用”と、海の環境の“保全”というある意味、相反する2つの事柄をバランスを取ながら、環境も守り海と関わっている人たちの生活も守るという、コ・ベネフィットの関係を目指しています」。角南は経済活動を含め、海との関りが深い日本ならではの、財団の活動スタンスを語る。

「私たちはこのブルー・エコノミー実現のために様々な取り組みをしていますが、そのひとつに「Jブルークレジット」があります。これは我々財団が多様な専門家と協力し日本政府の認可の下で立ち上げたクレジットのシステムで、大型海藻類を再生することCO2を削減、カーボンクレジットを認証し売買可能にする方法です。現在行われている木を植えてCO2削減する排出権取り引きを、海の中の海藻で行う試みになります。これが「Jブルークレジット」です。藻の再生をクレジットシステムに乗せ、排出権取引で生まれた資金を環境保全のために活用したり、海藻の再生活動に還元していくというものです。以前からブルー・カーボンクレジットの考え方はありましたが、運用するためには、どのくらいの量のCO2が、どれくらいの面積の海藻で吸収されるか、科学的に根拠を示さないといけなかったんです。これが一定の根拠を科学的に示すことができるようになった。次はこのシステムを日本全国各地へ広げていくのと、海外展開していくことを目指しています。例えば、インドネシアやフィリピン、マレーシアといったASEAN諸国の国々に働きかけています」。現在、財団ではブルー・カーボンクレジットを進めるための実践として、国際的な議論の推進や、大型藻類の増殖技術調査、国内外の海藻専門家とのワークショップなどの取り組みを行っているという。

その他、財団の取り組みとしては、「海業(うみぎょう)」がある。海業とは聞きなれない言葉だが、これは日本各地の漁港・漁村が持つ地域資源を活用し、観光・教育・レジャーなど漁業だけにとどまらない多元的な取り組みを漁港で行い、地域活性化を行う方策である。

<笹川平和財団>が行う地域活性化の方策が「海業(うみぎょう)」だ。日本各地の漁港・漁村が持つ地域資源を活かし、観光など、漁業にとどまらない多元的な取り組みを行う。
COURTESY: THE SASAKAWA PEACE FOUNDATION

「海業は、財団が2022年から政府自民党と進めている政策です。これは漁港をより幅広く活用することにより、ただ魚を採り市場で魚を売ったりするだけではなく、飲食業や観光業などをセットにしてにぎわいを生みだそうというものです。これにより漁業組合や漁業従事者が新たなビジネスを展開することができます。ただしそれを実現するためには様々な規制や現状を変えていく必要があります。例えば漁港を管理する水産庁に漁港にレストラン施設が作れるよう柔軟な漁港利用を働きかけたり、狭い地域ごとにある漁業組合をひとつにまとめ地域全体で活性化に取り組んだりといった具合です。単なる漁業ではなく、「海業」として漁業の多元化を進めるのが狙いです。現在は日本国内だけではなく海外の海業の成功例やパターンを研究し政策として提案したり、より多くの人にこの政策を理解してもらうためPR活動に努めています。またこの海業を日本発のモデルとして英語でも”UMIGYO”として海外でも定着するよう働きかけています」。

海業を実現するとなると、例えば周辺の港湾や道路といった施設を管轄する国交省と、漁港を管理する水産庁との連携を<笹川平和財団>のような政府と信頼関係の厚い民間の財団が入り関係各所の意見を取りまとめていくことで、水産行政を超えた施策、行政の枠組みを超えた政策が実現できる。このことにより、新たな政策が実現へ向け前に進むのだ。

海を巡る問題は話しが尽きない。日本経済、日本社会全体が、今後持続的な発展を遂げるに当たっては、このブルー・エコノミーの実現・発展がカギを握っていると言われている。しかしもっと大きな視点で地球環境を考えてみれば、地球の表面積の7割を占める「海」が抱えている問題・課題を、国も個人も避けては通れないだろう。<笹川平和財団>の海洋に対する取り組みはそのひとつに過ぎないかもしれないが、大きな可能性を秘めているのではないだろうか。

マングローブ林を利用した、エコツーリズムの様子。
COURTESY: THE SASAKAWA PEACE FOUNDATION

笹川平和財団

<日本財団>およびモーターボート競走業界の支援を受けて、民間非営利の助成財団として1986年9月に設立。2011年10月、公益財団法人へ移行。2015年4月、造船業および関連工業の振興を目的として1975年に設立されたシップ・アンド・オーシャン財団(通称・海洋政策研究財団、前身は日本造船振興財団)と合併。合併後は、旧<笹川平和財団>が事業財団として国際交流・国際協力などの分野で実施してきた課題解決に向けた事業経験と、<海洋政策研究財団>が海洋シンクタンクとして築いてきた研究・調査や政策提言などの事業成果を統合する形で、海洋政策研究所に引き継がれた。現在は<笹川平和財団>の名誉会長を笹川陽平(公益財団法人日本財団会長)、理事長を角南篤が務める。

PHOTO: TAKAO OHTA

角南篤(すなみ・あつし)

1965年、岡山県生まれ。公益財団法人<笹川平和財団理事長>。昭和音楽大学学長、政策研究大学院大学学長特命補佐・客員教授、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構客員教授。内閣府参与を経て、内閣府沖縄振興審議会会長、文部科学省日本ユネスコ国内委員会副会長、内閣官房経済安全保障法制に関する有識者会議委員、内閣府宇宙政策委員会基本政策部会委員、内閣府総合科学技術・イノベーション会議専門調査会委員等を務める。民間においては、NIKKEIブルーオーシャン・フォーラム有識者委員会共同座長、JAXA宇宙戦略基金プログラムオフィサー、JAXA衛星地球観測コンソーシアム会長、月面産業ビジョン協議会共同座長等を務める。コロンビア大学政治学博士(Ph.D.)、コロンビア大学国際関係・行政大学院国際関係学修士(MIA)、ジョージタウン大学外交学学士(BSFS)。

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