February 24, 2023
東北の地に建設が期待される、国際的な研究施設があるのをご存じですか?
東北地方にそびえる北上山地。約260kmに渡り山々が連なり、その大部分は岩手県に位置している。その北上山地の地下100mに、国際的な研究施設建設の計画があるのをご存じだろうか? それが<国際リニアコライダー>(International Linear Collider:ILC)である。大型加速器と言えば、スイス・ジュネーブ近郊にあるCERN(欧州原子核研究機構)の地下にある、全周 27km の円形加速器「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」が知られている。しかし、東北の地に計画されている加速器は円形ではなく、直線型の加速器でその長さは20kmにも及ぶ。
このILCの目的のひとつは、未知なる素粒子を探索し宇宙誕生の謎を解き明かすことだ。加速器の両側から素粒子(電子と陽電子)を電気や磁気の力で光速に近い極限の速度まで加速し、正面衝突させる。すると電子と陽電子は消滅し、宇宙創成1兆分の1秒後の「エネルギーのかたまり」が生み出される。これがビッグバンの再現だ。そしてそこから「ヒッグス粒子」をはじめとしてさまざまな粒子が噴き出す。その粒子を観測することにより、どのようにして宇宙が生まれ、物質が生まれたのか、という人類が長年抱いてきた謎の解明に挑むことができるという訳だ。
そもそもILC計画が始まったのは2004年のこと。各国の科学者などでつくるICFA(国際将来加速器委員会)で、国際協力体制のもとILCを建設することに合意、候補地の選定にとりかかった。当時は日本以外にも、ドイツ、アメリカなどいくつかの候補地があった。日本でも、九州・背振山地と東北・北上山地が候補地として挙がっていた。2011年には岩手県が、東日本大震災からの復興計画のなかに新たなものづくり産業の中期的な取り組みとしてILC誘致を盛り込んだ。そんななか、各国の経済・政治の事情により候補地の辞退も続き、2013年、地質調査や外国人研究者の生活環境評価などを経て北上山地に建設地が一本化された。
世界の素粒子物理学における”国際プロジェクト”としてILCが完成すると、世界中から多くの研究者や技術者が集う、茨城県の「筑波研究学園都市」のような研究都市がこの東北に生まれることだろう。素粒子物理学の研究は、私たちの暮らしを支える様々なテクノロジーを産み出している。インターネット上で使うWWW(World Wide Web)というシステムも素粒子研究から発明されたものだし、加速器の技術は医療現場で使われるX線やPETなどの医療診断装置や粒子線治療を生み出してきた。また、加速器が生み出す放射光は、創薬や素材開発などにも利用されている。このように、素粒子物理の研究から派生する分野は幅広く、ILCが建設されればその周辺地域には、関連企業が進出し、次世代の科学技術産業が集積し、発展することが期待されている。もちろん、ILCの建設・運用で、新たな雇用や人材育成機会も生まれるだろう。野村総合研究所の推計では、ILCの建設段階から運用段階に至る30年間で、全国ベースで約25万人分の雇用機会が創出されるとしている。
そんな明るい未来と夢がつまったILC計画だが、その実現には乗り越えるべきハードルがある。一番の問題は、巨額の建設費用だ。およそ8000億円と試算されているが、その半分を建設地となる国が負担することになっている(残りの費用は参加国で分担)。実際、2013年には日本学術会議が、2014年には国が立ち上げた有識者会議が、いずれもコストが不透明という見解を示した。現在では、この4000億円というコスト負担に加え、コロナ禍やウクライナ戦争もその進展を妨げている。ILCのスポークスパーソンを務める浅井祥仁氏(東京大学教授)は「このプロジェクトの重要な点は2つあります。ひとつはヒッグス粒子を研究し宇宙の誕生を含めその謎を解き明かすこと。これは世界中の研究者の間でも共通の認識です。もう一つがその研究を新しい形の国際協力で行う点です。ILC計画は、研究者からボトムアップでいろいろな国や地域に働きかけ、世界が協力して建設しようというチャレンジングな取り組みなのです」と語る。
日本は世界が認める素粒子研究をリードする国のひとつである。ノーベル賞候補者を多数もち、加速器の技術でも世界トップクラスを誇る。建設費の問題を解決し、東北の地にILCが建設されることを願うばかりである。
ILC計画の経緯
2004年
ICFAでILC建設に合意。建設候補地を選定する(候補地は日本、ドイツ、米国など)。
2011年
8月、岩手県が、東日本大震災の復興計画にILC誘致を明記する。
2013年
ICFAにより、「北上山地」が建設地に決定。
2013~2014年
日本学術会議(2013年)と国の有識者会議(2014年)により、「コストが不透明で時期尚早」との見解が示される。
2019年
日本政府が、日本学術会議が大型プロジェクトを進める際に策定する、『マスタープラン』という枠組みで進めることが適切だと表明。推進派団体が「マスタープラン」に申請するも選ばれず。
2021年
推進団体が「ILC準備研究所」の設置を提案。しかし国の有識者会議は、コスト負担を理由に時期尚早との見解。
2022年
ICFAが「今後1年間の進展を注意深く見守る」と声明を発表。