June 23, 2023

調理はキッチンではなく、土づくりから既に始まっている。

By TAEKO TERAO

〈白石ファーム〉白石長利は江戸時代から続く農家の8代目。いわき市の風土を生かし、自然農法を営む。
PHOTOS: KOUTAROU WASHIZAKI

萩春朋(はぎ はるとも)

1976年、福島県いわき市生まれ。辻調理師専門学校フランス校卒業。フランスで修業後、2000年にフランス料理店〈ベルクール〉をオープン。2011年8月にイノベーティブ・レストラン『ハギ』としてリニューアルオープン。2013年、福島代表としてパリの料理フェアに参加。エリゼ宮でオランド大統領(当時)など国賓に料理を提供する。2014年、農林水省より料理人顕彰制度である「料理マスターズ2014」、2020年には「料理マスターズシルバー賞」の顕彰を受ける。

2011年8月、以前のフランス料理店をイノベーティブ・レストラン『ハギ』に変更し、ディナーコース5千円から2万円弱と大幅値上げに踏み切った。当時、オーナーシェフ、萩春朋は周囲から「何を考えているんだ?」と言われたという。それはそうだろう。わずかその5か月前に起きた東日本大震災と原発事故の影響で、福島県いわき市にあるレストランには客が来ないどころか、地元の食材すら流通ない有様だった。そんな状況で思い切った決断ができたのは、同市内で自然農法で野菜を栽培する〈ファーム白石〉代表・白石長利をはじめとした地域の生産者と、交流会で出会ったからだった。

「夏前に白石さんにもらったトマトを食べたら、すごくおいしかった。どうやってつくるのか尋ねたら『雑草と一緒。自然なままだよ』と答えが返ってきてハッとしました。同時に、自分が素材について何も知らなかったことを思い知りました」

いわき市は2011年の東日本大震災だけでなく、2019年には洪水による水害にも見舞われている。だが、その度に人々は立ち上がってきた。

それから毎日、白石の畑で作業を手伝い、発芽して朽ちるまでの野菜の味を学んだ。調理はキッチンではなく、土づくりから始まっていて、畑ですでに味つけされていることに気づいた。

「農家さんは何百年にもわたって土をつくり、いい種を選別する。料理と同じことをしている。また、毎日畑で野菜を食べていると、すごくおいしい瞬間があるんです。でも、次の日にもう、おいしくない。それを農家の人は知っています。そのおいしい瞬間を食べてもらいたい。素材が最大限にエネルギーを発揮する瞬間をどうコントロールするか。それを考えると、料理をシンプルにするしかない。シンプルさこそパワーです。あるとき聞いた、白石さんの『肥料は土にとって調味料と一緒。調味料はあってもなくても食べられる』という言葉から、いい素材であれば、そのまま食べてもおいしい。だったら、そんなに手をかけなくてもいいんだと思うようになりました。以前から、素材だけを組み合わせた季節の料理を創作していましたが、さらにフレンチというジャンルにとらわれず、より真剣に素材と向き合おうと思ったのです」

遠くからでも目立つ〈白石ファーム〉の赤い軽トラック。

また、丹精込めて野菜を作っているのに、料理人から、捨てるような野菜をくれと言われるのがイヤだという生産者の声も聞いた。白石を通じて、多くの生産者と知り合った。

「原発事故の風評被害もあり、ここで野菜をつくったところで誰が喜んでくれるのか、そもそも、ここで野菜をつくり続けられるのか、という思いを生産者みんなが抱えていました。でも、だからこそ、値切ったりせず、正当な価格で食材を仕入れて生産者に利益を還元し、フランス料理にとらわれることなく、素材をシンプルに活かす料理をつくろうと決めたのです」

以降、白石をはじめとする生産者との二人三脚で地元食材を喧伝する姿がメディアでも取り上げられるようになり、2013年には日本人シェフとして初めて、仏大統領官邸エリゼ宮の厨房に入り、腕を振るうことになった。その味はオランド大統領からも絶賛された。地元の食材はパリで扱った豪華食材にも負けない。コース15品すべての素材が主役だ。

「おいしかったというお客様の声を生産者にも伝えています。それが彼らにとって励みにもなりますし、実際にどういうものが喜ばれるかがわかって、作物づくりの指標にもなる」

それによって、さらに食材の質が向上し、料理のクオリティも上がる。レストランの評判が高まるにつれて、他府県や海外からも人が来るようになり、福島食材の魅力が拡散されていく。福島でとれる野菜や肉、魚が、一時の「食べて応援」ではなく、「いいものだから」という理由で売れる。あの大災害の直後にこのような未来を、いったい誰が想像できただろう。おかげで、地元では野菜や食肉、乳牛を育てるカリスマ農家も増えてもいる。『ハギ』のコースは、そんな復興へのポジティブなパワーがみなぎっている。

「主役は野菜。作るのは気候と大地。それを手伝うのが自分たちの仕事」と白石は語る。

萩の家庭では祖母が薪を使って調理し、風呂を焚いてきた。元々、生活にあった熱源を使うのは萩にとって自然なことだという。

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