November 24, 2023
イタリアンで八戸の魅力を地元に届ける。
イタリアンレストラン『カーサ・デル・チーボ』がある青森県八戸市は人口22万人。県内では、県庁所在地である青森市に次ぐ規模の中核都市だ。JR八戸駅までは東京から東北新幹線で約2時間40分。このあたりは東北地方ながらも、年間の日照時間も多く、降雪量も少ない。全国12位(2021年度)の水揚げ量の八戸港を擁するなど水産業も盛んで、新鮮な魚介を中心に地元野菜なども販売する直売所や朝市などは観光スポットとして人気を博している。
かつて銀座にあった『エノテーカ ピンキオーリ 東京店』などで修業を積んだオーナーシェフ、池見良平は神奈川県の出身。辻調理師専門学校時代の同級生だった妻の悦子の故郷である八戸市で店を構えたのは、食材が豊かな土地の魅力に惹かれたからだ。郷土性を重んじるイタリア料理の世界に身を置いていたことから、「うまい料理を作れば、どんな田舎でもレストランは成り立つ」という事実を知ってもいた。それで店を立ち上げるため、八戸に移住したのだ。
そんな矢先、2011年3月11日に東日本大震災が起きた。直後は停電で情報も遮断されるなど、混乱もあった。住居兼レストランは高台にあるため無事だったが、車で5分も下った場所では津波被害があった。そんな状況下、『カーサ・デル・チーボ』は同年4月末にオープン。すでに借金も抱え、「やるしかなかった」と池見は語る。東日本全体が暗いムードに包まれた時期だったが、東京で修業したシェフによるイタリアンレストランができたことは地元では明るい話題として好意的に迎えられ、昼1,500円、夜2,800円の価格設定で1年目は客入りもよく、好調なスタートを切った。しかし2年目に入ると状況は一変。店が潰れる寸前まで低迷した。
そんな折、市内のホテルやレストラン、約20軒で開催する八戸港復興イベントに、『カーサ・デル・チーボ』も参加。期間中の2ヶ月間、八戸の魚介で作るブイヤベースを提供したことで、地元の人々に店を知ってもらえるようになった。また、自分が作りたいものではなく、ボロネーゼのパスタなど、地元のお客さんにも理解しやすいメニューも選べるようにした。以降、地元を中心に徐々にファンを増やしながら、ガストロノミー色を強め、価格を徐々に上げていった。2021年には店舗を改装し、14,300円で昼夜コースを提供するスタイルへ。それに伴い、客層も近隣の人々が大半を占めていたのが、現在では約半数が県外からの来訪者に。さらにシンガポールや台湾などアジアからのゲストも姿を見せるようになった。
サービスはソムリエールであるマダム、悦子とスタッフが担当。料理は池見1人で作る。秋なら八戸産のイカ、鮭、毛蟹、蝦夷鮑やアンコウ。青森で飼育される猪や鴨に隣接する十和田市産の野菜など、郷土の食材をふんだんに使用。パティシエでもある悦子手製のデザートと合わせて、非常に洗練された内容となっている。
まだまだ居酒屋が外食の中心というこの東北の地で「ガストロノミーな食文化を根付かせたい」という池見の挑戦はこれからも続く。
池見良平(いけみ りょうへい)
1976年、神奈川県生まれ。辻調理師専門学校(東京校・フランス校)では福島県『ハギ』オーナーシェフ、萩春朋も同級生。修業先『エノテーカ ピンキオーリ 東京店』『ダノイ』ではトスカーナ料理、『インコントロ』ではヴェネト料理を習得。盛り付け等のアレンジはするものの、基本的には万人に受ける料理を目指しながら、ワカメとアワビを使ったパスタなど、この土地ならではの一品を生み出している。