March 16, 2026
【野村不動産ホールディングス】芝浦に湾岸地域の新しいハブ機能を。人的資源の強化を目指す

窓の外に東京湾が広がる。その先には晴海や豊洲の再開発地区が見える。右手にはお台場の景観が浮かび、東京湾にかかるレインボーブリッジが都心と湾岸地域をつないでいる。タイミングが良ければクルーズ船が足元のターミナルに発着する様子も眺められる。
ここは、野村不動産ホールディングスが昨年、新宿区のランドマークにもなった高層ビルから本社を移転した場所だ。再開発中の芝浦地区に都心とベイエリアをつなぐ商業や交通のハブ拠点を築き、新しい本社で人材資源のさらなる開発を目指している。
オフィスは約230メートルある高層ビル「BLUE FRONT SHIBAURA TOWER S」に位置している。ツインタワーとして隣接するもう一つのタワーは2030年度に完成予定だ。十年計画で都心と湾岸地域の結節点にもなる拠点を創出し、地域のステークホルダーも巻き込んでいる。2024年には芝浦と晴海を結ぶ通勤用水上交通「Blue Ferry」も運行を開始した。晴海は2020年東京オリンピック・パラリンピックの選手村が建設された土地で、現在は大規模住宅地に転用されている。オフィスタワーの上層階には欧州ラグジュアリーホテルの「フェアモント東京」があり、他の階には住宅、レストラン、商業店舗、公共のコミュニティスペースがある。
「どこまでコミュニケーションの機会を増やせるかという工夫が、働き方の多様性の一番のポイントです。その壮大な実験が今回の本社移転につながっています」と野村不動産ホールディングスの副社長・芳賀真氏は話す。
移転後に大きく変化したのは、本社やグループ会社の間に壁がなくなり、社内の協働やシナジーを促進している点だ。以前本社にあった役員の個室もなくし、フリーアドレスのラウンジで社員は好きな席に座り、役員が以前より容易に社員に声がけすることが可能になったという。
以前は本社で勤務する約3,400人の社員が異なる階や拠点に分かれていた。壁や個別ブースは社員間のコミュニケーションや会社への関わりを妨げる可能性があると芳賀氏は指摘する。現在のラウンジは人の交流を促すように設計されており、渦を形作るようなデザインのソファや可動式の棚が社員の移動を導いている。
新たな働き方の発想はコロナ禍によりリモートワークが広がった際に生まれた。リモートワークの利便性を認識しつつ、職場での対面コミュニケーションの重要性を再認識した。「在宅勤務とは違いクリエイティブになり付加価値を生むという側面がある」と芳賀氏は述べる。このようにして生み出される創造性や付加価値は、今後の企業競争力の鍵になるという。
オフィスには顧客と打ち合わせできるスペースもあり、従来の会議室よりも創造的な発想が生まれることが期待されている。

不動産業界では資産の付加価値の開発がますます重要になっており、単に賃料を得るだけではなく不動産自体の価値向上を目指している。
「不動産業は大規模な資産を管理しているので、資産から賃料収入が生み出されます。しかし、それとは別の我々が創造する価値とは何だろうというところに立ち返った結果、お客様の幸せと豊かさに経営の軸をさらに合わせないといけないと考えました」と芳賀氏は述べる。
その目標のためのプロジェクトの一つが、東京・上野や秋葉原、京都・清水で直営するホテル「NOHGA Hotel」だ。海外観光客向けに、地元に根差した伝統工芸、地元の特産品や酒、博物館や美術館、歴史的名所をめぐるツアーなどを提供している。
昨年、グループの2030年ビジョン「まだ見ぬ、Life & Time Developerへ ― 幸せと豊かさを最大化するグループへ ―」を策定した。野村不動産の住宅開発における歴史的強みが他の大手デベロッパーとの差別化要因となっている。
野村不動産は住宅に加えて地域が自走して活性化していくエリアマネジメントを、千葉県船橋市、神奈川県日吉、東京都亀戸などで進めている。船橋市のプロジェクトは2014年に完成した17ヘクタールの再開発地で、約1,500戸の住宅、商業・医療・介護施設、5つの公園、緑地を整備している。2016年にはフランス政府住宅・持続的居住省が推進するエコカルティエ認証(環境配慮型地区認証)を、フランス国外で初めて取得した。 この認証は、経済・社会・環境を重視し二酸化炭素の排出削減など、持続可能な都市開発を目指している地区に与えられる。
不動産業界は二酸化炭素排出量が多いこともあり、野村不動産は2022年に東京都奥多摩町の森林を取得し30年間所有することで、森林管理、林業再生、木材サプライチェーンの支援を行っている。老木を伐採し、若木を植え、建築資材として活用しつつ、生物多様性や水資源の保護にも貢献している。社員向けに森林ツアーや自然保護体験も実施している。

Naonori Kimura
Industrial Growth Platform Inc. (IGPI) Partner

「あしたを、つなぐ」を経営に実装し、持続的価値創造に挑む
野村不動産グループが掲げる企業理念「あしたを、つなぐ」は、将来世代へ価値を引き継ぐという意思を経営に実装する宣言である。不動産を”持つ”時代から”活かし価値を創出する”時代へと移行する産業の転換点を捉え、同社はバランスシートを肥大化させるのではなく、顧客やワーカーの視点に立ったマーケットイン発想でアルファを積み上げるモデルへ舵を切る。それは収益力強化のための戦術という側面だけではなく、資産という「鎧を脱いだ後」にも持続的に価値を生み出せる筋肉質な事業体へと進化するための経営判断でもある。
資産を循環させながら、オフィスや住宅、ホテルにおいて運営力を磨き込む姿勢は、分譲事業で培ったマーケットイン発想とも通底する。その運営力こそが資本効率と社会価値を同時に高める源泉となる。奥多摩の「つなぐ森」や本社移転に象徴される組織改革もまた、環境配慮や働き方改革という個別施策ではなく、企業としての時間軸を延ばし、社会との接点を再設計する試みであり、「コストではなく未来への投資」と捉える経営判断の延長線上にある。資本政策と事業戦略、人材戦略を一体で再構築しながら理念を具現化する同社の挑戦は、不動産業の持続的価値創造モデルを再定義しうる大きな可能性を秘めているであろう。





