June 27, 2023
【UCC】コロナ禍で新たにコーヒーの可能性を企業価値に据える
UCCグループが自らの存在意義を新たに見つめ直したのは、新型コロナウィルスが猛威を振るいビジネス環境の不確実性がますます高まった時だった。企業の価値観をステークホルダーと共有し難局を乗り越える必要があった。
今年創業90周年を迎えるUCCは、こうして2021年10月に存在意義(パーパス)を公表した。それは、「より良い世界のために、コーヒーの力を解き放つ。」というものだ。
「私達は輸入卸から始め、もともと歴史的にコーヒーを専業で行ってきた会社です。その頃から今に至るまで、コーヒーに関することはなんでもやってきました」とUCC上島珈琲の里見陵副社長は話す。
発表した存在意義からは、UCCのコーヒーへの愛情やコーヒーが持つ潜在的な力を信じる想いが伝わってくる。しかし、これらの言葉は何もないところから降ってきたわけではない。2020年から始まったコロナ禍が契機となっていた。
「パーパスをつくった背景は、最初からつくろうとしていたのではなく、コロナの最中に戦略の議論をしていたのがきっかけでした。来年、再来年、その先も見えない中で、我々の本当の強みは何だろう、10年後も無くしてはいけない我々の価値観とは何だろうと議論をするしかない状況でした。」里見氏は、経営共創基盤の木村尚敬パートナーとのインタビューの中でこう述べた。
UCCは、存在意義と同時に同社の価値観(バリュー)も明文化した。第一に挙げたのは、「コーヒーの価値探求」だ。企業価値は他にも、持続可能な企業であるために、「地球社会への貢献」、「挑戦と前進」、「協働と共創」、「倫理観と責任」を挙げている。
2年前に発表されたこれらの存在意義と価値観は、UCCの創業理念に基づいている。それは、「いつでも、どこでも、一人でも多くの人においしいコーヒーを届けたい」というものだ。
1933年、創業者の上島忠雄は兵庫県神戸市にコーヒー豆の輸入卸をする上島忠雄商店を創業した。同社は後に上島珈琲(現UCCホールディングス)となり、コーヒーの栽培から原料調達、研究開発、製造加工、流通、販売に至るまで、コーヒーに関わるバリューチェーン全体を幅広く手掛ける企業になる。また、1969年には世界で初めて缶コーヒーを開発し、会社の売上は飛躍的に拡大した。
UCCが手掛けるのは、ジャマイカでブルーマウンテンコーヒー直営農園、ハワイでコナコーヒー直営農園を開設し、ブラジルやグアテマラで原料であるコーヒー豆を調達・焙煎するだけではない。バリスタの技術にも匹敵するドリップマシンを開発する一方で、コーヒー全般について体系的に学ぶことが可能な教育機関であるUCCコーヒーアカデミーを開校し、コーヒーに関する専門知識やコーヒーを淹れる技術を伝えている。アカデミーの生徒は、コーヒーの愛好家から店舗開業をめざすプロの職人まで多岐にわたる。さらにUCCはコーヒーチェーン上島珈琲店を全国に展開し、北海道から沖縄に至る88店舗では、コーヒーの他にサンドイッチ等の軽食やデザートも提供している。
UCC上島珈琲などの持ち株会社であるUCCホールディングスは、グループ連結で2022年12月期に3,194億円の売上収益を計上し、レギュラーコーヒー市場では日本第1位、世界第5位の企業に成長している。
UCCホールディングスや、グループ傘下の企業の多くは非上場だが、成長するために挑戦を続けてきた歴史があると里見氏は話す。
「日本で缶コーヒーを最初に発売し、当時はとても売れたという話を聞く。しかし、それに満足せずに、海外にも届けようと早くから海外に進出した」と里見氏は言う。東南アジアでは、まず焙煎コーヒーの店舗展開をした。というのも現地では、多くの人は焙煎したコーヒー豆の香りを楽しむというより、インスタントコーヒーで飲むか、多量の砂糖やコンデンスミルクを入れた甘いコーヒーを飲んでいたからだ。そのため出店した店舗で焙煎した豆から抽出したコーヒーを現地の人々に味わってもらうことは重要だった。2022年末の時点で、UCCグループはアジア、欧州、米国など22の国と地域で事業を展開している。
このような事業成長にもかかわらず、現状に危機感があると里見氏は話す。まずは、コーヒー産業を取り巻く環境の変化だ。コロナ禍で在宅勤務が奨励されたことにより、オフィスや社外の店舗でコーヒーを飲む機会が減少した。これにより、今まで安定した収益源だった企業間取引(BtoB)に変化があったという。
さらに市場環境の要因も影響があるだろう。例えば、世界の商品市場でのコーヒー豆の高騰や燃料費の上昇、さらに円安によりコーヒー豆など輸入原料の価格がさらに高くなっていることも、コーヒー関連産業には逆風だ。
全日本コーヒー協会によると、日本におけるコーヒーの消費量は2020年に430,719トン(前年比4.8%減)、2021年に423,706トン(前年比1.6%減)に減少している。2022年は432,875トンに回復しているが、コロナ前の水準には戻っていない。
さらに、新しいコーヒーブランドが特に若い消費者の人気を集めていることも危機感の背景にある。「日本で好きなコーヒーブランドは何かと聞くと、今でも50代60代以上はUCCと答える人も多い。しかし20代30代はスターバックスやブルーボトルコーヒーと答えるところに危機感がある」と里見氏は言う。
例えば世界的な飲料メーカーのネスレが得意とするように、マーケティングに投資をして消費者向けにブランドを構築していくことは、UCCにとっては今後の課題だ。里見氏によると、同社の世界売上約3000億円のうち7割以上がUCCブランドのついていないB2Bのビジネスだという。
UCCにとってもう一つの課題は、日本における人的資本のダイバーシティだ。UCC上島珈琲では今後、女性の管理職比率は現在の10%程度から2030年には30%に引き上げる目標がある。
コーヒー産業をめぐる厳しい環境の変化がある一方で、UCCは「水素焙煎」という新しい技術開発も進めている。コーヒーの焙煎プロセスの熱源には一般的に天然ガスが使用されるが、UCCはCO2を排出しない水素を熱源とする水素焙煎機及び、水素供給システムの開発・実装を進めている。これは国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業の採択を受け、官民一体となって取り組んでいる事業である。今年5月には、実用化に向け開発に取り組んでいるこの水素焙煎の発明について、協力企業の(株)ヒートエナジーテックと共同で特許出願したことを発表。さらに5月18日から22日にかけて行われたG7広島サミット国際メディアセンター(IMC)で、水素焙煎コーヒーを提供し、「IMCでの提供を通じ、日本の技術力の高さ、水素活用の成功事例を世界へ広くアピールする事が出来たと思います。」などと政府広報展示関係者らからコメントを得たとUCC広報担当者は話す。
Naonori Kimura
Industrial Growth Platform Inc. (IGPI) Partner
コーヒー愛が奏でるあくなき挑戦心
UCCコーヒーは、1933年の創業以来、「いつでも、どこでも、一人でも多くの人においしいコーヒーを届けたい」の創業精神のもと、コーヒーと共に事業を進化・拡大してきた。事実、コーヒー豆の生産から世界各地のコーヒーショップまで含め、コーヒーに関するバリューチェーンを包含して展開している企業は、世界でもUCCグループのみとなる。その原動力となっているのが、世界初の缶コーヒーの開発などを手掛けてきた、創業の精神に基づく挑戦心だ。コロナを契機として、全ステークホルダーへのメッセージを、改めて“私たちの存在意義”と“私たちの価値観”として明文化した。存在意義には、「より良い世界のために、コーヒーの力を解き放つ」といった力強いコーヒー愛、そして5点にまとめ上げた価値観には、創業精神の一つである挑戦も際立っている。自然の恵みに寄り添う形でのサステナビリティにも積極的に取り組み、水素焙煎など画期的な技術開発や、人権への配慮も推し進めている。未来へ向かって、「コーヒーへの投資を継続して行い、コーヒーを更に極めていく」と語る里見氏の言葉にも裏付けられる通り、全社員が一つになってコーヒー愛と挑戦心をもって、今後も新しい付加価値を世の中に提供していくことは間違いない。