November 24, 2023
【味の素】アミノ酸で人類と環境に貢献する
Ajinomoto’s strong points
1.SDGsの達成度を評価する「WBA」の食品・農業部門で日本企業1位の評価
2.事業で社会価値と経済価値を共創する取り組み「ASV」を経営の基本方針とする
3.「アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献する」へパーパスを進化
4.2030年までに「10億人の健康寿命延伸」と「環境負荷50%削減」を実現すると宣言
国連財団やオランダのNGOなどによって設立された主要企業のSDGs達成度を測る評価機関「World Benchmarking Alliance(WBA)」は2023年10月、「食料と農業」に深く関わる世界の大手350社のランキングを公表した。
「食料と農業」関連企業の評価は2021年に次いで2度目。総評は「データは、地球を保護し、公平に世界に食料を供給するという責任を大多数の企業が認識できていないことを示している」と手厳しい。
その中で、前回調査から大きくランクを上げた日本企業がある。食品大手の味の素だ。1位がユニリーバ、2位がネスレ、3位がダノン。前回90位だった味の素は、日本企業としてはトップの16位に躍り出た。
日本企業で次点は明治ホールディングスで37位、3番手はキリンホールディングスで38位だった。
味の素の高評価は、「ガバナンス」の項目のスコアが、ネスレ、バイエル、ユニリーバに続くハイスコアだったことに起因する。
2021年、同社は取締役会の下部機構として外部有識者などで構成する「サステナビリティ諮問会議」を設置。さらに、その答申に基づく戦略を強力に推進していく社内組織「サステナビリティ委員会」も同時に設けた。こうした、サステナビリティを経営の中枢に組み込む機構改革がWBAの高評価につながったと見られる。
だがWBAの高評価は、味の素の本業そのものとも無縁ではない。
味の素の本当のユニークさは、そのアミノ酸を生かした本業が人類や地球環境のサステナビリティ向上に直結する点にあると言える。
100年以上のASV経営
味の素の祖業は、100年以上前の1909年に発売した「味の素」。アミノ酸の一つである「グルタミン酸ナトリウム(MSG)」を使ったうま味(Umami)調味料を、世界で初めて世に出した。
以来、同社はアミノ酸のうま味やチカラで食品業界をリード。ASEAN各国や欧米を中心に世界36の国・地域に展開し、人々の栄養を改善したり、食生活を豊かにしたりすることに苦心してきた。
さらに、アミノ酸の可能性を食品以外にも生かそうと、ヘルスケア関連事業などにも参入。身体の調子を整える生理機能に着目し、2005年には睡眠の質を改善する機能性食品「グリナ」を発売するなど、事業領域を拡大している。
その根底にあるのが、創業以来の志をもとに、2014年に再定義した「ASV」である。ASVは、アミノ酸を軸とした各種事業を通じて「社会価値と経済価値を共創」する取り組みの総称。「サステナビリティ経営」という言葉がない時代からASV経営を基本方針とし、実践してきた。
「ASV経営をやるということは、人類や自然環境のサステナビリティの課題を解決しながら成長していくこととニアリーイコール」。サステナビリティ・コミュニケーション担当の森島千佳 執行役常務は、こう説明する(囲みインタビュー記事を参照)。
「ASV経営」はサステナビリティ経営と同義
森島 千佳
執行役常務 / サステナビリティ・コミュニケーション担当
味の素は何経営?と問われれば、「ASV経営の会社です」と答えます。ASVとは、味の素グループ独自の造語で、Ajinomoto Group Creating Shared Valueの略ですが、すごく簡単に言えば、「CSV(Creating Shared Value)」の味の素版。事業を通じて社会課題を解決していくことと、経済価値を出していくことをしっかりと重ねていきましょうという考え方です。
その原点は、「おいしく食べて健康づくり」という創業の志にあります。
世界的にも「第5の味」として認知が広がっているうま味(Umami)は1908年、昆布だしの中からうま味のピュアな物質である「グルタミン酸」を抽出した池田菊苗博士によって、世界で初めて発見されました。翌年の1909年、そのグルタミン酸を加工したうまみ調味料「味の素」が発売されたことが、味の素グループの始まりです。
当時の日本人は、欧米人と比べて体格は小さく貧弱で、栄養状態も決して良くありませんでした。池田博士や、創業者の鈴木三郎助による「もっと、栄養があるものをおいしくたくさん食べてもらい、日本人の栄養状態を改善したい」「健康になってほしい」という願いから、生まれた商品。そもそもの出発点が社会課題の解決でした。
それから100年以上。味の素グループは、あらゆる調味料から、冷凍食品まで手広く食品を手がけて成長してきましたが、社会課題の解決に貢献したいという基本は変わりません。
創業の志はずっと社内で語り継がれ、「Eat Well, Live Well.」というスローガンに進化しました。そして、米ハーバード大学教授のマイケル・ポーター氏が提唱したCSV経営が一斉を風靡していた2014年、当時の社長だった伊藤雅俊が、「味の素は社会課題の解決と経済価値の向上で成長していくんだ」として、ASVの概念を掲げました。
ですから、ASV経営は、すなわち、サステナビリティ経営を実践することと、ほぼ同義であると考えています。
2016年度には、従業員への「業績表彰」を廃止し、「ASVアワード」に切り替えました。経済的利益と同時に、どんなプロセスでどんな社会課題を解決したのか、ということも評価対象とする制度です。もう7年目になり、「儲け」だけでは表彰されない会社だということは、全従業員が分かっている。ASV経営は全社にだいぶ浸透しました。
また、2020年、このASV経営をより加速させるため、2030年までに「10億人の健康寿命の延伸」と「環境負荷の50%削減」のアウトカムを両立して実現することを目標に掲げ、さらに2023年2月には、志(パーパス)を「アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献する」へと進化させました。
食というのは、健康に良い栄養と、環境に負荷をかけないことがアンドで結ばれることがグローバルでますます求められていますし、そもそも、我々の食品事業自体、持続可能な自然環境なくして、未来永劫に続けることはできません。
ですから、栄養と環境は、決して別々の幹ではなく、絡み合った両輪だと考えています。加えて、「ウェルビーイング」に繋がる心の豊かさも含めて、3点セットでしっかりとやっていきたい。
2050年、人口は100億人になると予測されています。私は生きてないかもしれませんが、そこに向けて課題解決をしていかないと、本当に大変なことになる。アミノ酸の研究開発で培った「アミノサイエンス」により、味の素だからこそ上手に貢献できるやり方で、100億人の人々の幸せを支えていきたいと、本気で思っています。
そして味の素はこのASV経営に基づき、サステナビリティ戦略をより加速させていく。
2020年、アウトカムとして2030年までに「10億人の健康寿命を延伸する」「環境負荷を50%削減する」ことを2大目標として掲げた。藤江太郎社長が就任して約10カ月が経った2023年2月にはグループの志(パーパス)を一新。「アミノサイエンスで人・社会・地球のWell-beingに貢献する」へとアップデートしている。
味の素では、アミノ酸の研究開発で得られる多様な素材・機能・技術・サービス、および、それらを社会課題の解決やWell-beingへの貢献につなげる独自の科学的アプローチを「アミノサイエンス」と呼んでいる。
つまり、味の素とは、アミノ酸をベースとした科学的アプローチで人類と地球環境のサステナビリティに貢献していく会社である、ということをより明確に示したというわけだ。
では、健康寿命の延伸と環境負荷の削減という2大目標を、味の素はどう達成していくつもりなのだろうか。
10億人の健康寿命を延伸
健康寿命の延伸は、「減塩」「適切なタンパク質の摂取」がカギとなる。料理の減塩に直結するうま味調味料などの商品提供にとどまらず、2022年度は国内12自治体、海外10カ国でうま味を活用した減塩の取り組みを広める活動を展開している。
そもそもアミノ酸は健康に必要なタンパク質の構成成分。人の身体の20%はアミノ酸だと言われており、タンパク質摂取についても味の素の得意分野と言える。「クノール」ブランドで出しているインスタントスープなど、タンパク質をおいしく自然に摂取できる商品開発も進めており、2022年度は「栄養改善に貢献する製品」の提供人数が合計8.8億人に到達したと試算している。
これらに加えて強化していこうという第3の柱が「栄養バランスの改善」だ。森島常務は、思いをこう語る。
「減塩という減らすべきものと、タンパク質という増やすべきものに加えて、『栄養バランスのある食事』も健康寿命の延伸には欠かせない要素。戦後の貧しい時代から、世界一の長寿国になった日本には、栄養士という制度や、学校給食などを活用した栄養改善のサクセスストーリーがある。献立単位で栄養を考えていくノウハウは、日本発の企業として世界中に貢献できると強く信じています」
その思いは、ベトナムにおける栄養改善のプロジェクトに現れている。
味の素は2012年からベトナムの行政機関とともに、日本の学校給食システムを応用したプロジェクトを開始。給食運営と衛生管理を向上させるため、まずはモデルキッチンをホーチミン市の小学校1校に設置。メニューブックや食育教材なども提供し、この取り組みをベトナム全土の教育関係者に視察してもらった。
さらに、栄養に関する知識がない調理スタッフでも、栄養バランスがとれた献立を子どもたちに提供できるアプリケーションを開発し、Webサイト上で公開。ベトナム政府の協力なども得て、2017 年度末までに2910校に導入された。2023年3月時点では、この学校給食プロジェクトの活動はベトナム62の自治体、4262の小学校に広がっている。
一方で、資格を持った栄養士を排出する活動も支援している。
2011年、ベトナム国立栄養研究所(NIN)とともに、正しい栄養情報を伝達できる人材を養成することを目的とした「ベトナム栄養関連制度創設プロジェクト(Vietnam Nutrition-system Establishment Project)」を創設。最初の成果として、2013年にはハノイ医科大学に「栄養コース」が開講。2017年、同国初の「栄養士」が43名誕生した。
これを皮切りにベトナムの栄養士は増え続け、全土に散らばり、学校給食の栄養向上などに寄与している。「2030年10億人の健康寿命延伸」に向けて、味の素はこのプロジェクトをASEAN各国へと広めていく考えだ。
こうした、人類の栄養や健康寿命への貢献は、味の素が目指すもう一つのアウトカムである「環境負荷削減」と大きく連動している。味の素にとって、栄養と環境は別軸の取り組みではない。
40年前から資源循環
自然からの恵みである「食」を扱う味の素。主力の調味料も自然から生まれる商品だ。
MSGを主成分とする味の素のうま味調味料は、サトウキビやトウモロコシ、キャッサバ芋などから生産する「糖類」を原料とし、微生物の働きによる発酵法でグルタミン酸を抽出。その後、ナトリウムと結合させ、商品化している。
つまり、味の素グループの事業は、豊かな地球環境の上に成り立っていると言え、環境が崩壊しては成立しない。だからこそ味の素は、地球環境の負荷削減・再生も、栄養や健康への貢献と同じくらい大事な取り組みと捉え、行動している。
そもそも味の素には、「食品メーカーとして、環境へ負荷をかけている」(森島常務)という自覚がある。先述したように、原料となる「糖類」の生産に大量の穀物を使用しているからだ。
その自覚があるからこそ、同社は40年以上前から、うま味調味料の製造過程で排出される大量の副産物(コプロ)のほぼ100%を肥料や飼料として再利用してきた。この循環型アミノ酸発酵プロセスを、社内で「バイオプロセス」と呼んでいる。廃棄物を出さずに循環させることができるほか、従来の化学肥料製造に伴うCO2を中心とした「温室効果ガス(GHG)」排出量の削減や、持続可能な農業の支援といった効果にもつながる。
そのほか、製造工程で排出されるGHGの削減や、商品に使われているプラスチック容器の削減など、味の素の環境負荷削減への取り組みは多岐にわたる。GHGに関してはScope1&2を2030年に50%減(2018年比)、2050年までにScope3まで含めネットゼロ、つまりカーボンニュートラルへ持っていくと宣言済みだ。
ただし、森島常務はこう釘を差す。「環境に負荷をかけているマイナスを減らす取り組みはもちろんやり続けます。けれどもゼロにするだけではなく、これからはプラスに持っていくようなポジティブな貢献をしっかりとやっていきたい」。そして、こう続けた。「そのためには、フードシステムの変革が不可欠だと考えています」。
40年前から資源循環
森島常務が言うフードシステムとは、1次産業の農業、水産業、畜産から始まり、食品を加工したり作ったりして流通させ、生活者が消費するまでのバリューチェーン全体を指す。このバリューチェーンの随所で大量のCO2や廃棄物が排出されたり、あるいは、違法な農地拡大や人権問題といった課題が生まれたりしている。
全体として栄養のコントロールもできていない。栄養不足による健康悪化と、逆に、肥満や2型糖尿病など摂りすぎによる疾患が、個人や集団内で同時に見られる「栄養不良の二重負荷(ダブルバーデン)」も、現代のフードシステムの課題と言えよう。
では、どう変革にかかわっていくのか。ここでも、アミノ酸のチカラ、すなわちアミノサイエンスが大いに役立つと味の素は考えている。
例えば、うま味調味料の副産物であるコプロは、うま味調味料の生産サイクルの中で肥料として循環させていたが、コーヒー豆や果実などほかの作物の生産に生かすことも可能だ。実際、味の素はコプロを自社のサプライチェーンの外でも活用し、自社とは関係のないサプライチェーンのCO2削減や生産性向上にも活用している。これこそがポジティブな貢献だ。
また、スペインにある味の素グループのアグロ2アグリ社は、バイオスティミュラント製品を世界50カ国以上で展開している。
バイオスティミュラントとは、植物の健全な生育をサポートする農業用資材。病気や害虫といった「生物的ストレス」から植物を守る農薬などとは異なり、高温や低温、干害といった「非生物的ストレス」を軽減させる効果がある。
農作物の収穫量と品質を向上させ、水や化学肥料の使用量を削減できるほか、農家の収益も改善できることから、持続可能な農業に不可欠な要素として注目を集めている。味の素のバイオスティミュラントの原料も、アミノ酸をベースとしたもの。この事業を拡大させていくことが、フードシステムの川上の変革に貢献できると目論む。
GHGを削減した農家に還元
味の素のアミノサイエンスは、酪農・乳業のサプライチェーンにも好影響を与えつつある。
牛のゲップに含まれるメタンや、家畜の糞尿を処理する時に発生する一酸化二窒素(N2O)は、日本の農林水産業で生じるGHGの約3割を占めるとされる。このうちN2Oは、CO2やメタンといった他のGHGと比べ大気中の濃度は低いが、温暖化をもたらす能力(地球温暖化係数)はCO2の約300倍とも言われる。
最近の研究発表では、世界のN2O排出量のうち農業生産起因が82%を占めることも明らかになり、フードシステムの変革が喫緊の課題であることを示している。
味の素は、この課題解決に役立つソリューションを2011年に生み出した。乳牛の糞尿由来のN2O削減に有効なリジン(アミノ酸の一種)製剤「AjiPro-L」である。
AjiPro-Lを配合したアミノ酸バランス改善飼料を乳牛に与えると、糞尿からのN2O排出量が約25%減るという。同時に、牛が不足しがちな栄養分であるリジンを効率よく小腸まで届けることができ、消化が進むため、牛の健康にもつながる。大豆かすなどの高額な飼料を減らすことができ、農家の負担も軽減する。
味の素はこの乳牛用リジン製剤で世界シェア1位(味の素社調べ)。さらなる普及のため、AjiPro-LでGHGを減らすと、逆に牧場の収入が増える仕組みを構築した。北海道根室市の牧場を皮切りに、2023年3月からこの仕組みの運用が始まっている。
この新たな仕組みは、乳製品や菓子などを主力とする食品大手の明治グループとの協業。GHGの排出削減や吸収量を日本政府が認証する「J―クレジット制度」を活用し、AjiPro-Lの効果で減ったGHGをクレジット化する。そのクレジットを明治グループが購入し、自社の「カーボンオフセット」に利用。さらにその購入代金を、削減効果を生んだ農家に還元することで、農家の収益も改善するという「三方良し」の施策だ。
乳牛のGHG削減は農家にとって費用負担が課題だったが、この新たな仕組みによって一気に進む可能性が出てきた。
その先に味の素が見据えているのは、100億人を支えるフードシステムの再構築だ。2050年、世界の人口は100億人を超えると予測されている。その食をどう賄うのか。環境負荷の削減と両立できるのか。誰も答えを持ち合わせていない。
しかし味の素は必死にその答えを探し、アミノ酸のチカラで解決しようと動いている。