September 29, 2023

【日本航空(JAL)】サステナブルな未来を創る

By OSAMU INOUE / Renews

ILLUSTRATION: AYUMI TAKAHASHI

Japan Airlines’ strong points

1. 国内航空会社で初めて「2050年カーボンニュートラル」を宣言

2. 2030年度「CO2排出量10%削減(2019年度比)」を目標に掲げる

3. 「持続可能な航空燃料(SAF)」の導入と安定供給体制の確立へ尽力

4. 機内・ラウンジで新規石油由来のプラスチックを2025年度までに全廃すると宣言


2010年の経営破綻から10年以上。安全に、そして安定的に飛ぶことへ注力してきた日本のナショナルフラッグ、日本航空(JAL)は今、カーボンニュートラルを中心とした社会課題に本気で立ち向かおうとしている。

2020年に日本の航空会社として初めて「2050年にCO2排出量実質ゼロ」という目標を掲げると、2021年には、「安全と安心」と「サステナビリティ」を未来への成長エンジンとした「JAL Vision 2030」を発表。さらに2022年5月には、ビジョンの実現を加速するため、「ESG戦略」を経営戦略の中心に据えるという大きな方針を打ち出した。

そもそも航空業界は、環境意識の高い人々から「飛び恥(flight shame)」という言葉で嫌厭されるほど、CO2を排出してきた。

一般的な企業が排出する「温室効果ガス(GHG)」のうち、自社起因であるScope1とScope2は10〜20%程度であり、ほとんどが原料調達や製品の配送・使用・廃棄などのScope3であることが多い。しかし、航空機の運航に大量の燃料を消費する航空業界はその逆だ。

JALの場合、全排出量の82%をScope1&2が占め、Scope3は18%しかない(2022年実績)。Scope1&2のうち、直接排出のScope1、つまり航空機が排出する量が99%と他を圧倒する。

世界の航空機全体では、10億トン超のCO2を吐き出している。これは人類の活動に由来するCO2排出量全体の2%以上と言われ、鉄道や船舶を上回る規模。もはや、「航空事業だから仕方がない」とは言えない時代。JALは自ら変わる決断をした。


早かったカーボンニュートラル宣言

「もともと、サステナビリティに本気で対応していかないと生き残れないのではないか、という強い危機感が社内にありました。赤坂祐二社長が『2020年6月の株主総会で絶対にカーボンニュートラルを宣言するんだ』と言い、その“鶴の一声”から大きく変わっていったのです」

JALグループのESG戦略を担当する総務本部ESG推進部の小川宣子部長は、こう語る。

2050年までのカーボンニュートラルの宣言は今でこそ当たり前だが、ほんの3年前の2020年当時に宣言する企業は今ほど多くなく、特に航空業界では珍しかった。

国内での航空会社で宣言したのはJALが初めて。世界でも、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)とイベリア航空のグループや、カンタス航空など一握りしか宣言してなかったが、JALの宣言を機に、JALやBAなどが加盟する「oneworld アライアンス」の全航空会社がカーボンニュートラルを宣言するという流れが生まれた。

さらにJALは2021年5月、2050年までの通過点となる2030年度の目標として、「CO2排出量10%削減(2019年度⽐)」という、世界の航空会社の中でも最も野心的な目標を掲げ、業界を驚かせた。製造業などの企業であれば造作もない数字かもしれないが、航空会社にとって10%削減は途方もない数字だ。

JALはこの自らに課した厳しい目標を、「省燃費機材への更新」「日々の運航での工夫」「『持続可能な航空燃料(SAF)』の開発促進と活用」の3本柱でクリアしようとしている。

JALは排出権取引のクレジット購入などに過度に依存せず、すべて自助努力によって2050年までの「100%削減(2019年比)」を目指す。そのうち、50%は最新鋭の省燃費機材の活用によって削減できると目論む。

2019年9月から、国内線で最新鋭のエアバス A350型機が就航。また、2012年から国際線で就航していたボーイング 787型機を、2019年10月から国内線にも就航させた。これら機材は、従来機比でCO2排出量を15~25%程度削減できる。

さらに2023年3月、JALグループの機材で最も保有数が多いボーイング737-800型機の後継機として、最新鋭の737-8型機を2026年から順次導入していくことを決め、購入契約を締結した。JALがボーイングの新モデルを発注するのは18年振り。737-8型機は旧型に比べCO2排出量を約15%削減可能と見込んでいる。

こうした最新鋭機の導入を積極的に推し進めると同時に、将来的には水素や電動など新世代の航空機の導入も検討し、「50%減」まで持っていくとする。

「日々の運航での工夫」は、従来航法よりも飛行距離を短縮できる着陸進入方式の導入やダイヤ改正など、多岐にわたる。

「2022年冬ダイヤ」では、運航効率の良い高度・速度選択の柔軟性を確保することで、便あたりの燃料消費量を削減することを目的に、一部の羽田発西日本・九州方面の最終便について、予定航行時間を5分延ばす工夫もした。

こうした運用上の地道な工夫を積み重ねることで、2050年時点で「5%」の削減効果を見込んでいる。

JALでサステナビリティを担当する青木紀将 常務執行役員(左)と、ESG推進部の小川宣子部長
COURTESY: JAL

SAFでCO2を45%削減

省燃費機材の導入と運航の工夫、いずれもJAL単独だけでは不可能。機材メーカーや国土交通省、航空管制など、様々な企業・組織の協力が必要だが、目標の達成に向け、協調しながら挑んでいる。

だが、これら以上に単独では難しい削減策がある。SAFの導入だ。

SAFは廃食油やサトウキビなどを用いて生産される環境に優しい燃料。廃棄物や再生エネルギーを原料とするため、原油から精製される既存のジェット燃料に比べ、約50~80%のCO2削減効果があるとされる。

ジェット燃料と混合して使用できるため、既存の航空機や給油設備などをそのまま利用可能。省燃費機材と組み合わせれば、さらに大きなインパクトが期待できるとあって、世界中が注目している。

EUでは、域内空港での給油に混合するSAFの割合を2040年に37%、2050年に85%に義務づける法案も練られており、エールフランスなど各航空会社も自主的にSAF導入を進めている。米国も、2050年までに航空燃料を全てSAFに置き換える目標を掲げ、SAFの生産に関する技術開発に積極的だ。

SAFの導入により、2050年までに全CO2排出量の45%を削減する――。2021年5月、こう長期的な目標を公表すると、2021年9月には競合とともに中期的な目標も宣言した。

JALとANAホールディングスの国内大手2社が手を携え、SAFの導入促進を目指す世界経済フォーラムの「クリーン・スカイズ・フォー・トゥモロー・コアリション(Clean Skies for Tomorrow Coalition)」に参画。2030年までに全搭載燃料の10%をSAFに置き換えることを目指す覚書に署名をした。

JALはその手前のマイルストーンとして、2025年までに全燃料の1%をSAFに置き換えるという目標も掲げている。そのために今年6月、2025年から米ロサンゼルス国際空港でSAFを調達する契約を米Shell社の航空燃料部門と締結。これにより、1%搭載は達成できる見込みとなった。

しかし、その先は厳しい。現実には2030年に全燃料の10%に相当するSAFを確実に調達できる目処はまだたっていないからだ。


国産SAFの供給体制確立へ

SAFは従来のジェット燃料と比べて2~10倍ものコストがかかると言われている。そして、足りていない。

2030年にJALが必要とするSAFの量は約40〜50万klだが、2020年時点でのSAF供給量は世界全体で約6.3万kl(航空燃料全体の0.03%)。SAFを安定的に供給できる会社は世界で数社。世界的にも不足しているうえに、「国産SAF」の供給体制はまだ確立されていない。

目標達成に向けて、国内空港でSAFを安定供給できる体制の構築や、国産SAFの量産化は不可欠。JALはこれを由々しき事態と捉え、じつは2018年から動き出していた。

「10万着で飛ばそう!JALバイオジェット燃料フライト」。そう銘打たれたプロジェクトが2018年10月から開始され、全国から約25万着を回収。集まった衣料品の綿からSAFの製造に挑戦し、SAFの国際燃料規格の認証を取得した初の国産SAFを完成させた。

2021年2月には、このSAFを実際に定期便に搭載した運航が実現。また、同年6月には、木くずと微細藻類を原料とした2種類の国産SAFを同時に搭載したフライトを実施するなど、国内でのSAF商用化に向けた取り組みに注力してきた。

ただし、こうしたプロジェクトや実証実験だけでは、必要量を得ることはできない。量がなければ価格も高止まりしたままで、SAFの普及も進まない。そこで、JALは国産SAFの安定供給を目指す有志団体「ACT FOR SKY」の設立に幹事社として参画。2022年3月に発足させた。

幹事社はほかに、プラントエンジニアリングの日揮、SAFの原料を販売するレボインターナショナル、そして競合のANA。競合や業界の垣根を超えた連携に乗り出した背景には、JALならではの「想い」がある。

「国産SAFの供給体制の整備は、国益にかかわる話。世のため人のために尽くしてきた歴史があるJALにとって、自然な流れでした」。JALグループのサステナビリティ推進委員会の委員長も務める青木紀将 常務執行役員は、こう話す(囲みインタビュー記事を参照)。

これまで、調達するだけの側だった者が供給側と組み、サステナビリティの実現を前に進める。これこそが、JALが理想とするサステナビリティ経営のかたちと言える。

2022年11月に運行した「サステナブルチャーターフライト」の際に「SAF」を給油する様子
COURTESY: JAL

サーキュラーエコノミーも推進

「サステナビリティへの取り組みは、リスク対策ではなく、新たな価値創出の機会と捉えて推進しています。『3人のレンガ職人』のイソップ寓話ではないですが、そのほうが、関わる皆のモチベーションが高まり、本質的に企業継続のためにもなる」

青木常務がこう語るように、JALのサステナビリティ経営は「社会に貢献できる価値の創出」に主眼が置かれている。だからこそ、価値創出のために組める相手がいれば組む。さらに、価値創出の領域は脱炭素に限らない。

例えば「使い捨てプラスチック」の削減など、サーキュラーエコノミーにも積極的に取り組む。機内や空港ラウンジでは、2025年度までに「新規石油由来のプラスチック全廃」を目指し、機内食の容器やトレイをリサイクル品や紙製に変えるなどして挑んでいる。同様の宣言をした航空会社はJALのほかに見当たらない。

2023年1月からは、国際線エコノミークラスの機内食で使用する主菜用の容器と蓋の素材を、プラスチックから紙に切り替え始めた。容器メーカーと共同開発した新しい紙容器は、従来品と変わらない容量・強度を実現。エコノミークラスでは、2023年秋までに全路線へ展開させる予定で、2019年度比で年間約150トンのプラスチック削減を見込む。

機内食の廃棄削減や、食品残渣のリサイクルにも乗り出している。2022年12月には、JAL運航の国際線全路線、全クラスにおいて、深夜便などで機内食が不要な乗客が事前にキャンセルを申告できるサービスを世界の航空会社で初めて開始。キャンセルされた機内食1食ごとに一定額が寄付され、飢えに苦しむ開発途上国の学校給食事業に充てられる。

価値創出の領域は、従来の「航空機」にとどまらない。JALは、2025年に開催予定の大阪・関西万博で、いわゆる「空飛ぶクルマ」の運航を目指している。

「新たな事業で儲けようという旧来の企業的な発想かというと、そうではありません。我々が培ってきた“空の安全”は、新しいエアモビリティにも役立てるはず。安全なインフラとして社会に根付かせていくことが、我々の存在価値だと考えています」

こう説明する青木常務は、OB社員からこう言われたことが忘れられない。「青木さん、今になって、ことさらにESGとかSDGsとか言っているけれど、昔からうちの会社って、そうなんだ。世のため人のために役立つっていうDNAを持ってんだよ」。

サステナビリティという新たな価値をまとい、強くなろうとしているJAL。経営破綻を経て立ち直ったからこそ、新たな未来へ全力で航行できるのだろう。

国際線エコノミークラスの機内食で使用している主菜用の紙製容器
COURTESY: JAL

JALが続々と導入している省燃費機材のエアバス「A350型機」
COURTESY: JAL

サステナブル社会の実現はJALの「使命」

青木 紀将
常務執行役員
総務本部長
サステナビリティ推進委員会委員長

サステナビリティを経営の軸へと据えた我々の大転換において、コロナ禍というのは非常に大きなきっかけとなりました。

以前は、とにかくお客さまを目的地まで心地よく安全にお運びすることが、日本航空(JAL)にとって最大の目的であり、それが社会へ提供する価値でもありました。ですが、コロナ禍を経験すると、我々の航空事業が、いかに社会と関わり合っているかということを考えざるを得ません。

社会課題に対して手も足も出ないようでは、もう企業は成立しない。社会的な価値を提供できない企業は存続できないのではないか。JALの価値を示すうえで、単にお客さまを目的地へ運ぶということだけでは足りないのではないか――。

そうした考えに至り、「安全・安心な社会を創る」と「サステナブルな未来を創る」を2大骨子とした新たな経営ビジョン「JAL Vision 2030」と中期経営計画を策定し、2021年5月に公表しました。さらに翌2022年5月には、ESG戦略を中期経営計画の中心に据えるよう軌道修正をした「ローリングプラン2022」を公表したわけです。

「社会課題を解決し、サステナブルな人流・商流・物流を創出する」ことをビジョンに掲げ、経営の軸に据えたことで、JALのサステナビリティ戦略は経営そのものになりました。脱炭素、カーボンニュートラルへの取り組みも、リスク対応ではなく、ビジョンに掲げた価値創出の機会として捉え、推進している最中です。

JALグループとして、2050年のカーボンニュートラル実現に向け、省燃費機材の導入推進などに加えて、「持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel=SAF)」の導入を進めていますが、さらに、SAFの供給体制の整備づくりにも積極的に取り組んでいます。

脱炭素社会の実現は、いろいろな産業が連携しないと成立しません。JALだけの問題ではなく、日本全体の新たな機会として捉え、取り組むべきです。

例えば、現状は国産SAFの供給体制が整っていません。日本の空港でSAFを給油できない状況が続いたとき、海外の航空会社は今後も日本に飛んできてくれるのでしょうか。逆に、日本の空港のほうがアジアのほかの空港よりも安価で大量のSAFが給油できるとなれば、それが新たな価値となり、世界の航空会社を惹きつけるでしょう。

つまり、国益にもつながり、世界の航空産業の脱炭素にも貢献できる。だからこそ、我々だけの問題と捉えず、オールジャパンでこの課題に取り組んでいるわけです。大げさかもしれませんが、SAFの推進は、国の産業政策であり、エネルギー安全保障問題でもあると思っています。

なぜ、そこへ本気になれるのか。もとを辿れば、我々の組織には、「世のため人のためになる」という創業以来の精神が染みついています。だからこそ、これまで人道的な支援にも積極的に取り組んで来ましたし、その精神が、今のサステナビリティ戦略や新たな経営ビジョンにもつながっているのです。

ですから、サステナブル社会の実現というのは、我々の「使命」だと思っています。やらねばならぬ、かつ、そういう社会で生きていくんだという覚悟を、これからもお示しし、行動していく所存です。

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