July 29, 2022
【花王】「2040年カーボンゼロ/ごみゼロ宣言」の本気度と原動力
Kao’s Strong Point
1.Aims to be carbon neutral by 2040 and carbon negative by 2050
2.Aims to reduce the amount of plastic packaging waste to net-zero by 2040 and be net negative by 2050
3.Made CDP’s A List in all three areas of climate change, forest and water security for the second consecutive year in 2021
4.Became the only company in Asia to be a World’s Most Ethical Companies honoree for a 16th straight year in 2022
「花王は2030年までに包装容器への化石由来プラスチックの使用量をピークアウトし、2040年にはごみゼロ、2050年にはごみネガティブをめざします」――。
6月29日、大手消費財メーカーである花王は、インパクトのある新たな戦略を、サステナビリティレポートの中で公表していた。自社起因で排出される「プラスチック包装容器」のごみを2040年までに実質ゼロにするという「ごみゼロ」宣言である。
事業で排出されるGHG(温室効果ガス)を実質ゼロ(Net-zero)にする「カーボンゼロ(カーボンニュートラル)」を謳う企業は多いが、同じ論理で「ごみゼロ」を宣言する企業は珍しい。少なくとも、日本の大手企業では初の取り組みだ。
「CDP the A list」で2年連続トリプルA
花王は昨年5月、「2040年までにカーボンゼロ、2050年までに(排出を削減効果が上回る)カーボンネガティブを実現する」と宣言した。パリ協定や日本政府の目標から10年前倒しとなる「2040年」を掲げる日本企業は、当時ほとんど存在しなかった。
排出・削減の対象は、自社の生産における燃料や電力の使用に伴う「Scope1」「Scope2」に加えて、原料調達や配送、製品使用や廃棄に伴う排出「Scope3」も含まれる。サプライチェーンや製品ライフサイクル全体で実質ゼロにすると明確にコミットメントした。
現時点で、Scope3を含めて2040年達成をコミットメントする日本の上場企業は数社しかいない。昨年秋に三菱重工が、今年5月にソニーが同様の宣言をし、メディアを賑わせた。だが、花王がその草分けであることはあまり知られていない。
そして、各家庭での使用量やGHG排出量が多い消費財メーカーの国内大手で、Scope3を含め10年前倒しの宣言をしているのは、現時点でも花王のみである。
この先進的なカーボンゼロ宣言の約1年後、冒頭の通り、今度はプラスチックごみ問題にも率先してメスを入れた。先陣切って意欲的な挑戦を掲げる花王が、サステナビリティ・ESG経営のリーダーであることは疑いようもない。
日本のリーダーであることは明白だが、世界のリーダーとも言える客観評価がある。
企業の気候変動対策などを評価する国際非営利団体のCDPは毎年、「気候変動」「フォレスト」「水セキュリティ」の3部門において、評価が高い「Aリスト企業」を公表している。
昨年12月に発表された2021年版で、3部門すべてにおいてAリスト入りした「トリプルA」企業は、世界1万2000社中わずか14社。ユニリーバやロレアルなどと並び、花王はその1社に2年連続で選ばれた。
「World’s Most Ethical Companies 2022」では16年連続、「Bloomberg Gender-Equality Index 2022」では4年連続で選出されている。これらの評価はすべて、実行力のある推進体制を築き、堅実なファクトを積み上げてきた結果である。
経営陣を巻き込んだESG推進体制を構築
振り返れば花王は、常に時代の一歩先をゆく戦略を自ら掲げ、実践してきた。
2009年の「環境宣言」で、環境を経営の根幹に据え、消費者やパートナー企業と一緒に社会を変えていくと宣言。環境経営に大きく舵を切った同年、すすぎが1回で済む環境負荷の低い洗濯用洗剤「アタックNeo」を発売し、ヒット商品となった。
2019年には、ESG戦略を「Kirei Lifestyle Plan」にまとめ、「これまでのありかたを抜本的に変える」「廃棄まで責任をもつ」「ESG本質研究によって社会にインパクトを与える」といった強い決意とともに公表した。その延長線に、「2040年カーボンゼロ/ごみゼロ」宣言がある。
一方で、まだ「ESG」という言葉が定着していない2018年には、サステナビリティ戦略の推進体制を刷新。経営層が参加する決定機関「ESGコミッティ(当時の名称はESG委員会)」や、各部門の責任者から成る「ESG推進会議」などを設置し、ESGを経営の中核に据えた。
そして今年4月、ガバナンスをさらに強化する「ESGステアリングコミッティ」を新設。「脱炭素」「プラスチック包装容器」「人権・DEI(Diversity Equity Inclusion)」「化学物質管理」の4つを重点テーマとし、各部門・グループ会社における施策の実効性を高めた。
このうち、「脱炭素」と「プラスチック包装容器」、2つの重点テーマにおける取り組みを、より詳しく見ていく。
脱炭素、技術開発でバランスをとる
「政府が2050年という目標を掲げているが、企業の動きには、ばらつきが出るだろうと。であれば、花王は10年前倒しの2040年でいこうと考えました」
「ただし、様々なサプライヤーさんやお客様と一緒になって取り組まないと、地球温暖化は解決しない。ということを2009年の時点で理解をし、環境宣言に至っている。カーボンゼロを目指すうえでScope3を含めるというのは、当然の選択でした」
脱炭素戦略の肝である「2040年カーボンゼロ」宣言について、ESG部門 ESG活動推進部 ESG活動マネージメントグループ担当の柴田学部長はこう説明する。
生産によって直接的・間接的に排出されるScope1&2については、2030年までに17年比55%削減を目標とする。拠点における再生可能エネルギーへの転換を進めるなどして、2020年実績で15%減(17年比)、2021年実績で20%減(同)と順調に削減が推移している。
さらに昨年より、社内炭素価格(ICP)制度の炭素価格を、従来の3500円/トン-CO2から1万8500円/トン-CO2へ引き上げることで、GHG排出量が少ない最新設備への投資や再生可能エネルギーの調達を加速させている。一般的に5000〜8000円/トン-CO2と設定する企業が多いなか、花王は思い切った決断をした。
だが、Scope3まで含めた削減となると、花王に限らず一筋縄ではいかない。
花王の全GHG排出量のうち、Scope1&2が占める割合は7%(2021年実績)。ほとんどがScope3であり、とりわけ「原材料調達(全GHG排出量中35.1%)」と「使用(同38.5%)」による排出割合が大きい。
製品ライフサイクル(原材料調達・製造・輸送・使用・廃棄/リサイクル等)で考えた場合、花王のGHG排出量は2021年で1140万トン。これを、2017年比で2030年までに22%削減する目標を立てているが、2020年の実績は4%減(17年比)、2021年の実績も4%減(同)と、横ばいだ。
結局は、「クレジット(他の場所で実現した温室効果ガスの排出削減・吸収量等)」を購入し、排出量とクレジット購入量をバランスさせる「カーボン・オフセット」で大部分を解決するつもりなのだろうか。
ESG部門 ESG戦略部の大谷純子部長は、「それは社会が許してくれない」と一蹴し、柴田部長はこう続けた。
「花王は技術の会社。やはり自分たちの技術で解決していきたい。どうしても足りないところは最後、オフセットの手段をとるかもしれないが、カーボンのリサイクルや炭素固定などの技術開発でなんとかしようと現場が動いている」
森林伐採を食い止めた事実がないような、質の悪いクレジットが横行している。それを購入して「GHG削減に貢献した」とする企業も少なくない。そうしたなか、あえて「極力、カーボン・オフセットを避けたい」と明言する花王の姿勢は、信用に値すると言える。
「脱プラスチック」はできないが、「実質ゼロ」は可能
脱炭素と並ぶ重点テーマ「プラスチック包装容器」については、冒頭で紹介したように大きな方針が示されたばかりだが、これまでも花王は、「詰め替え・付け替え」製品の普及や液体の濃縮化などで、プラスチックの削減に寄与してきた。
例えば、詰替え用の液体が入った薄く軽量なフィルムパックを、詰め替えやすい形状で提供することで、「家庭でボトルに充填する」という消費者の行動変容を促した。詰め替え・付け替え商品がすべてプラスチックボトルで流通し、濃縮化もできていない場合を想定すると、2021年時点で78.4%に相当する13万9800トンを削減できた計算になるという。
2020年には米国で、本体ボトルすらもフィルム化する「エアインフィルムボトル」の製品群「MyKirei by KAO」をネット通販で発売し、話題となった。薄いフィルムパックの外周に空気を注入し、プラスチックボトルのように倒れにくい構造を実現。従来品と比べ、プラスチック使用量を約半減させた。
また同年、日本国内の商品パッケージに添付している販促用の「プラスチック製アイキャッチシール」を順次廃止すると発表、2021年12月末にシール付き商品の生産を終了した。これにより、約60トンのプラスチック使用量を削減した。
アイキャッチシールは消費者のアテンションを引くための重要なツールとして長年、使われてきた。これを廃止する決断は、売上げや利益よりも環境配慮を優先するという証左。削減量は小さいかもしれないが、花王の本気度を物語るエピソードとしては十分だ。
しかし、それでも花王は、2021年実績で、化石由来のプラスチックを10万4000トン使用している。フィルムパックの原料もプラスチックであり、衛生面を考慮すると完全にゼロにはできない。製品のボトルやフィルムパックを100%回収して完全なリサイクルをすることも不可能だ。
そこで出てきたのが、使ってしまったぶんと同等量のプラスチックごみを回収してリサイクルすることでバランスをとり、実質ゼロを目指すという新戦略である。
「カーボンニュートラルと同じ発想。同じような他社の事例は聞いたことがないが、プラスチックでもやってみようよ、というのは自然な流れだった」(柴田部長)。
花王は2040年ごみゼロ、2050年ごみネガティブに向け、リデュースとリサイクルにおけるイノベーションを加速させていくとする。すでに店頭における「量り売り」や、パッケージ回収などの実証実験に取り組んでいるほか、画期的な新素材にも期待を寄せる。
2020年12月に発売した「ニュートラック5000」は、アスファルト舗装の強度を上げる改質剤。廃プラスチック(PET)を原料とし、脂肪酸や添加剤などを加えて開発した。舗装中に約1%配合すると、耐久性を約5倍向上させることが可能という。
「自動運転が普及すれば、車輪は正確に同じ場所を通るため、もっと轍ができやすくなるはず。ニュートラック5000はプラスチックごみの実質ゼロに加えて、メンテナンス工事の減少による直接的なGHG削減にも貢献できると期待しています」(柴田部長)。
受け継がれた企業理念「The Kao Way」
これだけの実績やファクト、そして、外部からの評価がありながら、花王のESG部門のトップは満足していない。ESG部門を統括するデイブ・マンツ取締役 常務執行役員は、こう話す。
「サステナビリティのために多くのことをして、最初の成功を収め、外部から高い評価もいただけたのは喜ばしいこと。しかし、これから先を見据えると、決して満足はできません。旅路はとても険しく長い。やるべきことは、まだたくさん残されている」
このコメントは、花王が見せかけだけの「グリーン・ウォッシング」には興味がなく、いかに本気でサステナビリティに取り組んでいるかを示していると言える。
確かに道のりは険しい。それでも、あえてハードな目標を自ら課すのはなぜか。なぜ、ここまでサステナビリティに本気になれるのだろうか。その問いに、大谷部長はこう答えた。
「それは、企業理念があるから。『花王ウェイ』として言葉になったのは2004年ですが、そこに書かれた精神は創業者から歴代経営者や社員に脈々と受け継がれたもの。サステナビリティに本気で取り組むというのは、花王の社員からすれば自然なことです」
花王ウェイは、「豊かな共生世界の実現」を使命に掲げており、「Kirei Life~すべての人と地球にとってより清潔で美しく健やかな暮らし方~を創造します」「正道を歩む」「私たちは、易しいことではなく、正しいことを行ないます」といった言葉が並ぶ。これらは、創業者・長瀬富郎の言葉を源としている。
この花王ウェイに魅了されたと語るESG部門統括のマンツ取締役は、「企業理念と経営者のリーダーシップが両輪で上手く噛み合ったからこそ、本気で臨める」と説明した。問いへの答えとして、すべて正しい要素だろう。しかし最も説得力をもって腑に落ちたのは、「消費財メーカーとしての機会の大きさ」である(インタビュー囲み記事を参照)。
無理なく人々のライフスタイルを変えていく
先に述べたように、大量の商品を使用し廃棄する消費者の協力や行動変容なくして、社会全体の脱炭素やプラスチックごみ削減は成し得ない。つまり、消費者の行動変容なくして、社会全体のサステナビリティは実現しない。
その消費者に最も頻繁にタッチでき、コミュニケーションしている業界の一つが、消費財メーカーである。
研究開発やイノベーションによって、人々のライフスタイルを変え、サステナビリティを大きく前進させることができれば、結果として市場創出による果実を得られる。花王にとってサステナビリティとは、単なる綺麗事ではなく、生き残りをかけた「現実解」なのだ。
もちろん、人々のライフスタイルを変えることは、容易ではないと花王は理解している。いくら社会や地球に良いと押し付けたところで、消費者に受け入れられなければ意味がない。反面、花王は、時間がかかったとしても、消費者のライフスタイルは変えられることも分かっている。
1887年の創業以来、長らく「石鹸」の製造販売を祖業としてきた花王は、「ビオレU」というブランドで、プラスチックボトルに入った液体のボディ洗浄剤を日本に根付かせた。そして今度は、ボトルから詰め替え・付け替え製品への移行を促し、消費者はそれを受け入れた。
「消費者に無理を強いるのではなく、すっと生活に溶け込むように、自然なかたちでライフスタイルの変化を提案していくことが、すごく大事だと思っています」(大谷部長)。
10年後、硬いプラスチックのボトル容器は店頭から消え去り、過去の遺物になっているかもしれない。少なくとも花王は、その可能性も見据えている。
なぜ花王は“タフジャーニー”に突っ込むのか
デイブ・マンツ
取締役 常務執行役員 ESG部門統括
花王には、「花王ウェイ」という、創業以来、歴代の経営者や社員が大切にしてきた企業理念があります。「豊かな共生世界の実現」という使命や、「正道を歩む」といった価値観を包含するものです。ですから、地球環境のサステナビリティ(持続可能性)に本気で取り組むのは、ある意味、当然の流れでした。
この、花王の精神とも言うべき企業理念は、長い時間をかけて形作られ、組織や働く社員一人ひとりに生きたものとして根付き、花王を花王たらしめています。私にとっての最大の花王の魅力も、まさにこの精神。中途入社した後、生きたスピリットに触れ、さらに花王に夢中になり、今日まで花王に居続けています。
ここまで花王がサステナビリティに対してコミットメントできるもう一つの要素として、経営陣のリーダーシップが挙げられます。
私は、2018年に、当時の澤田道隆社長(現会長)から任命され、新設された社長直轄組織のESG部門のトップとして執行役員に就きました。以降、花王のサステナビリティ/ESG戦略を担っています。強力なリーダーシップに恵まれたのは幸運でした。
他社のサステナビリティを率いる方々とよく話す機会があるのですが、私はいつも「サステナビリティ担当の仕事は、会社のトップが最大の牽引者であるかどうかによって、雲泥の差がつく。花王の場合、澤田会長や長谷部佳宏社長が、ちゃんとリーダーシップを発揮してくれているから、自分は仕事がすごくやりやすい」と伝えています。
尾崎元規元社長のもとで「環境宣言」を出し、環境経営に向け大きく舵を切りました。澤田前社長は、先見の明を持って「ESG経営」へと拡大させ、組織も刷新しました。昨年、澤田前社長から引き継いだ長谷部社長もまた、強力なリーダーシップで脱炭素やプラスチックごみゼロに向けた取り組みを次の段階へと昇華させました。
もちろん、歴代の経営者は皆、花王ウェイを理解し、実践しているからこそ、サステナビリティやESG経営についても本気でコミットメントし、リーダーシップを発揮しているわけです。社内に息づく精神と経営者のリーダーシップ、これらは挑戦への不可欠な両輪であり、なぜ花王が本気になれるのかという問いに対する答えでもあると思います。
私たちの取り組みは、地球環境や社会のサステナビリティだけではなく、私たちの会社自身の持続可能性にも大いに関係してきます。これも、重要なモチベーションです。
日用品や美容用品などを扱う消費財メーカーは、環境配慮の問題で矢面に立つ傾向があり、プレッシャーも大きいのは事実。ですが、それはいち側面でしかありません。逆に言えば、それだけ成長やイノベーションの機会が大きい、とも捉えることができます。
自分たちの製品が、ほとんどのご家庭の、部屋ごとに置いてもらえ、これだけの多くの生活者にダイレクトに関わっている業界は、そうないでしょう。
それだけ多くの人々の暮らしに変化を起こせる可能性や機会が与えられている、という意味で、非常に特異な立場にいます。商品の構造や使用方法を変化させることで、それを使用する人々が排出するフットプリント(ライフスタイルに関連する温室効果ガス排出量)に大きな影響をもたらすことができるのです。
確かに、簡単なことではありませんが、企業としては、意欲的な目標を掲げ、困難な挑戦に立ち向かうことで、今までになかった創造性が必要とされ、新しいエネルギーも生まれます。つまり、イノベーションへの活性化を促し、将来の市場でリーダーになるチャンスを広げるのです。
消費財メーカーとしての責任もありますが、一方で、チャンスもある。それが、我々のここまでやらなければならない、という思いにつながっていると思います。