June 27, 2025
【横河電機】社会の低炭素化・脱炭素に貢献する「制御」
Yokogawa Electric’s strong points
1.プラント向け「統合生産制御システム」で顧客企業の低炭素化・脱炭素に貢献
2.顧客によるCO2排出抑制量の総和を累計「10億トン」とする目標を掲げる
3.欧州最大の水素ハブを目指すオランダ・ロッテルダム港のCO2削減などに関与
4.オーストラリアや日本・石狩湾の再生可能エネルギー発電の現場でも活躍する
石油精製・化学、鉄鋼、繊維、医薬、食品、水、発電、ガス…。横河電機は、あらゆる産業の大規模プラントや工場などに向け「制御システム」を導入してきた。
同社は、サステナビリティへの対応や取り組みを経営の中核に据える企業の一つ。国際非営利団体「CDP」が2025年4月に公表した2024年版で、「気候変動」「水セキュリティ」において2年連続のAリスト入りを果たした。
横河電機は計測機器や制御システムを生産する製造業でもある。「2030年までに温室効果ガス(GHG)のScope1と2をゼロにする」と宣言。GHG全体の9割以上、年間約64万トン(2023年度)に上るScope3も、2019年度比で「2030年度までに30%、2050年までに100%削減」という目標を設定し、自社のカーボンニュートラルに向け突き進んでいる。
だが、こうした数字は横河電機にとって、あまり重要ではないかもしれない。なぜなら、同社の制御システムは世界中の企業のCO2削減に、あるいは、再生可能エネルギーの効率的な発電に多大なる貢献をしているからだ。
その数字は「億トン単位」。同社が排出するGHGとは桁が違う。
顧客企業のCO2抑制「10億トン」に貢献
2017年、横河電機は2050 年に目指す社会の姿を定めた「Three Goals」を公表。「Net-zero emissions 気候変動への対応」「Well-being すべての人の豊かな生活」「Circular economy 資源循環と効率化」をゴールとし、横河電機もそこに向け自らを変革していく覚悟を示した(囲み記事を参照)。
同時に、2030年に向けた中期目標を掲げ、気候変動対応では「お客様事業のCO2排出抑制量」を、2018年度から30年度までの累計で「10億トン」とした。その量は、日本全体が1年間で排出する量に匹敵する。
なぜそんな大それた目標を掲げることができるのか。答えは、横河電機が主力とするプラント・工場向け「統合生産制御システム」関連のソリューションにある。
1975年、「CENTUM」と名付けられた「分散形制御システム(DCS)」を世界で初めて発表。以降、累計3万以上の制御システムを世界100カ国以上のプラント・工場に導入してきた。
今年で誕生から50周年を迎えるCENTUMは、プラント・工場の設計からエンジニアリング、システム・機器の設置、生産、さらには改修を経て運転を終えるまで、生産・製造拠点のライフサイクルを管理し、制御できる最新DCS「CENTUM VP」へと進化した。
このDCSを主軸に発展してきた制御関連事業は、2024年度の売上高5624億円のうち実に約94%を占め、今もなお売り上げを伸ばし続けている。稼ぎ頭は再生可能エネルギーも含む「エネルギー&サステナビリティ事業」の現場だ。
「当社の制御システムやソリューションがどう地球環境に貢献しているか。最もわかりやすく、ご理解いただけるのが、ロッテルダム港における大規模プロジェクトだと思います」――。横河電機でサステナビリティ施策を担当する福田 哲 執行役 経営管理本部長はこう話す。
欧州最大の港であるオランダ・ロッテルダム港は、40以上の石油化学工場などが集積するエネルギー基地でもある。そこが今、水素を軸に変貌を遂げつつある。
PHOTO: OSAMU INOUE
水素ハブへと変貌するロッテルダム港
英メジャーのシェルは、洋上風力発電などの電力を使い、1日最大80トンの「グリーン水素」を生成するプラントを建設中で、2025年中の操業を目指している。英メジャーのBPや仏ガス大手のエアリキードも、ロッテルダム港に同規模の水素プラントを設ける計画だ。
ロッテルダム港で作られた水素はパイプラインや液化水素運搬船などを通じてEU各国や域外に届けられ、脱炭素に貢献する。世界最大級の水素ハブへと変貌を遂げようとしているロッテルダム港。横河電機はそのパートナーとして、この類まれなる巨大プロジェクトを支えている。
ロッテルダム港湾公社(Port of Rotterdam Authority)と横河電機は2023年9月、コンビナートにおけるエネルギーや資源の有効利用に向けた産業間連携の調査を開始したと発表した。事前調査では、事業者間での電力等の需給を最適化することにより5%の費用削減とCO2排出量の削減が見込めることが判明したという。福田執行役はこう説明する。
「限られた工業団地的なエリアで、色々な企業がそれぞれ違う事業をしている。そのエリア全体でエネルギーや資源を最適化するにはどうすればいいかという命題は、理想はわかるけれどもどうやればいいのという、掴みどころのない難問でした」
「我々には独立して運用、管理されているシステムの集合体が連携し、形成されたより大きなシステムが新たな価値を生み出していく『System of Systems(SoS)』という概念があります。熱や電力、水素など各社の制御システムをさらに統合することにより、エネルギーやCO2排出量の削減が期待できるのです」
要するにコンサルティングとデータ分析の強みを生かして、全体のエネルギー最適化を図ろうというプラン。横河電機は、シェルが建設している水素プラントの主要自動化請負業者(Main Automation Contractor : MAC)に選定されるなど、ロッテルダム港の開発に関わる個別事業者との関係も深めている。
水素製造には、洋上風力発電、送電、水道などあらゆる機能・事業者が必要となる。横河電機の制御ノウハウが港湾全域の事業者に広がれば、皆が最適化によるCO2削減や省エネルギーなどの恩恵を受けられる。ロッテルダム港湾公社は、そうした未来を見据えているようだ。
国内最大規模の洋上風力発電
DCSのほかにもう一つ、横河電機には制御関連の“武器”がある。「統合情報サーバ(CIサーバ)」だ。
DCSは各種設備・機器を制御することに主眼が置かれている。対してCIサーバは各種設備・機器からICTを駆使して情報収集・分析することに主眼が置かれた制御システム。DCSと組み合わせればさらに効率的な運用が実現できるほか、設備や機器をインターネット経由で遠隔操作監視することも可能になる。
このCIサーバもまた、再生可能エネルギーの現場で活躍し始めた。
現在、開発が進んでいるオーストラリア最大の商用グリーン水素プロジェクト「ユリ」。ここに横河電機のCIサーバを中核とする制御システムが導入されている。各設備が吐き出す大量のデータを集約。一元管理することで、操業の迅速な意思決定を支援している。
国内でも、2024年に商業運転を開始した国内最大規模の「石狩湾新港洋上風力発電所」で、CIサーバを中心とする制御システムが活躍している。
洋上から陸上にまたがる発電設備全体の遠隔操作監視システムと映像監視ソリューション、それらの保守サービスを横河電機が担っている。環境や状況に応じて蓄電量を制御するために必要な判断材料を提供しているほか、光ファイバ温度センサーを活用して海底ケーブル損傷の予兆を検知する実証実験も始まった。
「洋上風力発電はなかなか設備の現場へ行くことが難しい事業。石狩のプロジェクトでは、遠隔操作監視や各種センサーからのデータ分析など、CIサーバのメリットを存分に活かし、その力を発揮できていると思います」と福田執行役は言う。
ただし、横河電機の制御システムは再生可能エネルギーのような新しい領域だけに効果をもたらすものではない。環境の観点では“敵視”されるようなプラントを効率化させることで、地球環境に寄与している。しかも「人工知能(AI)」の助けを得て。
COURTESY OF GREEN POWER INVESTMENT CO. LTD.
自律制御AI、基幹産業にも貢献
国内メジャーであるENEOSの素材子会社、ENEOSマテリアルは2023年3月、「自律制御AI」による化学プラントの安定操業を成功させ、世界で初めてプラント制御にAIを正式採用したと発表した。
ENEOSマテリアルが導入したのは、横河電機が奈良先端科学技術大学院大学と共同開発した強化学習AI アルゴリズム「FKDPP(Factorial Kernel Dynamic Policy Programming)」を取り入れた「自律制御AI」システム。ENEOSマテリアルのプラントに適用した結果、従来の手動制御に比べ蒸気使用量とCO2排出量を約40%削減できた。自律制御AIによる実化学プラントの制御は世界初だ。
パターン化された“自動”制御は急激な気象条件の変化など不確実性を伴う事象に弱い。ENEOSマテリアルでも、ゲリラ豪雨などがあると自動制御を中断し、熟練作業員が介入する場面が多々あったという。その代替として「AIが機能することを証明した」と話すのは、横河電機のフェローでもある古川千佳経営管理本部サステナビリティ推進部長だ。
「そもそも人手不足やベテラン作業員の技術や感覚が継承できないという課題がありました。いろんな制御を自動化していく中で、どうしてもベテランのその人じゃないと解決できない領域も残っていた。そこをAIで解決することができ、かつエネルギー使用量もCO2排出量も減らすことができたというのは、横河電機にとっても、旧来型のプラント産業にとっても大きな進歩です」
石油や鉄鋼など、重厚長大な基幹産業のプラント・工場の多くに、すでに横河電機のDCSやCIサーバが導入されている。そうした製造・生産現場にも自律制御AIを適用できると福田執行役は言う。
「自律制御AIは制御しているものに関しては、すべからく使える技術。再生可能エネルギーの普及など“脱”炭素も大事ですが、やっぱり“低”炭素化も非常に重要です。化石燃料由来の生産・製造はすぐにはゼロにはならない。そうした産業のCO2排出量を減らすことに、AIを含めた横河電機の制御システムはもっと貢献していけると思います」
COURTESY OF ENEOS MATERIALS CORP.
企業の“参謀”
AIで進化した横河電機の制御システムは、石油や鉄鋼などの重厚長大産業を含めた旧来型産業の効率化をさらに加速させ、省エネルギー・低炭素化に貢献していく。その“象徴”が冒頭で示した「10億トン」という削減量の目標である。
これはあくまで、横河電機が参画した再生可能エネルギー・グリーンエネルギープロジェクトよる “プラス”の効果であり、横河電機のソリューション単独で生み出した削減・抑制量というわけではない。
そもそも、横河電機の制御システムがなければ、どれだけのCO2が余分に撒き散らされていることになるのか。試算に挑戦してはいるものの、計算式が難しく、なかなか公表に至らないというが、これまで導入してきたすべての制御システムによる削減効果、上述のプラスの効果を含めれば、10億トンでは済まないかもしれない。
さらに言えば、10億トンは2017年に打ち立てた目標。その後、AI技術の飛躍的な進歩があった。横河電機のAIも、DCSやCIサーバと相まって、既存プラントの低炭素化や、再生可能エネルギーのさらなる効率的な生成に大きく寄与していくだろう。
基幹産業の低炭素化から、脱炭素を目指すグリーンエネルギーの制御まで、まさに八面六臂の活躍を見せている横河電機。その活動領域は、細胞を生きたまま観察でき、創薬や医療の現場で使われる「共焦点スキャナユニット(共焦点顕微鏡)」から、電気自動車(EV)積載のリチウムイオン蓄電池の再利用支援まで、広がりつつある。
最先端の分野で活用されているため、顧客企業に事例としてなかなか開示してもらえないことが悩みだが、研究開発のトップランナーを支えていることは間違いない。
人類や地球、社会にとって良いことをするよう、あらゆる国のあらゆる企業に働きかけ続ける横河電機。企業のサステナビリティ活動に欠くことのできない“参謀”として、その社会への貢献度は高まるばかりだ。
「Three Goals」を生んだ本業と社風
福田哲
横河電機 執行役 経営管理本部長
これまで我々がやってきた諸々のサステナビリティに関する取り組みを振り返ると、「社会を支える側にいる」ことを改めて認識したという意味でも、2017年に打ち出した「Three Goals」がすごく大きかったと感じています。
2017年以降の「中期経営計画(中経)」はすべて、このThree Goalsに至る道筋として策定しました。事業活動そのものがサステナビリティへの貢献であるということを明確に謳っています。時代の流れに迎合したわけでも、見せかけを良くしようとしているわけでもありません。もともと、そういう社風なのです。
横河電機という会社には、“縁の下の力持ち”と言いますか、社会の土台を支えている自負を持ちながら、皆様の陰でお役に立つことに喜びを感じるような価値観がベースにあります。
なぜそうなのかと言えば、主力製品である「統合生産制御システム(DCS)」がそういう商品、そういうソリューションだからです。DCSは、発電所や工場などあらゆる企業活動の根幹を支えるものであり、大規模なプラント・工場であるほど欠かせないシステムです。
制御によって、限られた資源や時間を効率的に使う。無駄にしない。同時に、安心・安全も担保し、信頼性を高めるシステムを構築していく。大規模で、複雑で、クリティカルな部分の制御をお任せいただく。そうした事業を通じて、従業員一人ひとりも、お客様との信頼関係を非常に大切にしてきました。
そういった価値観をきちんと整理したのがThree Goalsを始めとする最近の取り組みであって、そもそも我々のビジネスのベースにサステナビリティが組み込まれていたのです。
ですから、なぜサステナビリティを経営の根幹に据え、本気で取り組んでいるのかという問いに答えるとすれば、もともとそういう会社だからだと言わざるを得ません。仕事を通じて、自ずとそういった風土や文化が育まれ、日本だけではなくグローバルでも、自然とThree Goalsを大切にする価値観を持った従業員が集まっているような気がします。
我々は、華々しいことをしている会社ではありません。地味かもしれませんが、パーパスにも掲げているように「測る力とつなぐ力で、地球の未来に責任を果たす。」という言葉に誇りを持っています。これからは、お客様の後ろ、“縁の下”から1歩前に出て、きちんと価値観を体現し、責任を果たしていきたいと思います。