February 22, 2024

日本人初の「ルレ・エ・シャトー」国際執行委員。

ライター:寺尾妙子

『オトワレストラン』を訪れるゲストは、ガラス越張りの厨房を通ってメインダイニングへと向かう。厨房内の壁には、音羽の父・和紀が日本人として初めて師事したフランスの名シェフ、アラン・シャペルの店にあったものと同じ色の、青いタイルが選ばれている。
PHOTO: YURI ADACHI

厳格な審査をクリアした世界65カ国、約580の宿泊施設・レストランが加盟する「ルレ・エ・シャトー」(本部・パリ)の国際執行委員に、2022年11月、栃木県宇都宮市のフランス料理店『オトワレストラン』の音羽香菜が日本人として初めて選出された。「ルレ・エ・シャトー」はその国の顔として活躍するスターシェフも多く携わっている世界的組織だ。従来の執行委員にはフランスを中心とする欧州の人材が多く選ばれてきたが、2023年1月から5年間の任期を務める8人には米国やアフリカからも選出された。そのなかの1人が日本人であり女性でもある音羽だったのだ。当時38歳という年齢も歴代最年少として注目を浴びた。

「ルレ・エ・シャトー」は1954年フランスで、戦後の料理界を代表するシェフ、ピエール・トロワグロが中心となって発足した、地方のオーベルジュや歴史ある城を利用したホテルが集まってできた組織が母体となっている。1974年より「ルレ・エ・シャトー」を名乗る非営利会員組織として、地域のホスピタリティーや食文化の多様性を大切に守り、ゲストへ提唱していくことを理念に活動している。入会条件は厳しく、500以上の審査項目をクリアしなければならない。ゲストが最初に行動を起こす予約の時点から、到着までのやりとり、そしてレストランでの食事やおもてなし、さらには、帰った後に、どれだけの感動の余韻を残せるかまで、ゲスト目線で審査される。

そのような権威ある組織の「執行委員にならないか?」と同組織会長であり、フランス・パリの老舗レストラン『タイユヴァン』ほか、高級ホテルやレストランを経営するローラン・ガルディニエから音羽に声がかかった。英国の大学でレストランマネジメントを学び、米国のリゾートホテルで勤務していた経験、そしてダイバーシティーを掲げる組織の志向に、音羽がうまくマッチしたのだ。「ルレ・エ・シャトー」の国際執行委員の仕事としては、60名のスタッフが常駐するパリ本部と連携し、加盟店の調査や選定を行うほか、日本支部のメンバーとして海洋資源保護の活動などにも携わる。

「大変驚きましたが、とても光栄なことですし、自分にとっても非常に大きなチャンスだと思いました」。当時、音羽は3人目の子どもを出産した直後。夫になんと伝えたらいいのかということが、真っ先に頭に浮かんだと言う。

共働きで3人の子供を育てるというだけでも大変だが、「ルレ・エ・シャトー」の役職が加われば、年に数回、海外へ行かなくてはならない。恐る恐る、夫に切り出すと「断る理由はない。人生最高のチャンスだから」と理解を示してくれた。「夫は外資系企業で働いていますが、長男が産まれてからは私の仕事と家庭との向き合い方について度々口論になることもありました。小さな会社であればなおさら飲食業界で働きながら幼い子供を育てるのは課題も多く、パートナーや周囲のサポートが必要不可欠です。業界にもよりますが、自分のキャリアを積み上げている真っただ中で、出産という選択を後回しにせざる負えない気持ちで向き合う女性も多くいらっしゃるのではないでしょうか。結婚や出産をすること自体が全てではなく「一つの人生の選択」である中で、私の場合は家族と共にキャリアも積みたいと思いました。いずれにせよ働く女性本人にもパートナーや家族にも「必ず理解してもらう」という強い意志が必要だと思います」。現在、結婚10年目。夫からの仕事に対する理解は、幾たびもの議論と口論の賜物だと言う。2023年、コペンハーゲンで行われた「ルレ・エ・シャトー」総会のための出張には8歳の長男を同伴。世界中のスターシェフが集まる食事会で音羽の隣に座ったという。世界中のホテリエやスターシェフが集まる総会の様子を通して普段の「妻」「母親像」とは違う側面を何となくでも感じてもらえたと思っています。

2022年11月、イタリア・ヴェニスで開催された<ルレ・エ・シャトー>の年次総会での様子。音羽はこの総会で国際執行委員に就任した。
COURTESY: RELAIS & CHATEAUX

2023年11月にコペンハーゲンで開催された年次総会のワークショップに音羽は登壇した。
COURTESY: RELAIS & CHATEAUX

海外で働いた経験のある音羽には、海外や東京で働く選択肢もあっただろうが、未婚で単身だった20代後半、いつか結婚して子供を育てながら働きたいと漠然と思い描く音羽にとって、故郷の自身の家族と共に歩む選択は自然な流れだったと語る。『オトワレストラン』は音羽の父・和紀が、1981年に独立し、フランス料理を柱にデリやレストランウェディングを手掛けながら地域に根ざした飲食事業を展開してきた。2007年にはローカル・ガストロノミーを掲げる旗艦店をオープン。香菜の2人の兄やそのパートナーも、シェフやパティシエ、サービススタッフとして家族みんなで店の運営に携わる。宇都宮市に根付き、親子2代で食文化を継承する姿勢が認められ、2014年に「ルレ・エ・シャトー」への加盟が実現した。

音羽が28歳で帰国し、『オトワレストラン』でサービススタッフとして現場に入り込み、レストランウェディングや商品開発、イベント企画に携わるようになって12年。家族やスタッフと協力しながら、店のクオリティを高めてきた。自分たちの店の発展もさることながら、食を通じて宇都宮市、ひいては栃木県全体を盛り立てたいという思いも強い。昨年はジャパンタイムズが主催する「Destination Restaurants 2023」に『オトワレストラン」が選ばれ、県外はもとより海外からのゲストも増加傾向にある。現在、宇都宮市では『オトワレストラン』が食のインバウンド需要をリードしていると言っていい。

「ただ、宇都宮市まで足を運んでもらえても、市内にラグジュアリーホテルがないと宿泊は東京でというお客さまが多く、そういった問題はレストラン一軒でどうにかなるものではなく、女性の働き方も含めて社会的なサポートの必要を感じています。国全体で食、農業、観光が連携して素晴らしい効果を上げているフランスと比べると、日本はそれぞれの行政や個人がバラバラに動いていて、みんなが悩みを抱えている状態ですから」

県や市など行政のミーティングに参加し、提言することも多いという音羽。今後も食を通じて、日本の観光業と世界を繋げるため、宇都宮市で奮闘するだろう。

日本の<ルレ・エ・シャトー>は現在、宿泊施設13軒と、『オトワレストラン』を含む7軒のレストランが加盟している。

音羽香菜(おとわ かな)

1985年栃木県宇都宮市生まれ。米国のリゾートホテルに勤務後、2012年に帰国し、父・和紀がオーナーシェフであるフレンチレストラン『オトワレスラン』に入社。サービス、ウエディング、商品企画、イベント企画などに携わる。2023年1月より「ルレ・エ・シャトー」国際執行委員を務め、アジア・オセアニア担当副会長も兼任する。

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