March 25, 2022

近世麻布研究所・吉田真一郎に聞く、何度も再生していく日本の布文化

ライター:塚田有那

着物の中に着ることで汗をはじく役割を持つ「汗はじき」(明治時代)。墨で文字が書かれた使用済みの紙を糸状につむいで編み込み、下着に仕立てている。植物原料の和紙から紡がれているため、強く丈夫な素材になるという。 | PHOTO: ASATO SAKAMOTO

1枚の衣服を小さなボロ切れになるまで使い続ける。およそ100〜150年前まで、それが日本の当たり前だった。都市部には多くの古着商が存在し、汚れたり破れたりした服はほつれを直したり、刺繍を施したりして再利用されるほか、古着は酒や加工品と共に貿易船で日本各地に運ばれていったという。

吉田氏の布コレクションのひとつであり、明治時代末期、福井県で使われていたとされる仕事着。苧屑(オクソ)と呼ばれる大麻の屑を利用して織られたもので、襟元は手仕事で縫われた様子がわかる。 | PHOTO: ASATO SAKAMOTO

吉田真一郎
近世麻布研究所所長。古布の研究を続け、現在は日本の自然布、主に江戸時代の大麻布、苧麻布の繊維と糸の研究を進めている。 | PHOTO: KEISUKE NAGOSHI

なぜそこまで衣服が大事にされていたのか。古くから日本では大麻や苧麻などの植物から糸を紡ぎ、布に仕上げていく文化があった。しかし、それらは相当の手間と時間を要するものだったため、庶民は1年で数枚ほどの服を何度も着回すのが常だったという。

「工業化される以前の衣服は、すべて自然物を利用してつくられていたため、ほぼ100%がリサイクルされていました。最後は暖を取るため燃料として燃やしてしまえばいいので、江戸時代頃までゴミはほとんど出なかったと言います」。

そう語るのは、人々の手仕事から生まれた古代の布に魅了され、古い衣服や布をコレクションしてきた近世麻布研究所・所長で美術家の吉田真一郎だ。

「庶民にとって布はとても貴重だったため、小さくぼろぼろになった布を縫い合わせて、パッチワークのように仕上げていく風習もありました。多い時には100種類以上の布を1枚に仕立てたり、貴重な絹の端切れをつなぎ合わせて布団をつくったり。そうした生活者たちの知恵が詰まった衣服は、いまも目を見張る美しさがあります」

吉田真一郎氏のコレクションにインスパイアされ、料理家の野村友里と花屋THE LITTLE SHOP OF FLOWERSを主宰する壱岐ゆかりがプロデュースした展覧会「衣・食植・住」(GYRE GALLERY/東京・表参道)の様子。 | COURTESY: THE EXHIBITION “CLOTHING, FOOD & PLANTS, HOUSING”

16〜17世紀になると日本でも綿花の栽培が拡大し、木綿の布生産が盛んになるが、綿花栽培に不向き東北などの寒冷地では、古着を再利用する独自の文化が発展した。青森県南部地方に伝わる、使い古された布を細かく裂いて織り込み、衣服や生活用品に再利用する「南部裂織」などはその代表例である。ほかにも、使用済みの和紙から衣服を仕立てた例もある。吉田のコレクションのひとつには、文字の書かれた紙を裂いて細く糸状に紡ぎ、亀甲状に編み込んだ「紙の下着」がある。夏期、衣服の下に着ることで、着物に汗を直接触れさせない役目があったという。

「1994年、サンフランシスコ工芸博物館で私のコレクションを元にした展覧会『Riches from Rags』が開かれたことがあります。持続可能性をテーマとした展覧会で、ボロ布や衣服を紹介したのですが、未だに当時のカタログを見た海外の方から問い合わせがあります。『これは誰がつくったのか?』と聞かれることも多いのですが、その作り手の多くは当時の農村部にいた女性たちです。小さなボロの布を前に試行錯誤を重ねた結果、さまざまなアイデアが生まれ、豊かな知恵と技術が育まれていったのだと思います」

使い古された布を細かく裂き、新たに織物として再生させる「南部裂織(なんぶさきおり)」。 | COURTESY: TOHOKU STANDARD

そうした知恵は現代にも引き継がれている。デザインディレクターの滝本玲子とフラワーデザイナーの市村美佳子によるプロジェクト「around」では、古くなった着物を裁断してワンピースなどの洋服に仕立て直し、現代のライフスタイルにも適した着物の着こなしを提案している。1枚の布を大事にするためのアイデアは、いまの生活のなかにもたくさん潜んでいるのかもしれない。

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