October 28, 2022

注目の若手建築家、大西麻貴は、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で何を見せるのか?

ライター:鈴木布美子

left: テキスタイル・デザイナーの森山茜によるテントが建物全体を覆う。
right: 日本館の内部。光を反射するタイルを壁面に設置する。
COURTESY: O+H / JAPAN FOUNDATION

大西麻貴

1983年愛知県生まれ。2006年京都大学工学部建築学科卒。2008年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2008年より「大西麻貴+百田有希/o+h」を共同主宰。2022年より横浜国立大学大学院YGSA教授。主な作品に「二重螺旋の家」「シェルターインクールシブプレイス コパル」など。主な受賞にJIA新人賞(2018年)、日本建築学会作品選奨・新人賞(2019年)がある。2023年開催の18回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の日本館コミッショナーを務める。http://www.onishihyakuda.com/
PHOTO: YURIKA KONO

日本館の展示コンセプトのイメージ。建物をテキスタイルで覆い、周囲に心地よい日陰を作り出す。ピロティには人々が集うバーのような居場所を設置。建物内部の展示だけではなく外部も積極的に活用して「愛される建築」の理念を実現している。
COURTESY: O+H / JAPAN FOUNDATION

ビエンナーレ会場の日本館。吉阪隆正のモダニズム建築でピロティが特徴的だ。
PHOTO: MINAMI NAKAWADA

来年2023年5月にイタリアで開催される第18回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展。1980年に始まったこの建築展は、長い歴史を持つ同ビエンナーレの国際美術展と同じく、参加国がそれぞれのパビリオンで展示を行う。今回、日本館のキュレーターを務めるのは建築家の大西麻貴だ。大西は1983年生まれ。同じく建築家の百田有希と共同で設計事務所を主宰し、住宅から公共建築まで幅広い活動を行なっている。今回、彼女が日本館での展示のタイトルとして掲げたのは「愛される建築を目指して」(英題は”Architecture, a place of mind”)。愛される建築とは何か? その問いかけが生まれた契機は建築家を志した中学生の頃の経験にあるという。

「バルセロナでガウディのサグラダ・ファミリアを見ました。ひとりの建築家が構想したものが百年以上も引き継がれ、今も作り続けられている。そしてそれが都市のアイデンティティにもなっている。そのことに感動して、子供心に建築家になりたいと思いました。そのいっぽうで日本で自分の周りにある公共建築物を見てみると、町のアイデンティティになっていたり、人々から愛されているかといえば、必ずしもそうではなかった。それで、建築がもっと人々に寄り添い、暮らしのなかで不可欠だと感じられ、長く記憶に残るには、どうしたらよいかを考えるようになりました」

大西は「愛される建築」の定義のなかで、有機的、生まれ育つ、愛おしさ、個性的、生き物のような、といった特徴を挙げている。そこからイメージされるのは、まるでひとつの生命体のように、存在することの意志を感じさせる建築だ。また同時に「愛される建築」は長く残る建築であり、流行のデザインとして消費されてしまう建築の対極とも言える。それは持続可能な社会にとって望ましい建築の在り方でもある。

今回の展示で大西は、日本館の建物を「愛される建築」の典型として示すことを考えている。日本館は、ル・コルビュジエの弟子として知られる建築家・吉阪隆正が設計し、1956年に竣工したモダニズム建築で、長年に渡り展示会場として多くのアーティストたちに活用されてきた。

「日本館はピロティで建物全体が浮いていて、そこに大きな生き物がいるような印象があります。魅力的な建築だと感じる理由は大きく分けて2点です。ひとつはピロティがあることで、建物の下が開放的な屋外空間になっていること。もうひとつは建物に入ってから出るまでがシーケンシャルな経験になっていて、館内を回遊していくなかでいろいろな空間を体験できる点です。今回の展示ではこうした建築の特色を活かしたいと考えています」

2018年開催の国際建築展での日本館展示風景。
PHOTO: MINAMI NAKAWADA

大西のキュレーションのもとで参加する出展者は5人と1事務所。建築家以外にもテキスタイル・デザイナー、写真家、デザイナー、編集者など多彩な顔ぶれが揃った。大西を含めた全員で「愛される建築とは何か」について意見を交換し、リサーチや制作を行い、展示へと繋げていくという。こうしたアプローチは大西の設計の進め方とも共通している。

大西が男性の百田と共同で事務所を設立してから14年が経った。近年の日本の建築界ではSANAA(妹島和世と西沢立衛)やアトリエ・ワン(塚本由晴と貝島桃代)をはじめとして、男女のユニットの設計事務所は数多くある。「建築の現場はやはり男社会ですし、男性と一緒だと、女性ひとりよりも仕事がやりやすい面はあると思います」と大西は語る。

山形市に完成した児童遊戯施設。屋根の曲線は蔵王連峰の山並みと呼応している。館内には障害のある子供のための工夫も施されている。
COURTESY: O+H

「女性の視点からの創造という部分で言えば、最も影響を受けたのは小説家のヴァージニア・ウルフです。学生の頃から彼女の小説が好きでずっと読んでいたのですが、その日記を読むと、当時の男性中心の文学の世界でいかにして女性としての文体を生み出すかをウルフが歴史を考察しつつ、深く考えていたことがわかります。建築を考えるうえで、どのように過去から学び、建築における自分だけの文体を生み出して行けるか。そう思うようになった原点はウルフにあった気がします」

最近では実績の積み重ねとともに公共の建築物を手掛ける機会も増えた。今年春に山形市で竣工した「シェルターインクルーシブプレイス コパル」は障害の有無、国籍などに関係なく、あらゆる子供が利用可能な遊戯・運動施設だ。このプロジェクトでは、包摂的な施設を実現するために基本設計から施工までの全過程で運営者や利用者とのワークショップを重ね、その結果を建築に反映させていった。また2025年の大阪万博では休憩施設の設計を担当することが決まっていて、ここでも「生き物のような建築」を実現したいという。彼女が目指す「愛される建築」は建築と社会の関係をより柔軟で喜びに満ちたものに変えていくに違いない。

2025年大阪万博の休憩施設のイメージ・デッサン
COURTESY: O+H

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