February 24, 2023
日本が誇る科学技術の粋を集めた<SPring-8>へ。
放射光を使った実験の流れ。
1.併設されている線型加速器で電子を発生させる。
2.それを高周波電場で毎秒約30万㎞の速度まで加速させる。
3.その電子を蓄積リング内で回し続ける。
4.その電子を磁石により曲げ、放射光を取り出す。
5.その放射光からX線を取り出し実験試料に当て、データを解析する。
SPring-8
1997年から運用から始まった大型放射光施設。<理化学研究所>が運営を行う。総工費1,100億円。敷地面積は141ヘクタール(約43万坪:東京ドーム約30個分)。円形の蓄積リングは全周1,436m。加速器により電子を発生させ、そこから取り出した強力なX線を使い、原子レベルで物質を観察する。併設されている<SACLA>は、2012年より運用開始されたXFEL(X-ray Free Electron Laser / X線自由電子レーダー)施設で全長700mの直線型。<SPring-8>では捉えきれない、原子や分子の瞬間的な動きや変化を観察する。
●兵庫県佐用郡佐用町光都1‐1‐1 施設の見学も行っている(15名以上のグループのみ。無料。所要時間90分。要予約)
http://rsc.riken.jp/eng/site_tour/index.html
兵庫県の「播磨科学公園都市」にある大型放射光施設<SPring-8>は、科学技術立国・日本が世界に誇る研究施設である。“強力なX線を使って原子レベルで物質を観察する“ことを目的に、その研究範囲は医学・製品開発・考古学鑑定・環境調査・宇宙開発など幅広い分野に及んでいる。そして、その成果は私たちの生活に直接関係しているものも多い。
例えば、環境問題にも関わる低燃費タイヤ。タイヤの燃費向上には、転がり抵抗(摩擦力)を小さくしなければならないが、その反面スリップなどを防ぐグリップ性能も求められる。そこでこの2つの相反する性能を両立させるために用いられたのが<SPring-8>だった。これまで観察できなかったサブマイクロメートル(1万分の1㎜)単位で主原料のゴムをはじめとした材料を観察。どこにエネルギーロスが生じるかを突き止め、新素材を開発、性能の高い、新たな製品を生み出したのだ。
この他にも、歯の表層化のわずか100~200ミクロンで起こる変化を捉え、初期の虫歯を修復できるガムを開発したり、自動車に使われる電池のリチウムイオンを研究しその性能向上にも活かされている。ちょっと変わったところでは、7年に及ぶ60億キロの宇宙探査から戻った小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワから持ち帰った粒子の測定や、1998年に発生した和歌山県毒物カレー事件での毒物検出にも<SPring-8>の技術が用いられた。
そもそもこの実験施設建設の話が持ち上がったのが1980年代。欧米で大型放射光施設の建設の動きが起きるなか、関東に放射光装置が集中していることもあり、関西での建設が検討された。1998年に<理化学研究所>と<日本原子力研究開発機構>が共同チームを結成。ヨーロッパの計画が、電子の加速エネルギー6GeV(ギガ電子ボルト)、アメリカでの計画が7GeVで先行していたため、世界最高性能の計画にすべく、全元素の研究が可能な8GeVと決まった(SPring-8の「8」はこの8GeVに由来する)。
1989年に建設地が「播磨科学公園都市」に決定、1990年に政府予算が正式に認められ、1991年に建物が着工した。元々、この地に建設が決まった理由のひとつは、高度な安定性を要求される放射光施設に適した強固な岩盤にあった。しかしそれは同時に、造成工事の困難さを意味した。
また精密な加速器は、気温や湿度などによる建物のわずかな収縮すら影響してしまう。そこで、加速器と建物は物理的に切り離し設置された。円形の蓄積リング棟も、同心円状に配置されている実験ホールや保守道路などは、振動や変形がお互い影響しないようそれぞれの床を分離されるなど、細心の注意が払われ設計された。そもそも、加速器をはじめとした実験機器は、目に見えない物質を観測するためのもの。それは究極の安定性を確保すべく、建物も含め、完璧な施工技術でつくられているのである。
施設は一部、一般にも公開されている。日本が世界に誇るモノづくり、それを支える科学技術の現場を、その目で確かめてみることをお薦めしたい。