August 26, 2022

【坂 茂】日本人建築家が取り組む、ウクナイナでの戦争への取り組み。

By FUMIKO SUZUKI

世田谷の事務所で取材を受ける坂茂。椅子は彼がデザインした「カルタチェア」。座面と背に紙管を使っている。 | PHOTO:KOUTAROU WASHIZAKI

坂 茂

1957年東京生まれ。77〜80年、南カリフォルニア建築大学在学。84年クーパー‏‏・ユニオン建築学部を卒業。在学中、磯崎新アトリエに勤務。85年、坂茂建築設計を設立。95年から国連難民高等弁務官事務所コンサルタント、同年に災害支援活動団体ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)を設立。主な作品に<ハノーバー国際博覧会2000日本館>、<ポンピドー・センター・メス><大分県立美術館><オメガ・スウォッチ本社><ラ・セーヌ・ミュジカル>など。これまでにフランス建築アカデミー・ゴールドメダル(2004)、フランス国家功労勲章オフィシエ(2008)、オーギュスト・ペレ賞(2011)、フランス芸術文化勲章コマンドゥール(2014)、プリツカー建築賞(2014)、紫綬褒章(2017)、マザー・テレサ社会正義賞(2017)、アストゥリアス皇太子賞平和部門(2021)など数々の賞を受賞。2021年より新欧州バウハウス委員。現在、慶應義塾大学SFC環境情報学部教授を務める。
http://www.shigerubanarchitects.com/

私たちの世界は大規模な災害や戦争と決して無縁ではない。そしてそこには必ず、住む家を失い、過酷な環境で生きざるをえなくなった数多くの人々がいる。建築家の坂 茂はこの現実を直視することを長年にわたって活動のひとつに据えてきた。1995年には被災地支援のためのNPO法人<ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)>を設立。活動内容は避難民用のシェルターの提供や仮設住宅の建設が中心で、現在までに取り組んだプロジェクトは30を超える。活動地域は日本国内だけではなく、世界各国に及んでいる。

ウクライナ難民支援の「紙の間仕切りシステム」が設置された都市。5カ国、13都市に及んでいる。 | ⒸVOLUNTARY ARCHITECTS‘ NETWORK

もちろん坂は被災者支援を専門とする建築家ではない。1957年に東京で生まれた彼は、南カリフォルニア建築大学とニューヨークのクーパーユニオンで建築を学び、学生時代に磯崎新の事務所で勤務したこともある。1985年に独立してからは個人住宅から公共建築まで幅広いプロジェクトを手掛けてきた。若い頃から流行のスタイルを追うことには興味がなく、独自の構造や素材の開発に力を入れてきた。その姿勢は、紙管を構造材とした一連の「紙の建築」に端的に表れている。「紙の建築」は避難民用のシェルターから<ハノーヴァー万国博覧会日本館>(2000年)のような大規模なものまで多岐にわたる。

 「紙の建築」以外ではパリのポンピドゥー・センターの別館としてフランス北東部の都市に建設された<ポンピドゥー・センター・メス>(2010年)や、パリ・セーヌ川のセガン島にある複合音楽施設の<ラ・セーヌ・ミュジカル>(2017年)も代表作として広く知られている。2014年には建築界のノーベル賞とも呼ばれるプリツカー賞を受賞。東京、パリ、ニューヨークに事務所を構え、国際的に活躍する坂は、いわゆる「スター建築家」のひとりに数えられることもある。

今年2022年2月24日のロシア軍によるウクライナ侵攻開始直後から、近隣国に逃れる避難民は膨大な数にのぼった。特にウクライナとの国境に近いポーランドの町に設けられた避難所は、ヨーロッパ各地の目的地に向かう前に一時滞在する避難民たちで溢れかえっていた。3月のはじめ、坂はその様子をテレビニュースで知った。

「避難民たちが置かれている状況は自然災害の被災者と同じだと思いました。避難所での生活には、基本的な人権のひとつであるプライバシーがありません。この状況を改善する必要を感じました」と坂は語る。

彼はまずポーランド人建築家のウバート・トラマーにPPS(Paper Partition System)と呼ばれる独自の間仕切りシステムを提案した。PPSは太さの異なる2種類の紙管でグリット状のフレームを組み、そこにカーテン状の布を吊り下げるというもの。これによって避難生活を送る家族にとって必要最小限のプライバシーが確保される。トラマーを中心としたグループの協力を得て、PPSがウクライナの国境に近いポーランドの町へウムの避難所に設置することが決まった。

「トラマーにPPSの写真を送り、これが現地で必要かどうか尋ねたところ、ぜひやりたいとの返事を貰いました。彼はへウムの市長とコンタクトをとるいっぽうで、ポーランド国内で紙管を製造する工場を見つけ、必要な紙管を無償で提供してもらえることになった。さらに幸運なことに僕が以前に京都造形大学(現・京都芸術大学)で教えたポーランド人学生が大学の教員になっていて、彼がボランティアの学生を集めてくれた。PPSの設置が迅速に進んだ理由の一つは、こうした協力者たちのネットワークのおかげです」

実は坂とトラマーはともに2021年にスタートした「新欧州バウハウス」の委員を務めている。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長の主導で誕生した「新欧州バウハウス」は、持続可能性と優れたデザインを調和させることで社会全体の脱炭素化を進める学際的なプロジェクトだ。新型コロナ禍のため委員たちはオンラインによる協議を重ねてきた。坂は流行としての「持続可能性」には興味はないが、フォン・デア・ライエンが掲げる「新欧州バウハウス」の理念には共感を覚えたという。

ファイル化された資料を元に、これまでの支援プロジェクトについて説明をする坂茂。 | PHOTO:KOUTAROU WASHIZAKI

「フォン・デア・ライエンさんは、単に環境問題を改善するだけではなく、その解決方法が美しいことも重要だと考え、『バウハウス』という名前を使ったわけです。例えば日本では至る所に太陽光発電のパネルを目にします。それは炭素排出量を減らすうえでは役立っていますが、自然のなかの景観という環境を破壊しています。『新欧州バウハウス』はこうした問題の解決を目指しているわけです」

坂がヘウムに到着した3月11日には、以前はスーパーマーケットだった建物内に319ユニットのPPSの設置を完了。翌12日からは市内で3番目の避難所として運用が始まった。その後、PPSはポーランドの他の都市、スロバキアのブラチスラヴァ、ベルリン、パリにも設置された。さらにポーランドで組み立てた約900ユニットがウクライナ国内の避難所に送られた。

坂はこの9月に再びポーランドを訪れ、ウクライナへの入国も計画している。目的はウクライナでの復興住宅の建設の可能性を探ることにある。ポーランドでは、坂が日本のメーカーと共同で開発したSHS(Styrofoam Housing System)のプロトタイプを作る予定だ。SHSは主な部材として、あらかじめ規格に沿ってカットした発泡スチロールのパネルを用いる。発泡スチロールは安価で入手しやすいうえ、FRP(繊維強化樹脂)を塗ることで、建築部材として使える強度や耐久性を確保できる。またFRP塗装は手作業で行うため、大掛かりな工場設備も必要としない。

「水回りの工事を除けば、1日で住宅の躯体が建ちます。また部材が軽いので、建設機械もいりません。熟練した技術も必要ないので、この住宅の建設を復興時の新しい雇用の創出につなげることもできます」

坂にとって一般的な設計の仕事と被災者支援のボランティアの違いは、設計料を貰うか、貰わないかだけだ。素材のリサーチや最適な構造、美しいデザインを実現するための情熱において、「両者の違いはない」という。坂の建築では継続性が大きな特徴になっている。さまざまなプロジェクトが相互に繋がり、ひとつの成果が次のプロジェクトに反映される。例えばPPSは2004年の新潟中越地震の際に最初のシステム1が作られ、その後繰り返し改良された結果、現在はシステム4となっている。

「僕は建築家なので、建築を通じて生活環境を改善することが仕事です。それが時には避難所であったり、仮設住宅であったりするだけで、建築家としての仕事は同じだと考えています」と坂は語る。建築家は社会に対して何ができるか? 彼が建築家を志してから心の中で繰り返してきたこの問いに対する答えは、ひとつの成果となって私たちの前にあるのだ。

ポーランドの避難所を訪れた坂。 | PHOTO: JERZY LATKA

ウクライナの避難所。 | © VOLUNTARY ARCHITECTS‘ NETWORK

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