June 07, 2024

【三井住友トラスト・ホールディングス】方針を転換し新たな価値を創造する

Toru Takakura, president of Sumitomo Mitsui Trust Holdings Inc. | Hiromichi Matono

三井住友トラスト・ホールディングスはある方針転換を数年前に公表した。それは持ち合い株式などの政策保有株を原則ゼロにするという内容だった。2021年5月のことだった。

発表の中で三井住友トラストは、取引先企業との間で互いに保有する時価約1億4,000万円(2021年3月末時点)の株をすべて売却していく方針を示した。

「従来型の安定株主としての政策株式は保有しないという宣言をした」と高倉透社長は、経営共創基盤(IGPI)木村尚敬パートナーとのインタビューの中で述べた。「政策保有株は、お取引先と長期の信任関係を結ぶ一つの大きな絆として持ってきた歴史があったが、そのやり方は将来に持ち越さないと決めた」。売却は双方が合意をしつつ進めることから、時間をかけて行うという。高倉社長が4月に就任してまもなくの発表だった。

政策保有株を原則ゼロにするという決定は、絶え間なく変化するグローバルなビジネス環境において象徴的な戦略の一つだ。金融機関や事業会社は、サステナブルな経営のために環境・社会課題の解決により大きな役割を果たすことが求められている。信託銀行業務を担う三井住友トラストが一般の商業銀行と異なるのは、業務の幅がより広く、顧客とより長い時間軸でのコミットメントを持つ。かつての金利収入中心の業務から、金融のみならず資産運用・資産管理・アドバイザリー業務など高い専門性が求められる分野へビジネスモデルは変化を遂げつつある。

“It was our pledge not to hold shares for policy purposes as a stable shareholder like in the past,” said Takakura. | Hiromichi Matono

今年創業100周年を迎える三井住友トラストは、方針転換を通じて国内の資本市場の活性化の一助になることも目指している。「政策保有株式の削減は、当社財務面における資本効率性改善だけでなく、日本の資本市場の循環の向上にも寄与するものと考えております」と当時のプレスリリースで述べている。

歴史的に、日本の金融機関は顧客企業との間で株式の持ち合いを進めてきた。この慣例は取引企業との関係を強固なものにすると同時に、外部からの敵対的買収から自身を防衛することにもなった。しかし、金融専門家や海外投資家からは株主による企業ガバナンスを抑制することになるとの批判も受けた。過去数十年で日本の株式持ち合いは徐々に減少している。

また、資産運用・資産管理サービスを通じた資金・資産・資本の循環や取引先の企業価値向上に貢献することを通じて、好循環の構築を目指すとも述べている。政策保有株式削減による資本余力を活用し、社会課題解決を促進するインパクトエクイティ投資を 2030 年度までの累計で 5,000 億円実施するとしている。

その翌年の2022年には、プライベートアセット等の運用を行う米国Apollo グループと業務提携している。将来は個人や年金基金がプライベートアセットに投資できる仕組みをつくり貯蓄から投資への動きを加速させていく狙いだ。

三井住友トラストのこれらの決定は2020年に設定したパーパス「信託の力で、新たな価値を創造し、お客さまや社会の豊かな未来を花開かせる」に基づいている。日本の金融界において、企業の存在意義を経営に導入した先駆けとなった。

上記の方針転換に加え、三井住友トラストは昨年5月に公表した2025年度までの中期経営計画の中で、財務面で3つの数値目標についても公表した。2030 年度までに ROE 10%以上、親会社における株主純利益 3,000 億円以上、AUF 800 兆円である。これらを実現することでPBR1 倍以上の達成を目指している。「要はそれぐらいやらないとPBR1倍以上にいかないということだ」と高倉氏は話す。

Hiromichi Matono

過去のビジネスモデルから決別するため、三井住友トラストは従来の貸出業務とは異なる事業も始めている。

一例をあげると、「ポジティブ・インパクト・ファイナンス」である。三井住友トラストが環境・社会・経済における事業のインパクトを評価し、ポジティブなインパクトを最大化し、ネガティブなインパクトを抑制することを目的としたファイナンスだ。脱炭素社会実現に向けた革新技術をめざして2021年にテクノロジー・ベースド・ファイナンスチームを社内で立ち上げたが、水素・電池・化学など重要分野における専門知識をインパクト評価などに活用し、その後も開示情報をもとに事業活動をモニターする。三井住友トラストは貸出による金利収入に加えてエンゲージメントの手数料を得る。

また、昨年4月には他社と共にMFAを立ち上げた。MFA は、金融機関・機関投資家など株主からの委託に基づき、企業へのエンゲージメントを代理・助言するエージェント企業だ。傘下の三井住友信託銀行が36%、コンサルティング会社のコーポレイトディレクションが25%、IGPIが20%、みさきフェデレーションが15%を出資する。

三井住友トラストがこの事業を支援するのは、国内でパッシブ投資が増え、ステークホルダーのエンゲージメントが形式的なものになり、長期的な視点から企業価値の向上を支援することに至っていないとの危機意識が理由に挙げられる。

「もっと本気でエンゲージメント活動をする世の中になっていく必要があると思ったのが事業に参加した背景だ」と高倉氏。「まずは発行体に企業価値を上げていただく。発行体もそれを認識するようなエンゲージメント機関があると効果な対話が持てる可能性がある」

三井住友トラストが創業した100年前、日本では近代化のために必要な産業資金や第一次世界大戦による好景気を背景に何百もの信託が乱立したという。その混乱状況を規制する目的で、1922年に信託法・信託業法が制定された。その後、三井住友トラストの創業となる三井信託が1924年に、住友信託が1925年に設立された。以来、個人・法人の資産を信託し次世代に橋渡しをする機能を強化してきた。「お客様や受益者の方々の未来に対しての想いを一緒になって考え、託されたものを未来にしっかりと実現していくのが私達のミッションだと思う。それを社員とも共通認識をもち次の100年に向けてスタートを切りたいというのが今の気持ちだ」と高倉氏は語った。


Naonori Kimura
Industrial Growth Platform Inc. (IGPI) Partner

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長期的視座でのエンゲージメントと柔軟な組織能力を高次に両立するサステナブル経営

創業100年を迎えた当社は、“「信託の力」で、次の100年を切り開く”を新中期経営計画の骨子と定め、未来を見据えた活動を展開している。2030年のありたい姿からのバックキャスト、政策保有株をゼロにする方針、更にはROE10%といった定量目標まで含め、過去からの延長上にない新しい地平を切り開いている。とりわけ、経営会議の諮問機関としてサステナビリティ委員会を設置し、社会的価値創出と経済的価値創出の両立を強く推進、更にはWell-being向上へカーボンニュートラル実現や強靭なサプライチェーン構築へ向けた取り組みへの貢献を掲げており、Well-beingの観点では社内においても人的投資を積極的に行い、専門性高く多様な人材の獲得・育成へ注している。また、昨今のパッシブ投資が増加する環境下においては、長期エンゲージメントを請け負う専門会社MFAを設立するなど、他社を先駆けた先進的な取り組みにも前向きである。ひとえに、信託という生業に基づき、顧客への長期的な信用を築く上でのエンゲージメント力、しかしながらそれらが硬直的にならず、環境変化を先取り形で柔軟に事業モデルを進化・転換できる組織能力こそが、当社のサステナブル経営の源泉にほかならない。

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