June 07, 2024
【MFA】企業の長期的な成長と発展にむけて対話を通した支援事業を創設
企業価値の向上のために、投資家はどのように企業と対話を進めればよいのだろうか。
投資先企業との向き合い方は、投資家によって異なるだろう。例えば、「アクティビスト」と呼ばれる機関投資家は短期的な売却益を追求するため、株価上昇に繋がりやすい大胆な経営改革案や経営陣の交代などを企業に要求することがある。一方で、「パッシブ投資家」と呼ばれる機関投資家は、市場全体に投資をして長期間にわたり株式を保有する。近年発言力を強める投資家もいるものの、一般的に具体的な要求を突きつけることは少ない。
日本の資本市場では、このアクティビストとパッシブ投資家のスタンスに大きな差があるという。「どうにかしてこのギャップを埋めないといけないというのが、このビジネスを立ち上げた一番の動機です」MFA代表取締役の石井光太郎氏は、経営共創基盤(IGPI)の木村尚敬パートナーとのインタビューの中でこう述べた。
MFAは4月に設立された合弁会社で、機関投資家や株式を保有している金融機関の代理として企業へのエンゲージメント活動を行う。出資比率は、住友三井信託銀行が36%、コンサルティング会社のCDIグループが25%、IGPIが20%、みさきフェデレーションが15%。他に京都銀行ときらぼし銀行がそれぞれ2%を出資する。
MFAが「フィデューシャリー・エージェント事業」と呼ぶこのビジネスは、株主の代理で投資先企業と建設的な対話を行うことで企業経営を支援するというビジネスモデルの確立をめざしている。対象とするのは、エンゲージメント(企業との対話)の重要性を認識しているが、企業価値を向上させるための長期的コミットメントの経験が少ない機関投資家や金融機関である。そして、エンゲージメントの受託事業であるため、株主としての議決権は持たない。
MFAが将来的に目指すのは、事業プラットフォームを構築し、MFAのみにとどまらず新規参入する他社も巻き込んで、投資先企業の長期的な成長のためにハンズオン型の助言を行うことだ。
「本当の意味で企業を元気づけ、支援するような株主が今のところなかなか見当たらない」と石井氏は話す。「金融機関や機関投資家の代わりに、企業に対して方向づけ、勇気づけ、力づけをしていく役割を担うMFAのような存在が必要なのではないかと考えたのです」
日本企業が再び競争力を獲得するのに必要なのは、創造性を発揮し、新規事業を大胆に展開できるような事業環境であると石井氏は言う。「そのような環境づくりをしていかないと、次世代の日本を元気づけるような企業が今後なかなか出現しないのではないか」と石井氏は危機感を持つ。
こういった石井氏のコメントは、将来の日本経済の行方や資本市場において上場企業が投資家からの評価を充分に得ていない現状に対する懸念から来ている。日本は過去数十年にわたり長期的な景気低迷やデフレを経験した。専門家が「失われた30年」と呼ぶこの時期に、日本のかつての優良企業の多くは世界のトップリストから外れてしまった。一方で日本の株式市場では、低い収益力や資本効率、または企業努力に関する不十分な開示のため、多くの企業が低い市場評価を受けている。このような事態を受けて、東京証券取引所は3月31日にプライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の企業がPBR一倍割れを起こしているとの現状を指摘した。PBR一倍割れは、企業の帳簿上の解散価値を株価が下回っていることを指す。
MFAが目指しているのは、日本企業の成長性を高めることによって投資資金を引き寄せ、資本市場のさらなる活性化をはかることである。投資先企業へのエンゲージメント活動は、経営陣の目指す方向を理解しつつ客観的な視点に立つことで、特定の株主利益に偏らずに複数の株主の立場に立つことを目指している。さらにMFAは、投資先企業の経済的・社会的価値に繋がるような戦略の開示を支援し、株主の理解を得ることを目指している。
持続的な成長を達成するための経営や企業価値の向上のために、機関投資家が投資先企業と対話を持つエンゲージメント活動の重要性は、日本では近年注目を集めている。それは一連の資本市場改革の結果でもある。
2014年に金融庁は、上場株式を保有する機関投資家に対してスチュワードシップ責任を求めた「スチュワードシップ・コード」を導入した。これは2010年に制定された「英国版スチュワードシップ・コード」に基づいて策定された。2015年には、コーポレートガバナンス(企業統治)に関して参照すべき原則「コーポレートガバナンス・コード」が、東証に上場するすべての企業に適用された。
これらの改革により、企業経営者と機関投資家の対話の重要性がより認識されるようになった。特に機関投資家については、企業の中長期的な成長や企業価値の向上を促進するような意味のある対話に従事すべきであるという「責任ある投資家」としての役割に注目が集まった。
2010年代のこれらの改革は、日本が戦後の高度成長とその後のバブル崩壊を経験したことにより、企業のガバナンスを見直すことで日本の企業経営を立て直すためだったと石井氏は指摘する。「戦後の復興から始まって高度成長期の時代は、何をすべきかあまり考えなくても良かった時代でした。ようするにやらなければならないことが比較的明確だった時代だったのだと思います」と石井氏は話す。この時代、国民の多くは製造業や重工業などに従事して勤勉に働き、日本の産業は高度成長期を迎えた。その後日本はバブル経済を謳歌するが、1990年代後半になりバブル経済の崩壊を経験する。
「何をしなければいけないかということが不明確な時代に、やるべき事を想像して何かを見出して行くという力が今の日本にはないということが明らかになっているのだと思います」と石井は言う。
その事こそが、日本がバブル崩壊後の失われた30年を迎えた時に企業経営者が直面している課題だと石井氏は指摘する。また、このような不確実な時代だからこそ、企業価値の拡大を目指すために企業を支援することが、金融機関や機関投資家などの投資家の責任であると石井氏は話す。