November 11, 2022
【NEC】企業危機により技術の社会的価値を再考
NECが社会における存在意義を改めて問い直したのは、日本の総合電機産業が苦境に陥った2010年代初めのことだった。
それまでトップの地位を占めていたコンピューターや半導体の分野で、NECは次第に韓国や台湾の競合企業に市場シェアを奪われ、業績悪化のために人員削減、パソコンやスマホ事業からの撤退、半導体事業の非連結化などのリストラ策を実施せざるを得なくなっていた。
「自分たちの存在意義は何かと考えた時に、やはり技術の進化を追うだけではなく、技術を社会的な価値に変えていくことが必要だという思いに至った。そうすることでしか自分達の価値は発揮できないし、我々が今までやってきたことを振り返るとそれができると思った」とNEC社長兼最高経営責任者(CEO)の森田隆之は当時を振り返る。
1899年に創業したNECは、戦後日本の電機産業の成長と衰退を見てきた。高度成長期の1960年代やバブル景気に沸いた1980年代後半を経て、家電を発明して事業を興した企業の数々は総合電機メーカーとして成功を収めた。1977年には、NEC「中興の祖」と呼ばれた当時の小林宏治会長が「C&C (computers and communications)」の概念を初めて提唱し、「コンピューター技術と通信技術の融合」という構想を示した。この「C&C」とその後のNECの躍進は、後に競争戦略論という経営学の学問に「コア・コンピタンス経営」(自社の強みを戦略に活かす経営)の良い例として取り上げられた。1990年には、成長を遂げた日本の総合電機メーカーの中で通信、半導体、コンピューターすべての分野で売上高が世界5位以内に入っていたのはNECだけだった。
しかし、2000年度過去最高となる5.4兆円の売り上げを計上して以降、2001年のITバブルの崩壊や半導体分野での熾烈な市場争いを経て、NECの業績は悪化することになる。コンピューター、半導体の分野ではアメリカ、台湾、韓国の競合他社に市場シェアを奪われ、2012度にはNECの売り上げは約3兆円にまで落ち込んだ。
NECに転機が訪れたのは2013年だった。「社会価値創造型企業」に変革することを宣言したのだ。NECでは森田を含むマネジメントチームが企業の存在意義を次のように定義した。それは「安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を目指す」というものだった。これをNECのパーパスと定めた。
2021年4月にCEOに就任した森田は、この一年で予期せぬ社会の変動を経験した。新型コロナ感染症の拡大、地球温暖化による異常気象、ロシアのウクライナ侵攻による地政学リスクなどだ。世界がこのようにますます不透明感を強める中で、NECのパーパスは正しい方向性を示したと確信したという。
近年、日常生活において技術の役割が大きくなるにつれ、NECのような技術分野の専門性が高い企業は、技術の使い方や個人情報の保護についての国際標準ルールの設定に寄与しなければならないと感じている。森田がこのような役割に言及するのは、NECが現在強みを持つ生体認証システム(顔、虹彩、指紋、掌紋、声、耳音響などの認証)を通じて多くの個人情報を扱う理由からだ。
「もともと技術には色がない」と森田は言う。「色がないので、技術をどう使うかというのは我々人間に委ねられている。ルール作りから使い方に至るまで、正しい方向に持っていく必要があると思いますし、技術について非常に深く知っている我々のような企業が技術の可能性、利用の仕方、そして様々な人権の守り方や悪意のない使い方についてのルールの提言をすることが必要になってくると思います」
そしてルール作りをする上で欠かせないのが、「オプトイン」と「オプトアウト」の考え方である。つまり、個人情報はそれを保有するユーザーのものであり、プラットフォームを提供する企業のものではないということだ。例えば、プラットフォーマー企業は個人情報を使用する際は事前に人に承認を得る必要があるし、企業は使用した情報を個人に返還するべきだ。「こうしたプロセスは、技術の進化によって可能になるだろう」と森田は話す。
個人情報の利用や利用者保護の立場から、技術の分野では長期的な視点を持った「ソートリーダーシップ」が必要だと森田は言う。ある技術革新が起こり、教育や社会インフラを変化させながら効果を発揮するまでに、50年の年月がかかるとも言われている。「そういうものを我々としては支援し、そして加速していくことをお手伝いする必要がある」と森田は言う。
社会における技術の役割は凄まじい勢いで拡大をしてきた。インターネットが出現し、通信の速度と容量が向上して、今や第五世代(5G)にまで至っている。近い将来には第六世代(6G)も実現するであろう。家電はインターネットと繋がることでIoT (Internet of Things)を実現し、仮想現実の世界ではデジタル・ツインの存在も生まれている。
このように社会が変革していく中で、NECが描く未来をいかに周囲に理解してもらえるかは今後ますます重要になると森田は話し、これを「未来の共感」と呼んでいる。
不確実性が増す世界において、人々がNECをどのような企業だと見ているかが会社の未来を左右すると森田は考えている。善意に基づき、より良い未来のために活動する企業なのか、それとも利益を追求するためには人権や個人情報の保護を顧みない企業なのか―。それによって「我々に対するサポートも違ってくるし、ビジネスに対しても必ず違いが出てくると思う」と森田は言う。
航空連合スターアライアンスとNECの提携は良い一例だ。2020年11月、NECの生体認証を活用した本人確認をフランクフルト空港とミュンヘン空港で開始した。これにより、搭乗客は非接触での搭乗手続きが可能になる。この技術領域でのNECの継続的な投資や研究開発のみならず、社会に害を与える形で技術を使わない企業であるという理解が、このような長期的なバートナーシップの決め手の一つになったと森田は話す。
NECはビジネスや従業員のダイバーシティも進めている。
2018年以降、NECは3つの企業を買収している。英国のNorthgate Public Services社、デンマークのKMD社、スイスの大手金融ソフトウェア企業Avaloq Group AGである。これにより行政や金融の分野でのデジタル・トランスフォーメーション事業を進める。
「日本企業はM&Aを特殊なものだと考えがちだが、グローバルに見ると様々な選択肢の一つとして必ず検討をしなければいけないと思う」と森田は言う。実際、去年の12月には報道各社とのインタビューで、2025年度までの中期経営計画の期間中に、5000億円規模の投資を実行する用意があると述べ、その投資にはM&Aも含まれることを示唆した。
「我々が大事にしている価値観やコードオブバリューについては連携していく必要があると思う。一方で、会社を買収することに至った理由というのは、単にリソースを増やしたい、あるいは技術を獲得したいというだけではなく、多様性の視点で新しい着想、切り口、価値観をうまく活かしていくということに繋がらないともったいない」と森田は話す。
その姿勢は幹部人事や新入社員採用方針にも表れている。NECは前任の新野隆社長の時代から、幹部クラスに元外資系企業のトップを採用するなど外部からの採用を始めた。さらに2025年までに、女性の管理職比率20%、女性と外国人の役員比率20%の実現を目指している。通常、新卒採用がほとんどを占める多くの日本企業と異なり中途採用を増やし、新卒採用については2024年度からは男女比を同じにすると話す。