May 31, 2021
【竹内 純子】気候変動問題は、SDGsの課題の中でバランスをとった議論を
日本は2050年に温室効果ガス排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を宣言した。エネルギーと環境問題専門家の竹内純子氏は、その意義は高く評価しつつ、エネルギー変革は社会の大変革であり痛みや負担もあるため、政府はそのビジョンの意味を国民と共有し、脱炭素社会に向けた長い道のりの具体化に腰を据えて取り組む必要があると訴える。
脱炭素社会の実現には何が必要なのか?実は、温室効果ガスと呼ばれるもののほとんどはエネルギーの利用に伴って排出される二酸化炭素(CO2)であり、「地球温暖化の問題は環境問題ではなく、エネルギー問題であり経済問題」(竹内氏)。日本が使っているエネルギーの1/4は電気だが、3/4はガソリンや重油など化石燃料の直接燃焼だ。電気は太陽光や風力などの再生可能エネルギーや原子力で作れば、CO2を出さずにエネルギーを得られるので、脱炭素化のセオリーは電化だ。そのため、再生可能エネルギーの普及拡大が肝だとされている。
日本は「再生エネ後進国」と評されることもあるが、その評価には疑問があるという。国土面積あたりの太陽光発電の導入では世界1位、導入量の絶対値でも土地が広い中国と米国に次いで第3位である。しかし、再エネ導入を最優先した「雑な補助政策」により、国民が負担する再エネに対する補助は年間2.7兆円にも膨らみ、自然環境保護や景観という観点で、地域社会で多くの軋轢が生じているという。今後再エネを拡大するのであれば、「コスト低減を徹底的に進めながら、建物の屋上への太陽光パネルの設置などを丁寧に進める必要がある」という。欧州等で急速に普及する洋上風力も、風況や海底の地形の違いから、浮体式洋上風力発電の技術開発と普及に取り組まねばならない。「再生可能エネルギーは自然条件の制約を受けるため、海外の事例をそのまま適用できるわけではない。しかし技術開発や産業化を進め、アジアをはじめとする世界の低炭素化に貢献することを、日本は目指している。」と説明する。
また、電気はエネルギーの中でも特殊性が強い。「エネルギーインフラはライフライン(生命線)だが、中でも電気は交通、通信など他のインフラを支える、インフラ中のインフラ」(竹内氏)。
電気は大量に溜めることができないので、「同時同量」といって、必要とされる電力を、必要とされる瞬間に過不足なく作る能力を確保せねばならない。調整力となる火力発電や蓄電池も必要で、竹内氏は「日本は国全体の規模でいえば決して小さくは無いが、北海道と本州、九州など複数のボトルネックがある。安定供給を維持しながら再エネを増やすハードルは高い」と話す。エネルギーのやり取りの点で、隣国と陸路でつながった欧州連合(EU)諸国には圧倒的な強みがある。
エネルギー政策が地域性を反映すべきであるのは当然で、SDGsそのものが地域によって課題の優先順位が異なる、と竹内さんは言う。日本のエネルギー産業が抱える課題は気候変動だけではない。急速に進む人口減少・過疎化への対応や、デジタル化を加速させながら、エネルギー転換を進めていかねばならない。いずれにしても大きなイノベーションが必要だ。政府も2兆円の基金を創設して、民間企業の技術開発投資の呼び水にするなど、イノベーションに力を入れる。
1970年代のオイルショック以降日本は、再生エネの研究開発に国費を投じてきた。その結果、2000年代初頭には日本メーカーが太陽光発電で世界のトップシェアを独占した。しかし、あっという間に汎用化し、安く大量生産する中国・台湾企業の台頭で一気に競争力を失った。同じ轍を踏まないためには「技術開発ではなく技術普及の段階でも競争優位を保てるよう、コスト低減を徹底する必要がある。社会実装の担い手とならなければならない。」という。
「日本の雇用を守る意味でも、戦略的な技術開発を期待している」(竹内氏)
日本政府は4月に開催された気候変動サミットで、30年までの温暖化ガス削減目標を13年度比で46%減に引き上げると表明した。竹内氏は9年間で約半減という目標の達成は相当難しいと指摘した上で、原子力発電の活用の議論も避けられないとみる。地球温暖化と原子力のリスクを比較し、その上で原子力を使う政治的判断をするのであれば、政府にはそれを国民に説明する責任がある。
また、再生エネへの移行期には、自動車産業や化石燃料関連分野の雇用維持の問題、エネルギーコスト、そして特に低所得世帯への影響に目配りする必要があるとも指摘する。「痛みや嫌な部分も隠さず議論しなければ、フェアではなく政策が長続きしない」と考える。
世界が直面する課題は多様だ。欧米の主導のもと気候変動対策を最優先にすべきだという議論も聞かれるが、国や地域の特殊性を考慮せず現実と乖離した議論が進むことにも違和感を覚えるという。後進国の逼迫したエネルギー事情など、前提条件が違う国に対し寛容さが足りない面は否めない。「持続可能な開発目標(SDGs)の1つとして気候変動問題も議論し、(17の目標)全体のバランスをとりながら解決策を模索していくことが大事ではないか。現実と乖離した政策や取り組みは持続可能とはいえない」と警鐘を鳴らす。