June 07, 2024
【日本IBM】ITイノベーションの創出で世紀を超える持続企業
企業を何十年も持続させる要因は何だろう。ビジネスが激しく変化する世界で、IBMは一世紀を超えて存続するだけでなく、IT、金融、宇宙事業など様々な分野でイノベーションを開拓する稀有な存在だ。
IBMが重視するのはイノベーションを創出するためのテクノロジーだと日本IBMの山口明夫社長は話す。「私達はテクノロジー企業なので、全員テクノロジーのことはベースとして理解していなければならない。」山口氏は、経営共創基盤(IGPI)木村尚敬パートナーとのインタビューの中でこう述べた。テクノロジーを創出することは競争力を維持するために欠かせない。しかし、テクノロジーを売ること自体が本来の目的なのではなく、あくまでも顧客の個々の経営課題を解決するための手段としてテクノロジーを活用しなければならないのだと山口氏は言う。
IBMは明確なパーパスを持つことで知られる。初代トーマス・ワトソンが1911年にIBMを創業し、「良き企業市民たれ」と説いて以来、その理念は100年以上変わらない。それ故IBMは倫理とコンプライアンスを重視している。1965年に当時CEOだったトーマス・ワトソンJr.は、「地域社会における企業市民としての責任を、きちんと果たしていきたい。国内の問題、そして世界の問題に、私たちの利害に見合う形を見つけ応えていきたい」という言葉を残している。
また、IBMの理念のもう一つの柱となっているのが教育の重視である。「『教育に飽和点はない』という考え方が今も社内に浸透している。社員は多くの教育を受ける機会があり、自ら自分のスキルを伸ばすことができる」と山口氏。それが最終的には顧客の利益になるとの考え方なのだという。
「Think」という言葉もIBMでは重要だ。例えば、顧客を訪問する際、何が顧客にとって最良の選択肢なのかを予めしっかり考えなければならないということだ。
さらに、ダイバーシティ・アンド・インクルージョン(D&I)もIBMの理念の大切な一部だ。「どんなに経営が厳しかったとしても、D&Iは企業のイノベーションを起こす上で極めて重要な要素だ。それは企業としての社会的責任でもある。この観点からD&Iを決してないがしろにはしない」と山口氏は話す。
最後に、テクノロジーは人類にとって正しい目的のために使われるべきであり、倫理に反してはいけないという理念があるという。2022年にOpenAIが生成AIのChatGPTを発表して以来、人々のAIへの興味はかつてないほどに高まり、大企業はAI関連サービスへの投資を進めた。IBMはWatsonx生成AIで集積したデータを可視化することで、データが倫理に反していないか、社会のアンコンシャス・バイアスを助長するものではないかをユーザーが確認できるようにしている。
IBMがテクノロジーを重視する理由は、テクノロジーはイノベーションの核であり、真の価値で事業成長を支える重要な要因となるからだと山口氏は話す。ここから日本は経済成長を遂げるのか、あるいはかつての失われた30年のように停滞するのかという分岐点に立たされている。「短期的にはデフレは克服され、企業は再び価格決定の舵を握り、主に大企業で賃上げが始まっている。株価もバブル期のレベルを超えてきており、デフレの悪循環はようやく終わりを迎えている。日本市場には極めて高い成長の可能性があると見ている」と山口氏は述べる。「本当に価値あるものを世の中に出さなければいけないと皆が真剣に取り組むタイミングに来ている」
国内での人口減少、労働力不足、そして海外における戦争の勃発といった外部要因が、エネルギー価格、原材料価格、労働賃金を押し上げ、日本企業は従来の姿を変革するべき時期を迎えていると山口氏は指摘する。
「では、市場で価値があり利益が出るものを作り上げるためにはどうすればいいのか。その答えはやはりイノベーションではないだろうか」
山口氏は続ける。「イノベーションを推進させるために必要なテクノロジーにどれだけシフトできるかが重要だ。」デジタル・イノベーションやグリーン・トランスフォーメーションに投資をし、事業ポートフォリオの差別化を目指し、従業員のリスキリングの後押しをすることは、すべて企業変革のために必要なことだと山口氏は話す。
企業を変革するという課題を解決するために必要なのは、国内労働市場の流動化だと山口氏は言う。なぜなら、企業が事業ポートフォリオや競争戦略を変更する際に障害となっているからだ。「社会のセイフティネットが十分ではなく人員解雇の文化がない状態で、経営陣は事業戦略と既存組織の狭間でジレンマを感じている。経営陣がリスキリングを推し進める一方で、日本企業が自己変革を遂げるためには労働市場の流動化と社会全体のためのセイフティネットが不可欠だ」
IBMにとってサステナビリティを実現するために重要な点について問いかけると、山口氏は3つのポイントを挙げた。リーダーシップの重要性・エコシステムの形成・テクノロジーの活用だ。
日本IBMは多くの時間をかけて職場内訓練(OJT)を通じたリーダーシップの育成に取り組んでいる。毎週開かれる会議では各部署のリーダーが集まり悪い情報を共有することから現状報告を始める。このようにすることが、リーダーにとってイニシアチブを発揮し政策決定の過程を経験する機会になっていると山口氏は述べる。
エコシステムの形成については、日本IBMは産官学での連携やIT業界・他業界との連携を積極的に行っている。その一つの例として、ヘルスケア事業の分野で病院とロボット開発企業との協業を進めている。
「企業の枠を超え、業界の枠を超え、地域の枠を超えてエコシステムを形成している」
インタビューの最後に、日本IBMの2030年の未来像について質問されると、量子コンピューター技術への需要の高まりの中で量子コンピューターを中心としたサービスにますます力を入れていくだろうと山口氏は語った。昨年5月、IBMはシカゴ大学と東京大学の量子コンピューティング研究に、今後10年間で1億ドルを投資すると発表した。一方で同日グーグルは、同時期にこれらの大学に5000万ドルを提供する合意に調印をしたと発表した。量子コンピューターは近年、研究者の注目を集めている分野で、従来のコンピューターにはなかった情報処理能力を持ち、自動運転、金融、医薬品などの分野で活用されることが期待されている。
「おそらく量子コンピューターを中心とした新しいデータを利用し、本当にデータ・オリエンティッドなソリューションを提供する会社になっているだろう」と山口氏は述べ、量子コンピューターへの強い需要を反映した高度技術機器の例として自動運転による空飛ぶ車を挙げた。
従来のコンピューターよりはるかに高度な計算能力により、未来の運航システムにおける何十万もの空飛ぶ車の安全な飛行が可能になる。現在のコンピューターの処理能力では不可能なサービスを提供させていただく」と山口氏は述べた。
Naonori Kimura
Industrial Growth Platform Inc. (IGPI) Partner
テクノロジーでサステナブルな世界をつくる
IBMは、「良き企業市民たれ」という創業者精神に基づいた価値観と、企業として業績達成へ向けたコミットメントとのトレードオンを、高いレベルで実現し続けている。
今日に於けるIBMのプレゼンスは、高度なテクノロジーなしに語ることは出来ないが、基礎研究からソリューションビジネスに至る全ての活動領域において、「(テクノロジーとは)人類の為に使われるべき」という高い倫理観を持ったポリシーが浸透している。イノベーション創出へ向け、「教育に飽和点はない」という理念のもと企業が全面的にサポートする形で社員一人一人が能力獲得・更新を自発的に継続し続けているところにIBMの強さの源泉が伺える。
資本市場や国際社会からの改革圧力に加え、今後本格的な労働力不足に直面する日本企業が継続的に成長していくには、社会的価値と経済的価値の分断を克服し、付加価値のある製品・サービスを生み出す、真の意味でサステナブルな企業へと変革する他なく、その実現にテクノロジーの力は不可欠だ、と山口社長は力強く語る
複雑化する経営課題に対し、高度なテクノロジーを通じた経営レイヤーから実務レイヤーまで統合したソリューション提供を行い、サステナブルな経営を自ら体現するIBMの存在は、企業にとって欠かすことの出来ない変革のカタリストとして、グローバルでは勿論、日本においてもその存在力が更に高まっていくことは間違いない。