April 03, 2019
長く健康でいるために従業員向けプログラムを提供
健康経営というコンセプトは、日本のすでに成熟した経済界において、企業が成長を続けるために重要な経営手法だといわれるようになってきた。
健康経営を実施する動機は、従業員の士気を高めることや企業のイメージアップなど、会社によってさまざまだ。
ロート製薬の場合、「明日の世界を作る」ことだと、同社の広報・CSV 推進部副部長の矢倉芳夫氏は言う。
ロート製薬の全従業員が共有するのは、自分を大事にすることは将来への投資だという考え方だ。「会社をあげて従業員の健康維持の手助けをするのは、次世代の子供たちのために、何ができるかを考えているからです」と矢倉氏は語った。
同社の20~30代の女性社員向けには、2016年から不定期で「朝活」というイベントが開催されている。栄養価の高い朝食を職場で提供し、ピラティスなどのエクササイズのプログラムを提供するというものだ。参加者は朝早く出勤し、夕方早く退社できるという利点もある。
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」(2015年版)によると、18~29歳の女性の推定エネルギー必要量は1,950キロカロリーで、同30~49歳は2,000キロカロリーとなっている。
しかし、2017年に実施された同省の調査結果では、20代女性の一日の平均エネルギー摂取量は1,694キロカロリーで、30代では1,685キロカロリーだった。
エネルギー摂取量が低いと BMI(ボディマス指数、肥満度の目安)も低くなりがちで、厚労省の2016年のレポートによると、BMI が18.5以下のやせ過ぎとされる女性の割合は、20代では21.7パーセント、30代では13.4パーセントになるという。
低 BMI は栄養の不足や不均衡にも関連している。また、同レポートによれば、20代女性の23.6パーセントは朝食を全く食べないか、サプリメントや菓子類、飲み物だけで済ませているという。「ロートでも、女性社員の23.3パーセントが朝食を取っていないということが分かり、それが朝活の実施につながりました」と矢倉氏は述べた。
貧血も女性の間で深刻な問題となっている。「日本の妊婦の30~40パーセントが貧血といわれています。他の先進国における平均が18パーセントですので、非常に高い割合です」と、矢倉氏は話した。
成人女性は一日に10.5ミリグラムの鉄分を摂取することが望ましいとされている。しかし実際のところ、厚労省の2017年の統計によると、20~30代の女性は一日あたり6.4 ミリグラムしか鉄分を取っていない。
鉄分不足は、疲労や目まい、不眠などの体調不良を引き起こすだけでなく、低体重児の出産リスクも増大させるため、妊娠する前に貧血を防ぐことが重要となる。
ロートでは、この問題にも取り組んでいる。「昨年、鉄分配合のゼリーの摂取と習慣記録手帳の記入、そして起床後4時間以内に日光を浴びるなどの、健康に役立つ基本的なアドバイスの実行などが組み込まれた28日間のプログラムを、一部社員を対象に実施しました」と矢倉氏は述べた。
このうち、50パーセント以上の参加者は健康状態が良くなったことを実感しており、97パーセントがこのプログラムへの参加が意識向上に役立ったと回答した。また昨年から全従業員に対して、鉄不足の指標となるフェリチン値の測定を無償化した。
従業員が健康であれば、仕事の効率性も上がるであろうことは言うまでもないが、生産性や収益性のためだけにやっているわけではないと、矢倉氏は語る。
「DOHaD 理論によると、低出生体重児は将来生活習慣病を罹患(りかん)するリスクが高いそうです。全ての従業員、特に出産を希望している人にとって良い環境を作ることは、われわれの義務だと思うのです」と、矢倉氏は話した。
DOHaD は “Developmental Origins of Health and Disease” の略で、妊娠中の栄養不足や不均衡が胎児の体の構造や能力、代謝などに影響し、成人になってからの心臓疾患や代謝異常につながり得るという理論である。
社外での女性支援の取り組みとして、ロートは ABC Cooking Studio と協力し、妊娠前の健康的な生活習慣を推進するためのイベントを実施している。内容は、ABC Cooking Studio による栄養についての説明をしながらの料理デモンストレーションと、ロートによる妊娠前健康管理についてのレクチャーなどだ。
矢倉氏は、男性の同僚の理解と行動も重要だと語る。ロートは、従業員全員にフレキシブルな働き方や健康プログラムを提供することで、自分自身や同僚の健康への意識を高められるようサポートしている。在宅勤務もこういった取り組みの一環だが、ロートでは在宅勤務を意図的に制度化しないようにしている。
「在宅勤務のルール作りに関しては、それぞれの職場に任せています。部署や役職ごとに状況が異なるからです」と矢倉氏は話した。
同社の東京支店では、オフィスフロア全体が壁も仕切りもなくオープンになっている。これは職場における多様性をより強く実感してもらうためだと、矢倉氏は説明する。
いくつかの事業所では昨年10月から、風疹ワクチンの集団接種も行っており、医療機関で接種を受ける場合は、会社が費用を全額負担する。妊娠20週までの妊婦がはしかに感染した場合、胎児も感染し、身体的・精神的機能に深刻な障害を引き起こす可能性もある。
国立感染症研究所による2017年の感染症流行予測調査によれば、30代後半から50代前半男性に、特に風疹の抗体を持っている者が少ない。
抗体検査や予防接種に補助金を出す自治体は多いが、問題は社会人の多くが予防接種を受けるための時間がないこと、また平日の勤務時間内に職場を空けることに罪悪感を感じているということだ。そのため、ロートは行動を起こしたのだ。
同社の健康への取り組みで最新の事例は、今年1月にスタートした社内通貨制度の「Aruco(アルコ)」だ。従業員一人一人の健康改善のための日々の努力と成果の度合いに応じて、Aruco コインが配布されるという仕組みだ。
例えば、一日8,000歩、早歩き20分間を達成すると10コインがもらえる。週2回、30分間のエクササイズは、一週間あたり50コインとなる。非喫煙者は継続して毎月500コインがもらえ、禁煙に成功した人には1万コインが一時支給される。
従業員は皆、毎日歩数計をポケットに持ち歩いており、歩数などのデータは社内システムに送られ、全員の達成度が閲覧できる。体力測定の結果もコインに換算される。
集めたコインは、特別休暇やロートが経営するレストランでのヘルシーなランチに交換できたり、コインを使って同社が開催する健康関連のセミナーに出席できたりする。
「従業員全員がランキングに参加していて、他の人がどのくらい頑張っているかが分かるようになっています。また、全国の事業所の全ての部署が、部署単位でチームとなり、チーム対抗戦も行われています」と、矢倉氏は述べた。
Aruco の導入で、健康や成果についての社員同士の会話が多くなり、意識することから行動することにつなげることのできる、一歩進んだイニシアチブが実現していると、矢倉氏は言う。
“Never Say Never” はロートのスローガンだ。「これは、困難に打ち勝つために、決して諦めないという精神なんです」と矢倉氏は話した。
ロートは120年という会社の歴史の中で、前例に頼らず、法律の制定を待たず、物事の本質を見極め、真っ先に行動することを心がけてきた。この強い信念のもと、「われわれは次の50年のために何ができるのかを、これからも考え続けます」と、矢倉氏は希望を込めて語った。