October 28, 2022
【里山十帖】南魚沼の山と歴史に育まれた料理。
新潟県南魚沼の大沢地区は昔から最も良い米が穫れる地区とされている。ワインでいえば、ロマネ・コンティの区画のようなエリアである。そんな水田を見下ろすように温泉旅館〈里山十帖〉は建つ。築150年、総欅、総漆の古民家を利用したは館のそばには自前の田んぼもあり、10月以降はスタッフ自ら育て、収穫したものを含め、地元の新米がゲストに供される。
「うちのメインディッシュは土鍋で炊いた白飯です」とシェフ、桑木野恵子は胸を張る。米を研ぎ、炊くすべての水は大沢の湧水。山々に囲まれ、人と山とが共生する里山の恵みが濃縮された一品だ。ディナーでは火を止めてすぐ、米という素材が、ごはんになった瞬間をほんのひと口、出す。このときはアルデンテ。そこから蒸らすことで、やわらかく甘味が引き出され、底には香ばしいおこげができていく。時間の経過で味も食感も変わる、ごはんのフルコースだ。
その前後を伝統野菜を中心に、地元で穫れる食材が彩る。前菜には川で獲れたカジカのフライ。刺してある清涼感のある香りの黒文字の小枝は、桑木野が森で手折ってきたものだ。こんな風に、シェフ自ら山や畑で採る木の実や花、ハーブなどが料理に風味を添える。炭火で焼いた鮎、その骨と肝でつくったペーストを絡めた手打ちそばを合わせたひと皿は、まるでイタリアンのパスタのような趣だ。続く、「『中島巾着茄子』」パプリカ 韮花」は、火を入れても崩れない密度の高い中島巾着茄子を主役に、白胡麻と野菜の出汁を合わせた植物性の旨味だけで表現したスープ、刻んだパプリカと韮花を添えた椀物。この後、佐渡産ノドグロの炭火焼き、キラムギトンという豚のステーキが出て、土鍋ごはん、デザートとなる。ここまで、現代の日本料理で主流をなす鰹と昆布の出汁は一切、使われていない。地元でとれる野菜や魚からバラエティ豊かな旨味を抽出できるからだ。それは豊かな南魚沼の風土あってこそだ。
桑木野は8年前にここで働くようになってから、普段はタクシー運転手である“師匠”にさまざまなことを教わった。山菜なら収穫の時期や場所、調理法はもちろん、春の芽吹きから枯れて土に還るところまで見届けること。オスとメスを見分けて、オスは未来のために残すことなど。ヤマブドウや栗など木の実についても同様だ。それら収穫物を乾物、塩漬け、アルコール漬け、燻製にして貯蔵し、料理に生かす。それは冬、深い雪で閉ざされてきたこの土地に受け継がれてきた知恵でもある。目と鼻の先には、江戸時代の冬に全村餓死したところもある。おいしさとは、食べるとは。改めて考えさせられる一軒である。
桑木野恵子
1980年埼玉県生まれ。エステティシャンだったことからアーユルヴェーダに興味をもち、オーストラリアへ。その後、インドやスリランカ、ネパール、ヨーロッパなどに計7年ほど滞在。ヨガやヴィーガンを深く学び帰国。東京のヴィーガン料理店を経て、2014年〈里山十帖〉に入社。2018年より同店シェフに就任。
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DESTINATION
Echigo-Tsumari Art Field 「大地の芸術祭」
新潟県まで出かけたら、ぜひ脚を運んでもらいたい場所がある。それが十日町にある美術館<越後妻有里山現代美術館MonET>(左)や
茅葺き民家を「やきもの」で再生した泊まれるアートアート作品<うぶすなの家>(右)などのアートスポットだ。
現在、3年に一度行われるアートイベント「大地の芸術祭」(~2022年11月13日まで開催)も、十日町エリアを中心に新潟県で開催中。
このエリアは山に囲まれ自然豊かな地域でもある。公共交通機関はあまりないので、車などで巡ってみるのが良いだろう。