April 21, 2023
日本発技術で安全で自由なデータ流通を
データとその流れの重要性が増すにつれ、信頼の問題も大きくなっている。しかし、インターネット上で無限に広がるデータや情報の空間の中で、何が信頼でき、何が信頼できないかを決めるのは、誰でもない。一人ひとりの情報リテラシーの向上が、これまで以上に求められている。
このようなリスクとチャンスに対して、テクノロジーをどのように活用できるかを議論するシンポジウムが4月10日、東京都港区の慶應義塾大学にて、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート内に設置されたサイバー文明研究センターの主催により開催され、大学、政府、メディアから講演者が集まった。
基調講演では、経済産業省商務情報政策局長の野原諭氏が「DFFT(Data Free Flow with Trust)」のコンセプトと、G7広島サミットでこれをさらに推進するための取り組みについて語った。
DFFTは、2019年1月に開催された世界経済フォーラム年次総会で、当時の安倍晋三首相が初めて提案したものだ。安倍元首相は、データを「あらゆるものを結んで動かし、富の格差も埋めていくもの 」とし、「新しい経済において、最重要の課題である」と述べた。
このDFFTの考えは、その後2019年6月に大阪で開催されたG20サミットにおいて、データの自由な流れを促進し、消費者と企業からの信頼を強化することがデジタル経済の機会を生かすという共通認識のもと、世界の主要国のリーダーから議論され支持を受け、G20大阪首脳宣言に盛り込まれた。
野原氏は、データの国境を越えた流通を認めることは、経済成長を支え、社会的課題を解決し、新たなイノベーションの機会を提供するために不可欠であると同時に、改ざん防止、知的財産保護、情報源の信頼確保などの取り組みが必要であると述べた。そのためには、国際的なシステムを構築する必要があり、「日本政府としては、G7のような近い価値観を共有している国々から始めることを目指す」と述べた。
また、「G7サミットで、データに関する初の国際制度として、DFFTのInternational Arrangement Partnership (IAP)の設立に合意することを目指している」と野原氏。IAPが取り組むプロジェクトとして、データのセキュリティや保護に関連する参加国の規制や制度をまとめてリスト化することや、データの品質やファクトチェックの有無、改ざん記録の保存などに関する認証技術への協力などを挙げ、このような取り組みは、企業を機会損失やコンプライアンスコストの増加から守るために必要である点を強調した。
ここで役立つ可能性のある技術のひとつとして、「オリジネータープロファイル(OP)」技術があり、これはコンテンツ提供者やサイト運営者のアイデンティティを確認することで、偽情報や改ざん情報を受け取ってしまったり、広告詐欺に遭ったりするリスクを低減するというものだ。
OPの提唱者である慶應義塾大学教授の村井純氏は、基調講演の中で、特に直近の3年間は新型コロナウイルスの流行により、インターネットや関連する新しい技術の利用が予想以上のスピードで拡大・深化し、それに伴って広告ビジネスやメディアが急速に発展し、同時にいくつかの問題も生み出したと述べた。「これに対して手を入れるべきだ、ということが世界中で議論されており、そこにOPが貢献できる」と村井氏は語った。
村井氏は、クライアントサイドでJavaScriptが動作し、さまざまな広告サービスを提供するなどのJavaScriptベースの技術が急速に進歩したことで、ネット広告の世界が複雑になりすぎたことも指摘。その結果、広告主と広告を見る人、コンテンツの分離が進み、悪用の余地を生んだと説明した。「洗練された複雑な技術は悪用されやすい。シンプルな技術は理解しやすく、透明性があるため、悪用されにくい」と村井氏。まさにこの透明性こそ、コンテンツの発信者を明らかにするOP技術が提供できるものである。
村井氏はまた、W3C(World Wide Web Consortium)を通じて、この技術を主要なウェブブラウザに実装し、国際標準化する取り組みの重要性を強調した。
「日本がインターネットの善用の見本を作るということを国際社会から期待されていると感じており、OPはその期待に応えることができると思っている」と村井氏は述べた。
シンポジウムの後半は、Originator Profile技術研究組合事務局長のクロサカ・タツヤ氏の司会で、パネルディスカッションが行われた。登壇者は、スマートニュース株式会社のフェローである藤村厚夫氏、慶應義塾大学大学院法学研究科研究員の小久保智淳氏、慶應義塾大学法科大学院教授の山本龍彦氏。
憲法と情報法学を専門とする山本氏は、アテンション・エコノミーが引き起こすインターネット空間の多くの問題を解決する有効な方法のひとつにOPがなり得るとの見解を示した。アテンション・エコノミーの危険性は、心理学上、直感的で瞬間的とされるシステム1で処理される種類の情報を優先させることにあると説明した。「民主主義には、多くの時間と労力を必要とするシステム2による思考が必要だ」と述べ、システム1に過度に依存することで、近視眼的で単純化された言動が生じ、分裂や暴力につながる危険性を指摘した。
一方、メディアやIT業界での長年の実績を持つ藤村氏は、インターネット上で目にするものすべてにSystem 2の思考プロセスを適用するのは現実的ではないとし、OPは、素早く判断しつつ、しかも良い選択をするということを可能にするシステム作りに貢献できるのでは、と指摘し、これはビジネスの観点からも重要であるとした。
また、脳科学と法学にまたがる神経法学を専門とする小久保氏は、人間にはドーパミンやノベルティ・シーキング(新奇性探求)など、普遍的な機能もあることを指摘し、「フェイクニュースが提供する斬新な情報のとりこになっている人が特殊なわけではなく、私たちは皆、潜在的なリスクを持っているということだ」と述べた。また、人間の内心については、現在、科学が明らかにできることが非常に多くなってきており、「そうした知見や技術をどのように受け止め、どのようにして法律や法解釈の変更に利用するかということを扱うのが神経法学だ」と語った。
人間の認知について理解することにも、情報により認知を操作することにも利用されうる科学の進歩に追いつくために法律をアップデートすることに加え、情報の受け手のリテラシーを高め、悪意ある情報の提供者が適切に批判されるような市場のムードを醸成することも重要だと山本氏は強調した。
同時に山本氏は、特定の情報を削除しようとしたり、情報の善悪を判断しようとしたりすることは、多様性や言論の自由を守るという観点からは危険な行為であると警告した。そして、「信頼できる情報をより目立たせ、人々がアクセスしやすくする」ような仕組みが必要であり、OPはそのような仕組み作りに貢献できる可能性があることを示唆した。また、食品に例えて、食品表示が人々の自発的で合理的な選択を助けるように、誰がどのように作成した情報であるかを示すラベルを貼ることができるのがOPの特性だと述べ、「自分がどんな情報を得ているのかを知る権利は、憲法学的にもますます重要になってくる」とした。
司会のクロサカ氏は、今回のディスカッションで得られた知見は、現在開発中のOP技術に関する潜在的な論点を明確にするのに役立つと述べ、セッションを締めくくった。
なお、OP技術は、4月28日から30日まで群馬県高崎市で開催される「デジタル技術展」(G7デジタル・技術担当大臣会合開催地)で展示される予定。