October 27, 2023

ある東京・世田谷区民の、気候変動と食料・エネルギーひっ迫の時代への向き合い方。

文・写真:井上恭介

秋が深まると、東京都内の公園にも落ち葉が積もる。この落ち葉を拾ってエコストーブの燃料にする。
PHOTOS: KYOSUKE INOUE

「里山資本主義」とは、私が10年前に編み出した造語である。世界経済を奈落の底に突き落とした2008年のリーマンショックの時、当時制作を担当したNHKスペシャルの番組『マネー資本主義』のタイトルをひねったものだ。アベノミクス・日銀の異次元金融緩和が解決策なのかと疑問を抱いた田舎や都会の市民が40万部もの新書『里山資本主義』(発行:角川書店)を買い、翌年の新書大賞を受賞した。当時はささやかな選択肢だった、「過疎を逆手にとる会」のおじさんが、炊飯を裏山で拾ってきた落ち葉や枯れ枝のエネルギーでまかなう新鮮さがうけたのだ。それから10年、NHK・BSで毎週「いい、いじゅう(移住)」という番組が放映され、都会から地方に移住した様々な世代の人たちの、様々な挑戦や気づき、あるいは体得した新たな生き方・人生観が紹介され、多くの視聴者が共感する世の中になった。

昨年2022年に突然起きたエネルギー代と食料価格の高騰を考えると、これからの里山資本主義は、都会でこそ実践しなければならない。そんな考えから私は今、東京・世田谷で新たな地平を開くべく、とりあえずひとり、少なくとも外見は瀟洒な自宅マンションで、東京の真ん中でも里山資本主義ができることを実証する未来開拓の実験場にしようと、改造の真っ最中だ。自宅マンションには小さいながら土の庭もある。

この家で、里山資本主義の一丁目一番地といってよい“エコストーブでのご飯炊き“は、日常的に続けている。燃料は、近くの公園や神社などで拾ってくる枝や落ち葉や松ぼっくり。それを火にくべ、昔ながらの羽釜で炊く。米の飯に関しては、わが家はエネルギー代が、ほぼゼロ。細かくいえば、一度にたくさん炊いて、一食分づつラップで包んで冷凍する。レンジでチンする少々の電気代とラップ代はかかるが、炊飯ジャーを使うことと比べると、かなりの省エネである。

「公共の公園などで拾っていいのか」と質問されるが、「公園清掃のシルバーの方々と松ぼっくりなどの争奪戦をして、あちらに拾われると焼却場に直行となる。私に拾われるのが本望なのでは?」というと大抵納得してもらえる。「マンションで火を起こして苦情がきたり消防署に怒られたりしないか」とも聞かれるが、別のベランダなどでは高価な炭や薪をわざわざ買ってきてバーベキューをしているし、エコストーブでの炊き出しは「防災の日」などにいざという時のための訓練として、日本中の多くの町内会ですでに実践されている。

童謡に歌われる「垣根の曲がり角で集めた落ち葉のたき火で焼き芋」していた頃と今で、何が変わったのか。路面がアスファルトで覆われたことで、たき火をすると道路が損傷するリスクがあることくらいだろうか。やれ水道管やれガス管の交換だと年がら年中アスファルトをはがして掘って、をしている方が余程問題だと私などは思うのだが。

わが家の「狭いながらも土の庭」には、もうじき実をつけそうなオリーブの木と、息子が埋めたタネから成長したデコポンの木があるのだが、その日陰に、花屋さんで買ってきた様々なハーブ、青じそやバジル、イチゴや山椒、京都の実家近くの川原で採取したヨモギ、スーパーで根っこつきで売られていたルッコラなどをランダムに植えた結果、かなりバラエティーにとんだ、しかも健康度の高い野菜畑になってきている。尾道・向島の有機無農薬農法の達人などから教わった「不耕起栽培」の知恵を自分なりにアレンジ。お勧めの、欧米人が不耕起栽培を理論的に解説する実践書『土と内臓』も読破。様々な種類の野菜が弱点を補い合い、名もなき虫たちや微生物も活躍している。耕すことをはじめ農業的な手入れほとんどなしで、病気や虫食いの被害もなく、雑草もほぼはえない状態に、半年でこぎつけた。

家の中ではウズラを飼い始めた。孵化器と有精卵を買い、温度と湿度に注意しながら18日世話したら、体調3センチほどのヒナ1羽が生まれた。実際に飼っている人のホームページなどにもなかなか載っていないヒナを死なせない知恵を、里山の仲間に教わったあと、次の孵化挑戦では5匹が無事誕生、順調に育っている。小さいながらも濃厚なうずらの卵かけご飯を頂く日もそう遠くないのでは、と期待している。

エコ・ストーブ。「ペール缶」と呼ばれる、石油を入れていた鉄の容器を再利用。熱効率がよいため、近所で拾ってきた枯れ枝や落ち葉や、松ぼっくりを燃料に、約20分で「釜炊き」のおいしいご飯ができる。

こうした都会での里山資本主義の成功体験を語ると、都会人を自認する人からはたいていあきれられるか変人扱いをされている。取材をつうじて懇意になった田舎に住む里山資本主義の達人たちは「都会でもやれるんですね!」「見てみたい!」と興味津々なのだが。

どうして期待する反応と逆になるのか。世田谷をぶらぶら散歩するうちに、根っこにある考え方に気づいた。住宅街にはあちこちに、梅の木、柿の木、柚子の木などが実をつけるのだが、とって食べている気配がないのだ。都会の消費者が食べるものはすべて買うという思い込み。社会の細分化、分業化が極まる中での合理的行動の末路といえばいいのか。そこから抜け出すしなやかさこそ、食やエネルギーが高騰し、気候変動に翻弄される時代を生き抜く「小さな革命」ではないかと、私は日々変人ぶりを発揮している。

追伸・・その後、うずらは無事卵をうむようになり「卵かけごはん」を食べたので、報告しておく。

井上恭介(いのうえ・きょうすけ)

作家・テレビディレクター。1964年生まれ。東京大学卒業後、1987年、NHK入局。以降ディレクター・プロデューサーとして30余年、『NHKスペシャル』などのドキュメンタリー番組を制作、あわせて取材記を執筆してきた。現在、ジャパンタイムズが主宰する「Sustainable Japan Network」アドバイザーも務める。今回の連載『Satoyama Capitalism 2024』では、自らが長年取材を続けてきた“お金第一主義”ではない価値観で暮らす人々を紹介する。

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