November 01, 2024

【乃村工藝社】空間創造の新たな価値を探索する

Hiroko Nakata Contributing writer

Asako Harayama, senior executive officer for Nomura | Haruo Motohashi

東京都心の通りを歩くと、乃村工藝社が手掛けた商業施設に出会う機会がある。例えば、東急プラザ原宿「ハラカド」や東急歌舞伎町タワーの新宿カブキhall~歌舞伎横丁などだ。少し遠くに足を運ぶと愛知県にはジブリパークがあり、北海道にはエスコンフィールドHOKKAIDOがある。

これらはすべて、一世紀以上にわたって空間を創出してきた乃村工藝社が携わった結果であり、「空間創造によって人々に『歓びと感動』を届ける」というミッションを具現化したものだ。

しかし、そもそも「歓びと感動」とはなんだろうか。

乃村工藝社はこの問いを自らに問いかけ、「歓びと感動」を形づくる要因を探り説明しようと試みている。

「やはりデザインはアートではないので、しっかりとロジックがあってデザインは選ばれているのだと思います」と原山麻子取締役は話す。「今まで感性や経験値に基づいてきましたが、歓びと感動について科学的にどういう要因が人間の心や脳に影響を与えるのかという、空間についてのR&Dも始めています」

このような企業目標を掲げる理由は、変化が激しい社会環境やデジタル化の中で、既存の課題に対応するだけではなく、新たな価値の創造を提案する必要があると考えたからだ。このような世界的な潮流の中で、乃村工藝社は2021年に未来創造研究所を立ち上げた。

Haruo Motohashi

研究所のミッションの一つに人の心の動きを測る新たなシステム開発があり、それは多様な空間における脳波や心拍数の変化を測定することから始まる。また、例えば柔らかなカーペットと硬い床を歩く際の感触の違いや、空間の音響がどのように集中力に影響するか、また木材の部屋は人の心理にどのように影響するかなどを分析することで、どのような要因が人の感情を形づくるのか調査している。「感性も大切ですが、科学的エビデンスも大切にしていこうという取り組みをしています」と原山氏は話す。

研究所の他のミッションは、人々の日常生活を洞察することにより未来の空間の形を予測する、環境に負荷のかからないサステナブルなデザインや材料を開発する、地域で育まれた自然や産業の新たな価値を見出す、アート活動を通じてインクルーシブな空間を創出する、そしてテクノロジーを駆使しつつ空間を創造することだ。

乃村工藝社の歴史は1892年に遡る。当時、芝居小屋の道具方として活躍した乃村泰資氏が香川県高松市で創業したことに始まる。会社が飛躍したのは、大衆に人気の娯楽だった菊人形の大がかりな舞台を手掛けたことだった。

その後は大衆娯楽から博覧会や展示装飾へ事業を拡大していった。第二次世界大戦後は、百貨店、美術展、万博/博覧会、遊園地などの展示装飾でディスプレイ業界での地位を確立していった。現在は、618名のプランナー・デザイナー、514名のプロダクトディレクターを含む2,483名の従業員を擁し1,341億円の売上高を誇る業界トップの企業になった。今やホテルから大型商業施設、テーマパークまで幅広く手掛けている。

乃村工藝社は、既存分野の高度化を試みつつ、新たな事業の可能性を探索している。中期経営計画2023-2025によると、これらの目標は全部で7つある目標のうちの最初の二つに挙げられている。

既存事業の一つの軸は、営業活動、クリエイティブ活動、制作プロダクト活動をはじめとする提供サービスの高度化。もう一つの軸は、商業施設、イベント、ホスピタリティ分野などの重点市場における提供価値の拡大だと原山氏は言う。

新規事業に関しては、内部空間の改装とともに外部空間との融合を原山氏は挙げる。「これからの世の中は、新しいビルばかり建ててしまうとCO2排出が増えることもあり、既存の建物の中身をどう変えていくかということにシフトしていきます」と原山氏は話す。「内部空間を手掛ける人間が建築の領域までしっかりと理解し、既存の施設をどうリノベーションするかという建設知識を持ってプロジェクトを進めることが必要となります。」そして、既存施設の改修は屋内に限定されず、公園や緑地などの屋外空間と融合することにより、自然回帰を指向する人々を魅了することになると語る。

未来に可能性のある新事業分野を探索するにあたり、クライアントとの接点は欠かせないものになる。「単純に三年後、五年後、十年後の未来を想像するのではなくて、小さなスタートでも実際に始めてみることが新規事業の創造には大切になります」という。

内部空間と外部空間の融合の例として、エスコンフィールド HOKKAIDOがある。北海道日本ハムファイターズの本拠地であるこの球場は、2023年3月に始めての試合を開催した。乃村工藝社は、球場を擁する北海道ボールパークFビレッジの複数のエリアの企画、デザイン・設計、制作、展示施工を担った。北海道日本ハムファイターズは、世界が今までに見たことのない球場を創る構想を空間に落とし込む手伝いを乃村工藝社に依頼したという。その結果、Fビレッジには、球場内にフィールドが一望できる世界初のサウナ・温泉施設や、アジアで初めてとなる球場の眺めを楽しめる球場内ホテルなどが建設された。観戦スペースの選択肢も多く、プライベートスペースで食事をしながら観戦できるVIPルームなどがある。「今まで色々な分野を手掛けてきたので、それらのチームの知見が活かせたプロジェクトでした」と原山氏は振り返る。

乃村工藝社の新規事業への探索の意欲は中期経営計画にも示されている。2025年までに、70億円以上をR&Dやデジタル化を含む成長投資にあてることを計画している。売上高はコロナ禍で一端減少したものの、その後徐々に回復し、2025年度のグループ売上高目標は1,430億円、営業利益の目標は86億円である。

今後の目標は、事業を拡大するだけではなく、クリエイティビティを体現しながら効率化を図ることだ。「スクラップ・アンド・ビルドで全部進めていくのではなく、既存の建物を大切にしながら内部空間を活性化することによって、私達が貢献できることはたくさんあります。何ができるのかを探求していきたいと思います」と原山氏は述べた。

Asako Harayama said that “society is paying more attention to how we can renovate the inside of existing buildings, because if we continue to build new ones, it will keep on increasing carbon emissions.” | Haruo Motohashi

Naonori Kimura
Industrial Growth Platform Inc. (IGPI) Partner

空間から豊かな未来を創造する

日々の生活や、社会活動は様々な空間の中で営まれており、身をおく空間の在り方次第で、我々の感情やパフォーマンスは大きく変わる。故に、より豊かな世の中を実現していく上で、空間プロデュースのプロフェッショナル集団である乃村工藝社は不可欠な存在だ。

人間中心の空間を創り出す源泉は「人」、そして彼らの「クリエイティビティ」である。中期経営計画の方向性からも、経営の意思として人財に起点を置き、相互信頼の価値観が伺える。経営とプロフェッショナル・社員の方々との一体性が、未来志向型の組織風土を醸成し、感性と科学的要素の融合による空間の更なる可能性の開拓や、SDGsを単なるお題目とするのではなく自分たち事として昇華したソーシャルグッドの取組み等に繋がってきたと思われる。

社会のデジタル化がどれだけ進もうとも、我々の生活は常に空間と一体不可分だ。未来を見据え、組織として絶えず進化を遂げてきた乃村工藝社は、事業の幅・質を更に高めていくことで、これからより多くの感動や歓びを社会にもたらしてくれるだろう。

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