December 19, 2024
【ANA】人的資本の重要性を再確認、挑戦を促す組織を目指す
企業がどのように危機を乗り越えるかは、将来の経営に影響を与える可能性がある。
ANAにとっての最大の危機は、新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延だった。かつてないこの脅威によって、旅行関連業界の需要はたちまち蒸発した。ANAも例外ではなかったが、他社と決定的に異なったのは、当時の片野坂真哉社長が人員削減は原則行わないと宣言したことだ。
「おそらく創業以来の一番の危機でした」とANAホールディングスの宮田千夏子上席執行役員・グループCSO (chief sustainability officer)は経営共創基盤の木村尚敬パートナーとのインタビューの中で述べた。「もともとサービス業を中心としたエアライン・グループということを考えると、従業員自体がまさに企業の力になる大きな源泉だったのですが、グループ社員がコロナ禍を耐え抜いてくれたことで、コロナから回復するにつれて改めて人材は重要だと感じました」
コロナ禍によるパンデミックは2020年の初めに猛威を振るい始め、航空会社、ホテル、レストラン、カフェ等のサービス業に打撃を与えた。ANAの売上高は前年のおよそ三分の一まで減少し、2020年度は4046億円の最終赤字に転落した。前年度は276億円の最終利益だった。
しかしANAは他の航空会社のような大規模な人員削減に踏み切ることはなかった。その代わりとなるコスト削減策として、賃金カット(削減幅は幹部が大きく、若い世代になるにつれ削減が抑制された)、ボーナスの支給停止、業績が比較的良い他企業への出向を募った。結果として2,000人以上の社員が成城石井やノジマへ出向し、コロナ禍の回復時に大半の社員が戻ったという。
コロナ禍は、ANAの創業時の歴史を思い出させてくれたと宮田氏は言う。「創業の精神や、二機のヘリコプターで民間航空会社として日本の空を取り戻そうという想いでここまできました」
ANAの歴史は、1952年に日本初の純民間航空会社となった日本ヘリコプター輸送が設立されたことから始まる。第二次世界大戦で航空輸送は途切れていた。創業は、資本金1億5,000万円で二機のヘリコプターによる輸送から始まった。
ANAの経営は、人的資本、DEI(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)、人権など「人」に重きを置いている。個人の力やチーム力が企業価値を生むとの考えからだ。
従来からの挑戦者スピリットに加え、ANAは新しい挑戦を社員に促す社内の仕組みを作ってきた。例えば、30代から40代の社員から変革リーダーを選抜し、新しい改革を提案させたり社員のエンゲージメントを高めたりしている。「今の既存のものを超えて、何かやってみようということをできる、そういう社員達の変革リーダーの育成を行い、変革リーダーを中心に何か今までの価値観だけではない新たなことをやろうという仕組み作りも進行しています」と宮田氏は話す。
ANAには社内採用システムもある。社員にやる気があれば他部署に欠員が発生した時に応募することができる。例えば、宮田氏自身も客室乗務員として入社し、その後地上勤務に異動し昇進を遂げている。
サステナビリティを推進する際にもう一つの課題となるのは脱炭素問題だ。
排出削減が困難と言われる航空業界で、二酸化炭素の排出削減を進める手段の一つにSAF(Sustainable Aviation Fuel)の使用がある。SAFとは、主に廃油や植物油などの原材料から作られた代替燃料である。「自動車業界のEV化と違い、航空も船舶も電力化による脱炭素というのはなかなか難しい状況です。そうなるとやはり燃料を使わざるを得ないことになります」。宮田氏は続ける。「つまり、SAFが使えるかどうかが大きな焦点になるのです」
SAFの最大の課題は供給量とそれに伴うコストだと宮田氏は話す。既存のジェット燃料と比べて、SAFの価格は2倍から10倍にも及ぶ。これを下げるには、SAFの利点についての理解を広め、使用量を増加させ、企業に国内産SAFのサプライチェーンを築き上げてもらうことだ。
2021年10月、ANAは「SAF Flight Initiative: For the Next Generation」というプログラムを立ち上げた。これは、持続可能な航空燃料SAFの活用を通じた、航空輸送における二酸化炭素(CO2)排出量削減に取り組むプログラムである。ANAによると、貨物輸送や社員の出張等にANAを利用する顧客は、SAFのコストの一部を払うことにより第三者機関の認証を受けたCO2削減証書を受け取る。これにより、自社のバリューチェーン全体のCO2削減に貢献するというものだ。
2022年には、ANAは「Act for Sky」というSAFの商用化および普及・拡大に取り組む有志団体を日揮ホールディングス、レボインターナショナル、日本航空と共に設立した。
SAFの普及に取り組み、政府に対してSAFの国内生産支援を促すとともに、ANAは自身の役割も果たすために運航改善や省燃費機材への切り替えも進めている。宮田氏によると、航空機の約8割はすでに切り替えられており、2030年にその割合を9割にまで高める目標を立てている。ANAの社内では、パイロットも操縦やエンジン操作の際にCO2 排出を抑える運航に取り組んでいるという。
宮田氏は、サステナブル経営における重要な点は、短期的な戦略と長期的な戦略をどう融合させるかであると話す。「サステナビリティは、やはり何十年も先まで考える必要がある一方で、足元の3年から5年の経営戦略とうまく融合させることが、まず一番大切だと思っています」
Naonori Kimura
Industrial Growth Platform Inc. (IGPI) Partner
人的資本を起点に「ワクワク」する世界を創る
「移動」そのものが制約されたコロナ禍は、ANAにとっても創業以来の危機であり試練であったが、同時に創業精神に立ち返って自社の存在意義を問い直し、人財の重要性を再認識することで、これからのANAの礎を築くことにもなった。
宮田氏が強調するように、従業員のロイヤリティの高さや、エアラインビジネスの根幹ともなるチームワークなど、ANAの強みは「人」に帰属するところに在り、価値創造サイクルの起点も人的資本に置かれているように経営戦略としても一貫している。
エアラインという絶対の安心・安全が求められる業界において、その厳格な使命を不断の努力で果たし続けていくと同時に、「ワクワクで満たされる世界を」という極めてポジティブで未来志向かつ顧客に寄り添う形の経営ビジョンを掲げられたところに、ANAとしての将来への強い覚悟が見てとれる。
ANAは、コロナ禍を通じてより強固になったチームスピリットを源泉に、ワクワクする世界を自らで体現出来る企業であると強く印象づけられた。それと同時に、ANAが世界中に「移動」機会を提供し、人と人との繋がりを生みだすことでも、「より豊かでサステナブルな社会」を実現する国境を超えたコラボレーションや革新的なアイデアの創出に貢献されていくだろう。