August 30, 2021
目指すは最高品質のエコロジー。ファッションデザイナー芦田多恵が語る、サスティナブルなものづくり。
いま、世界の産業界が、その生産活動にサスティナビリティが求められるなか、根本からの改革を迫られているのがファッション産業だ。2019年、ファッション産業は石油産業に次ぐ世界第2位の環境汚染産業と国連貿易開発会議(UNCTAD)が発表し、世界中に衝撃が走った。実は洋服の製造や流通過程において排出される二酸化炭素排出量は航空業界と海運業界を足したものより多い。その問題のひとつは、衣服や生地の廃棄量で、世界では9200万トン、日本国内だけでも100万トンにおよぶと指摘されている(Global Fashion Agenda 2017)。ファッション業界でここ10年の支配的なビジネスモデルは、低価格で大量に服を生産し、消費者に衣服の頻繁な買い替えと廃棄を促す、「ファストファッション」が主流になっている。国連を含め、多くの専門家は、このトレンドが環境に負荷を与えている一因と見て、そのやり方を見直すべきだと指摘している。
環境に配慮した素材を使い、いかにゴミを出さない仕組みをつくるか? いまファッション業界が抱えるこの課題に、この問題が露呈する前から取り組んできたメゾンのひとつがjun ashidaである。そのデザイナーである芦田多恵氏に話しを聞いた。
「私の父、芦田淳が1964年にブランドをスタートしてから一貫して、一着ずつ大切に、無駄を出さずに服をつくるという精神でモノ作りを行ってきました。ニーズと生産数をできるだけ合致させることで、極力在庫を減らす企業努力を続けてきたんです。ファッションで最もサスティナブルなことは、ひとつの服を、愛着を持って、長く着てもらうことだと思います。また服のパターンを考えるときも、可能な限り生地を廃棄しないよう配慮してきました。それでも、製造から流通に至るまで、ファッションにはサスティナブルではないポイントがたくさんあるのも、また事実です。どれだけ造形が美しく、丁寧で高品質なものづくりをしていても、その裏側で環境に負荷を与えるような商品だけを作っていては、この先受け入れられません。環境に配慮した生産モデルに100%転換するまでには長い道のりがありますが、そこは試行錯誤しながら挑戦しています」。そう語る芦田さんは、「最高品質のエコロジー」をテーマに掲げる新ブランド「ÉCOÏSTES by jun ashida」を2020年に始動した。サスティナブルと着心地のよさを追求したリラックスウェアのシリーズで、衣服に使用する生地はすべてイタリアのエコロジー認証を受けたものだけを使用している。
「2019年に、イタリア・フィレンツエで開催された生地と糸の国際的見本市<PITTI FILATI>を訪れた際、とても上質なリサイクルのカシミヤ素材に出合い、それまでの環境に配慮する服作りに対する意識ががらりと変わりました。いまヨーロッパではサステイナブルの観点がなければ、ビジネスができないほど環境への配慮の意識が高まっています。その際、とても高品質な再生繊維をつくるイタリアのメーカーと出会い、工場見学へいったところ、環境負荷をかけないための徹底した姿勢に驚かされました。そうした姿勢を保ちながらも、生地のクオリティは最高級で、ハイエンドのブランドに提供し続けている。私自身、エコロジーについてはまだまだ勉強中の身ですが、こうしたメーカーとなら、サスティナビリティとクオリティを同時に目指すブランドをつくっていけると確信し、ÉCOÏSTESを立ち上げました。
また別の生地メーカーでは、生地サンプルさえもシーズンが終わった後はすべて返却するように促され、それを回収しリサイクルを行っています。また使用済の生地を色ごとに分別し、リサイクル時にも色の付いた糸をつくりだせるシステムを構築していました。これは染色時に出る大量の汚水を減らすための試みです。こうした努力を続けるメーカーの製品は、今後も積極的に取り入れたいと思っています」。
意欲的に新ブランドへ取り組む芦田さんだが、実は10年近く前から製造過程で生じた残り布を使って、東日本大震災の被害にあった宮城県南三陸町の女性たちと、小物を制作するプロジェクトを手がけていた。かわいらしい動物のモチーフをあしらったチャーム「MINA-TAN CHARM」の商品展開は、東北復興支援の一環として2013年からスタート。はじめは被災地支援という名目で始まったものだが、生地を最後まで余すことなく使うことで評判を呼び、サスティナブルの観点からも注目されるようになったという。
「震災直後からチャリティや寄付活動を行っていましたが、震災から2年経つ頃は被災地の状況も変わり、最初に必要だった支援金や住居、日用品ではなく、これからの仕事や生きがいを求める人々が増えてきていました。そのニーズに応えるため、もっと継続的な支援はできないかと悩んでいたとき、ふと自社の残布から商品をつくってもらうというアイデアを思いつきました。そこで、ブランドで働く技術者たちと共に南三陸町を訪問し、ワークショップを行いました。はじめは覚束なかった人も、技術者たちが根気よく何度もやりとりをしていったおかげで、今ではプロ級の腕前になっています」。
MINA-TAN CHARMのファンは着実に増え、毎年新シリーズを発表している。南三陸町の人々にとって、実際にブランドの商品をつくるビジネスに関われたことは大きなやりがいと生きがいになったという。そこでは、販売金額から制作経費を引いた全額が、携わった作り手たちに工賃として支払われている。寄付や募金のような慈善事業ではなく、ビジネスの一端を担う技術者として雇用が生まれているのだ。
「2016年に熊本県で震災が起きたとき、同じような状況に置かれた人々のことを思って南三陸町の人々が初めて震災当時の気持ちを語ってくれたことがありました。そのとき、『震災後は虚無感に襲われ、何年もつらい時期があったけれど、このプロジェクトに関わり、ものづくりをしている間は無心になれた』という声があり、私自身も長年の思いが報われる気持ちになりました」。
人々が自ら成長し、やりがいを持って続けられる事業こそが、真のサスティナビリティといえるのかもしれない。また最近はコロナ禍を経て、自身の姿勢や考え方も変わったと芦田さんは語る。
「コロナ禍で家の近所を散歩する機会が増え、道中で見つけた花の写真を撮るようになったんです。すると四季折々で変化する花に目が向き、身近に存在する自然の大切さを実感するようになりました。それと同時に、服作りに対する意識も根本的に変わってきたと思います。ファッションやおしゃれを楽しみながら、環境に配慮した服作りをどう行うか? その方法や答えを、これからも模索していきたいと思っています」。