February 25, 2022
【ヨドコウ迎賓館】解体や震災を乗り越えた、日本唯一のライト住宅作品。
阪神間の邸宅街・芦屋にある<ヨドコウ迎賓館>(旧・山邑家住宅)は、フランク・ロイド・ライトが設計した日本の住宅で唯一、竣工時の姿で現存する希少な建物だ。設計は1918年。しかしライトは1922年に帰国してしまったため、実施設計と工事監理はライトの弟子、遠藤新と南信に託され1924年に竣工した。完成した建物は著名な建築雑誌『新建築』創刊2号(1925年刊)の巻頭を飾った。そこに南信が寄せた文章には「ライト氏が今此の建物を見て如何の感が有るか」と師匠の評価を伺う記述も残り、師を尊重した誠実な仕事と師弟関係の濃さが伺える。本建築は国際的にも注目されている。2019年にライト建築8作品が世界遺産登録された際、本作が追加登録候補に挙げられた。またライトが地形を巧みに利用し設計した初期例で、くの字に屈曲するプランは「ライトの平面構成手法における大きな変化の契機」と建築史家の水上優は述べている。
現在は週3日開館し、入館料500円を払えば誰もが自由に見学できる。しかし今に至るまでには解体の危機や震災などの紆余曲折があった。当初は酒造家・八代目山邑太左衛門の別邸として建てられた。その後1935年に実業家の所有になり、1947年より現オーナーの淀川製鋼所に渡る。初期は政財界の賓客をもてなす場として、のちに借家や社員寮として使われた。だが時を経て老朽化が進み、1971年に淀川製鋼所は建物を解体しマンションを建設することを決める。しかしそれを聞いた建築家などが保存運動を展開した。関係者による話し合いなどが実り、淀川製鋼所の英断により建て替え計画は中止。建物は保存され、1974年に鉄筋コンクリート造の住宅として初めて重要文化財に指定された。
保存修理工事を経て1989年に公開が開始されたが、1995年に阪神・淡路大震災が起きた。倒壊は免れたものの構造体が損傷するなど、被害は甚大だった。「室内は散乱し、建具や造作が壊れ、ガラスや石が割れるなど建物全体にさまざまな被害があったようです」と館長の岩井忠之は話す。
3年がかりの調査・修理工事を経て復旧したものの、その後も維持管理には苦労が伴った。彫刻された大谷石や木製建具など造作や装飾が繊細なので、見学者を受け入れるだけでも負担になる。また公開開始から約30年が経ち雨漏りが常態化。2016年から2年がかりで屋根の防水工事を中心とする保存修理工事が行われた。工事では大谷石や擬石飾りなど内外装も修復され、建物は美しく蘇った。しかしその後も「古い建具の隙間から雨風が抜ける、大谷石が劣化して欠けてしまうなど、維持管理には苦労がつきもの」と岩井は言う。それでも館は「多くの方に体験してほしいから」と、バルコニーなどの外部や小間使い部屋などまで極力開き、窓や造作家具などもできるかぎり触れられる状態とし、建物を寛大に公開している。
「緑や川に囲まれた環境で、自然との一体感が素晴らしい。多くの窓から光や風が差し込む様子の、季節や時間による移り変わりを見てほしい(岩井)」とこれからも、丁寧な維持管理をつづけながら建物の魅力を伝えていくという。