September 29, 2023

帝国ホテルに息づく、ホスピタリティという遺産。

ライター:前田英美

右がライト館で働いた経験のある唯一の現役スタッフ、客室課マネジャーの小池幸子。
左がコンシェルジュ ゲストアテンダント支配人の佐藤由貴子。撮影は、帝国ホテル 東京内の「フランク・ロイド・ライト®スイート」で行われた。
PHOTO: TAKAO OHTA

小池 幸子

1942年生まれ。1961年に帝国ホテルに入社。客室アテンダントを経て、89年本館第一支配人に就任。2002年定年を迎えたが、その後も特別社員として賓客や顧客の接遇を続けた。小池の職人的な接遇のサービスは、帝国ホテルの歴史に深く刻まれており、その精神は今後も継承されている。

佐藤 由貴子

1967年生まれ。1985年に帝国ホテル入社。客室アテンダントなどとしてのキャリアを積み、現在はコンシェルジュ ゲストアテンダント支配人として勤務。今年で帝国ホテル勤務38年目を迎える。

東京・日比谷、皇居の近くに佇む帝国ホテルは、1890年に日本の迎賓館の役割を担い誕生した。時を超えても変わらない温かいサービスで、世界中の多くの人々から愛され続けている。1923年(大正12年)の秋に完成した2代目本館「ライト館」。ライト館は、日本を愛するモダニズム建築の巨匠、フランク・ロイド・ライトによる設計で、その独自の建築技法や緻密なデザインは、他の建築とは一線を画していた。また館内は、社交や文化の交流の場としても輝きを放ち、世界中から「東洋の宝石」と称された。そのライト館開業後の帝国ホテルから、ホテルウエディングやディナーショーなどの新しい文化が国内に広がっていった。しかし開業からわずか44年後、1967年、ライト館は、老朽化により惜しまれつつも幕を下ろす。

そのライト館で働いた経験のある唯一の現役スタッフ、小池幸子が、この秋、客室課マネジャーの役目を静かに終える。訪れる人々に深く愛された彼女の存在は、多くの人々にとって温かな思い出と共に織りなすおもてなしの象徴であった。彼女の笑顔と細やかな気配りは、たくさんの人の心に、帝国ホテルのサービスがどれほど特別なものであるかを永遠に刻み込んだ。

小池が長年にわたり大切にしてきた想いがある。「お客様には帰宅後、帝国ホテルでの滞在を温かい思い出として振り返っていただきたい。海外のお客様であれば、その時の記憶を通じて再び日本に足を運びたいと感じてもらいたい」と小池は語る。それがお客様に心から寄り添えた証だと信じているからだ。そして常に思いやりと謙虚な心を忘れず、ゲストと、また同僚とも向き合う姿勢を貫いた。

この想いの背後には、帝国ホテルの女性客室アテンダント第一号としてゲストを接遇した竹谷年子の影響がある、と小池は明かす。竹谷はVIPの接遇には欠かせない存在であり、その仕事への熱意は周りからも高く評価を受けた。そしてこの竹谷の胸に刻まれたおもてなしの心は、帝国ホテルの初代会長、渋沢栄一が創り上げたホテルの原点から受け継がれたものだと小池は言う。

2023年9月1日、帝国ホテル2代目本館「ライト館」は開業100周年を迎えた。この特別な節目を記念し、帝国ホテル(東京本社)とフランク・ロイド・ライト・トラスト(シカゴ本部)は、国際的な友好と建築の力、そして文化遺産の価値を称賛し、ライトが設計したシカゴの<フレデリック・C・ロビー邸>の中庭に桜の木を植樹した。<ロビー邸>は、ユネスコの世界遺産として認定されている。
COURTESY OF FRANK LLOYD WRIGHT TRUST, CHICAGO. PHOTOGRAPHER: MICHAEL MOENNING PHOTOGRAPHY

竹谷の背中を見ながらおもてなしの心を受け継いだ小池。その中でも特に印象的な出来事は、かつて客室の掃除を担当していた頃のエピソードだ。掃除が終わり、控室で待機していると、竹谷が近づいてきて、「あなたが掃除した部屋の絵がないわよ」と言った。ショックを受けた小池は、急いで確認をしにその客室へ行った。部屋中を探し回り、最終的にベッドの下を覗くと、絵がそこに隠されていたそうだ。

毎日、客室を徹底的に確認すること。そして掃除を始める前に、最初にベッドの下をチェックし、お客様の落とし物がないかを確認すること。それを通じて、自分の仕事に全うな責任を持ち、どんな時でも自信を持って答えられるように努力することの大切さを、竹谷から教わったと小池は話す。

先輩の背中を追いながら、自ら考えて学んでいく。これまでにも多くの客室アテンダントたちが、小池を通じてホテルのサービスを学んだ。その小池のホスピタリティ精神を引き継ぐ一人、コンシェルジュ ゲストアテンダント支配人の佐藤由貴子はこう語る。「入社当時先輩から学んだ掃除の心得がいま私の土台になっていると本当に感じています。心を込めて準備したり、お客様のことを思いながらお部屋を整えると、お客様に伝わり喜んでいただけることが多くあります」。

佐藤たちは客室のバスルームに飾られた一輪挿しのバラを乾かして、ポプリを作る。時には小池も手伝って。そのポプリをゲストにお土産としてお渡しするそうだ。「文化や国籍が違っても、私たちのおもてなしの心はお客様にしっかりと伝わっていると感じています。」 小池は、佐藤が心を込めて仕事に取り組む姿を見て、「佐藤も後輩たちに、その背中をしっかりと見せているんだな。」と、感じている。

従業員専用の入口近くには、スタッフの活動情報やホテルのニュースなどが書かれた広報紙が掲示されている場所がある。佐藤は日々そこに立ち止まり、それらの掲示物に目を向け、同僚たちが頑張っている姿から元気をもらうそうだ。「頑張っているスタッフたちがいることを知り、自分もやる気が湧いてくる。そんなふうに思えるこの場所が私は大好きです。」

本館の隣にそびえ立つタワー館は2024年から30年、本館は2031年から36年、12年にわたる建て替えが予定されており、帝国ホテルに新たな歴史が刻まれようとしている。都市化が進み、時代と共に客室の窓から見える景色も変わりつつあると小池はいう。しかし、世界が愛した帝国ホテルの温かいサービスは、これからも変わらずこの場所に息づいていく。

フランク・ロイド・ライトが設計し、1923年に竣工した帝国ホテル2代目となる本館の「ライト館」。
COURTESY: IMPERIAL HOTEL

Subscribe to our newsletter

You can unsubscribe at any time.

PREMIUM MEMBERSHIPS

1-month plan or Annual plan 20% off!

Premium membership allows members to Advance registration for seminars and events.
And Unlimited access to Japanese versions of articles.

CHOOSE YOUR PLAN

Subscribe to our newsletter