March 24, 2023

関東大震災当日に開業した帝国ホテル・ライト館を巡る物語。

ライター:鈴木布美子

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IMPERIAL HOTEL, TOKYO

小池幸子
1942年埼玉県生まれ。1961年帝国ホテル入社。ライト館(旧本館)、第2新館(旧東館)で客室課勤務。89年本館第一支配人に就任。97年迎賓館担当客室マネジャー、宿泊部アテンダント支配人。国賓や賓客の接遇の責任者を務める。2002年の定年後も特別社員の宿泊部客室課マネジャーとして賓客,顧客の対応に当たっている。

東京‏・日比谷の帝国ホテルには、かつて「ライト館」と呼ばれる建物が存在した。設計はモダニズム建築の巨匠フランク・ロイド・ライト。開業は大正時代の1923年で、1967年に新本館の建設のために解体されるまで、日本を代表する西洋式ホテルとして多くの人々に親しまれた。すでに解体から半世紀以上が経過した現在、ライト館が多くの利用者で賑わった時代を記憶に留める人も数少なくなった。1961年に帝国ホテルに入社し、長年にわたって客室担当として勤務する小池幸子は、ライト館で働いた経験のある唯一の現役スタッフだ。

「入社から1年で憧れのライト館に配属になりました。ライト館に泊まられるお客様は主に外国人で、短い人でも1週間、長ければ数年に渡る方もいらっしゃいました。当時はまだ客船で旅をされている方も多くて、日本での滞在期間も長ったように思います」

これまでに数々のVIPをもてなし、客室係のレジェンドと呼ばれる小池は当時をこのように振り返った。帝国ホテルは明治の鹿鳴館時代に構想され、海外の賓客のための迎賓館として建てられたホテルだ。欧米人から「東洋の真珠」とも称されたライト館は、ライトの独創的なアイディアが随所にちりばめられた建築だった。建物の内外は栃木県産の大谷石と愛知県で製作されたレンガ風のスクラッチタイルを多用した装飾で覆われ、西洋とも東洋とも異なる独自の美意識で統一されている。マヤ文明の遺跡、宇治の平等院の鳳凰殿など、ライトの着想の源になったであろう建築物を挙げることできる。しかし完成した建物はどの時代様式にも文化圏にも属さず、それでいて神殿ような荘厳さとエキゾチックな魅力を感じさせるものだった。ライトは浮世絵のコレクターとして知られ、日本文化にも造詣が深かった。彼の心の内には、西洋人の目を意識した「新しい日本風のモダニズム建築」があったのかもしれない。

「ライト館で働く客室係の服装は和服でした。また毎年夏になるとアーケードの通路の床にゴザを敷き詰めて、その上を歩けるようにしていました。これも訪れた方に日本らしさを感じて頂く演出のひとつでした」

現在の帝国ホテル東京には、2005年にライトのデザインを客室として再現した「フランク・ロイド・ライト®スイート」がある。かつてのライト館で用いられたのと同じデザインの大谷石のレリーフ、ライトのオリジナルデザインの絨毯と一部の照明に加え、ライトがアメリカで設計した個人住宅の家具と照明を取り入れるなど、細部に至るまで室内空間のすべてがライトの美意識で統一されている。なお2024年3月31日までの期間限定で、ライト館開業100周年記念企画としてこのスイートでの宿泊プランも用意されている。
PHOTOS: KOUTAROU WASHIZAKI

ライト館は客室エリアとロビーや宴会場、テラスなどの共用部分の比率がほぼ半々で、この点も当時のホテルとしては画期的だった。「孔雀の間」の通称で知られた大宴会場や850席の演芸場からは、ライトがこのホテルをパブリックな社交の場として構想したことがわかる。また共用部にはスキップフロアや段差を設け、流動的で変化に富んだ内部空間を実現している。そのいっぽうで段差のためにワゴンが使えず、ルームサービスでは調理場から客室までトレイで料理を運んだという。

「私たちは一生懸命に食卓と料理のセッティングをするわけですが、時にはお一人でお泊まりなのに数人分の料理を注文し、『いつもありがとう。これはあなたたちで食べてください』とおっしゃるお客様もいました」

ライト館をめぐる数多のエピソードの中で最も有名なものは、関東大震災に関するものだろう。1923年9月1日、関東大震災が起きた日は、ライト館の完成披露宴が予定されていた。大地震で多くの建物が倒壊するなかで、ライト館が被った被害はわずかな損傷のみだった。ライトは軟弱な地盤に対応するために「浮き基礎」と呼ばれる独自の基礎構造を採用。さらに建物全体を10のブロックに分け、それらをエキスパンションジョイントで繋ぐことで建物の倒壊を防ぐという地震対策も行っていた。

1967年、ライト館は多くの人々に惜しまれつつ、その役割を終えた。デザイン的に洗練された質の高い空間と日本的な肌理の細かいホスピタリティ。このふたつの融合は、その後も日本のホテル文化のなかに脈々と受け継がれている。

帝国ホテルの中庭部分に集う人々。
COURTESY: IMPERIAL HOTEL

フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテル全景。1960年代に日比谷公園側から上空から撮影したもの。左右に広がる両翼が客室棟。
COURTESY: IMPERIAL HOTEL

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