September 27, 2021
【齋藤 精一】歩き疲れた後、あなたは“何か”を感じる。
クリエイティブディレクター齋藤精一がプロデュースを手がける2つの芸術祭は、自然環境とその持続可能性に向き合う絶好の体験となる。
1つ目は、2019年に始まった神奈川県・横須賀港の沖合に浮かぶ無人島・猿島を舞台とする芸術祭だ。夜間にフェリーで島に渡り、島で聴こえてくる「音」に感覚を研ぎ澄ませるため、来場者は携帯をオフにして島内を巡ることになる。「聴覚・視覚・触覚といった感覚を通じて、人間という生物も、大きな生態系の中の一部であることを、改めて認識して欲しい。テクノロジーに頼るだけではなく、人間の感覚を信じるべきだということを、都市から離れた島で再確認して欲しい」と齋藤は言う。
2つ目は、奈良県の山奥を舞台とする芸術祭「奥大和 心のなかの美術館」。2020年に続き、第2回目を迎える今年も、世界遺産を含む3つのエリアを最大5時間かけて徒歩で巡る。有名なスター作家や見た目が派手なスペクタクルな作品よりも、雄大な自然を鑑賞することを主目的とし、人との距離を十分にとった今の時代ならではのアートイベントを目指す。「奥大和の自然とアーティストの哲学が共生し、アート作品が気づきのレンズとして機能する芸術祭を創り上げたい」と齊藤は語る。そのためには圧倒的に人間の知恵や技術を越える、“自然”が主役であるべきだと考える。
自然の中に身を置くことを目的にしたこの2つの芸術祭は、環境と人類の関係性が、もはや後戻りできない状況にあることを伝えるきっかけとなるのではないだろうか。「世界を襲ったコロナは、人間が環境に依存して生きる動物だと知る機会になりました。このウイルスのせいで、日常生活を続けながらも、哲学的に物事を考えるようになりました。芸術には次元が違う2つのことを繋ぐ媒介としての機能があります。物事を見て考えるためのレンズや、将来のヴィジョンを考える望遠鏡にもなる」と彼は語る。いずれの芸術祭も、野外の会場では植物の勢いや動物の気配を感じ、点在する作品を探すだけできっと精一杯だろう。だが訪れた人は、歩き疲れた頃、自然そのものが芸術作品と同じく取り替えのきかない創造物であることを、普段あまり使わない感覚・思考を通して認識することができるかもしれない。自ら身を投じて味わうリアルな体験は、新しい時代の行動への力になるはずだ。
「Sense Island ‐感覚の島‐ 暗闇の美術館2021」
横須賀からフェリーで10分、東京から90分で到着できる小さな無人島・猿島。一周歩いて40分ほどで回れるこの島を舞台に、週末の日没後、暗闇の中で開催されるのがこの芸術祭。来場者は携帯の電源を切って入島するルールだ。明治時代からの砲台跡などが遺る戦争遺産としても知られ、終戦まで普通の人は立ち入れなかったため、自然植生や生き物の生息地が手つかずで息づいている。島で聞こえるのは波の音や風で揺れる草木の音、小動物が走る音といった、都会では聞こえてこない心地よい音だけだ。井村 一登、小野澤 峻、忽那 光一郎、筧 康明、齋藤 精一、中﨑 透、細井 美裕などの作家たちが島の環境と暗闇を生かした作品を展示する。
https://senseisland.com
「奥大和 心のなかの美術館」
奈良県の奥大和一帯に広がる雄大な自然を主役に、五感を通して土地の魅力に気づくことを目的に展開される芸術祭。世界遺産として知られるYoshioには日本古来の自然信仰に根ざした文化が伝わり、「天川」は水が美しい地域として知られ、「曽爾」には岩の底から興った山々が連なる。この3地域のエリアそれぞれに、森(吉野)、水(天川)、地(曽爾)とテーマを設け、3~5時間かけて歩くコースを設定。3 つのエリアのキュレーターには、昨年から始動したMIND TRAILプロジェクトと奈良に関わりの深いアーティストを配置し、自然に包まれながらアート作品を鑑賞・体験することができる。また今年は 3 つのエリアを横断するイベントも開催され、複数日滞在して近隣の観光を含めた奥大和の魅力を知る機会にもなる。
https://mindtrail.okuyamato.jp