April 21, 2023

健康の視点から気候変動を考える。<ウェルカム・トラスト>の広島サミットへの取り組み。

ライター:村岡麻衣子

WHOによるCOP27のヘルス・パビリオンのメインステージ。作品は中央に配置された、Invisible FlockとJon Bausorによるアート作品『 Bodies Joined by a Molecule of Air (2022) 』
© IMAGE COURTESY OF INVISIBLE FLOCK

気候変動は間違いなく国際社会が直面している喫緊の課題のひとつであり、まもなく開催されるG7広島サミットや関係閣僚会合などでも最優先事項として扱われることが予想される。また、公衆衛生にまつわる問題も世界各国がほぼ同時に経験した新型コロナウイルスの大流行と今なお続くその余波もあって、最大関心事となっている。<ウェルカム・トラスト>の気候・健康部門のディレクター、アラン・ダングール氏によると、近年これら2つの分野にまたがる議論が世界中で活発化しているという。「それぞれの分野の研究者が協力し合うことが非常に重要です。なぜなら、世界全体の人々の健康に根本的な影響を与えるのが気候変動だからです」とダングール氏は語る。

ロンドンに拠点を持つ<ウェルカム・トラスト>は、健康問題への取り組みに様々な観点から寄与すべく、研究や活動を支援する公益信託財団である。医薬業界で起業家として活躍したアメリカ生まれのヘンリー・ウェルカム卿が残した資産を管理運用するため、1936年に設立されたものだ。<ウェルカム・トラスト>では、気候変動、感染症、メンタルヘルスという人間にとって最も脅威となっている3つの課題に取り組んでいる(これらはまた相互に関連性を持っている)。異常気象による死傷者の発生や、熱波による死亡率の上昇といった直接的な影響以外に、気候変動はありとあらゆる形で人間の健康に影響をもたらしているからだ。

「たとえば、気温の上昇にともない、蚊が生息できる地域が広がると、蚊が媒介する病気がより遠くまで運ばれることになる」とダングール氏。また、食糧作物の生産量が減ることは大勢の人間の健康に関わることも指摘する。

近年、特に高所得国の若者の間に、気候変動に直面し将来に不安を感じるという気候不安が見られるという。環境悪化により居住地の見慣れた景色が失われていくことに強い喪失感や悲しみを感じるソラスタルジアと呼ばれる症状だ。「すでにわかっていることはほんの一部で、環境の変化によりさらに多くの種類のメンタルヘルス問題が起こり得ることは自明だ」とダングール氏は述べる。

Mindscapesの国際的ライター・イン・レジデンス、Priya Basilによる被ばく樹木を撮影した写真作品『Hiroshima Survivor Trees』を通して、気候変動とメンタルヘルスの関係を探る。

この問題に対処すべく健康科学の発展を進めるため、<ウェルカム・トラスト>では研究者の支援だけでなく、政策当局との協働、啓蒙活動、さまざまな団体との連携などに取り組んでいる。

5月12日に「COP27およびCOP15からG7広島サミットへ:地球規模で生じている気候変動、環境、生物多様性と人間の健康に関する課題解決に向けた新しいパートナーシップ」というテーマで開催される長崎グローバル専門家会合はそういった取り組みの一例だ。<ウェルカム・トラスト>は、環境と、人間の健康との関連性やについて、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)や生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で交わされた議論を共有し、この分野における意識と理解を向上させることを目指して世界中から専門家が集まるこの会合を後援している。

ダングール氏は基調講演の中で気候と健康の課題解決のためのパートナーシップについて語る予定で、研究機関や国際組織、世界的製薬会社を代表する他の専門家と共にパネルディスカッションにも登壇する。

「これは、この問題に理解があり、貢献したいと考えている専門家を一堂に集めて最新の知見を共有する良い機会だ。ここでの議論がG7広島サミットや関連閣僚会議などでも取り上げられることを期待している」とダングール氏は述べる。また、ダングール氏は、気候変動と健康との関係の重要性が初めて言及されたのが昨年エジプトで開催されたCOP27であることに触れ、気候変動の議論における健康というテーマの存在感が増してきていることを指摘する。

COP27では、世界保健機関(WHO)と<ウェルカム・トラスト>が共同でヘルス・パビリオンを企画。センターステージ上に飾られた、Invisible FlockとJon Bausorによる大きな彫刻作品、『Bodies Joined by a Molecule of Air』をはじめとした、様々なアート作品が展示された。銀色に輝くこの彫刻は、人間の肺のようにも、ぶつかり合う木々の枝のようにも見え、人間の健康と自然の関係への関心を高める役割を果たした。

<ウェルカム・トラスト>は他にも数多くの文化的プログラムも実施しており、そのひとつが『Mindscapes』というプロジェクトだ。これは日本人アーティストの飯山由貴をはじめ、選定したアーティストを支援し、東京、ニューヨーク、ベルリン、ベンガルールにおいてメンタルヘルスに関連する作品を制作・展示するというものだ。東京では<森美術館>などの美術館や文化施設、NGOなども協力している。「アートを通じて人間の健康にまつわる課題への理解や行動を促すということは、<ウェルカム・トラスト>が得意とすることのひとつだ」とダングール氏。今回の訪日で日本の自然からさまざまな発想を得て有意義な時間を過ごしたいと述べた。

Alan Dangour

2022年1月よりウェルカム・トラストに参画。財団による野心的な気候・健康戦略を率いる。過去20年間にわたり、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院において、グローバルヘルスにおける食と栄養分野の教授と気候変動とプラネタリーヘルスセンターのディレクターを務め、環境変化、食物システム、健康の関係を探る学際的チームを率いた。また、イギリスの旧国際開発省の上級研究員、英下院議会環境監査委員会の専門アドバイザーも歴任した。

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