July 28, 2023

豊かな文化遺産、日本の美術館を巡る旅へ。

ライター :前田英美

PHOTO: HIROMICHI MATONO

ソフィー・リチャード

南仏エクサンプロヴァンス生まれ。パリのエコール・ド・ルーブル、パリ大学ソルボンヌ校で美術史を学ぶ。現在は、ロンドンを拠点に美術史家・執筆家として活躍。10代の頃から日本美術に魅せられ、2004年以来、日本美術の研究のため定期的に日本を訪れている。著書『The art lover‘s guide to Japanese museums』やYouTube番組『Encounters with Japan』(https://youtube.com/@sophierichard)では、日本の文化・芸術の魅力を世界に紹介するなど、美術界の発展に貢献している。

美術館に足を運び芸術や環境に触れるという体験は、人々の健康やウェルビーイングにポジティブな影響を与えるという。世界保健機関(WHO)は、2019年の報告書で、芸術が病気の予防や健康増進の面で重要な役割を果たすことを指摘した。またヨーロッパをはじめとする多くの国々で、心の不調や精神的な健康への治療の一環として、美術館訪問を推奨する医師もいるという。アートの持つ力は計り知れない。

文化庁の調査によると、日本国内には1,000以上に及ぶ美術館が存在する。有名な美術館はメディアや観光ガイドなどを通じて広く知られているが、一方でまだ知名度の低い美術館も多く存在する。そのような背景の中、日本全国の美術館を巡り、絵画はもちろん、あらゆる収蔵品や建築を見てきたロンドン在住のフランス人美術史家ソフィー・リチャード氏は、彼女の愛する日本の芸術と美術館の魅力を世界に発信する。

“The Art Lover’s Guide to Japanese Museums” is a compilation of articles by art historian Sophie Richard.

10代の頃に出会った日本の絵画をきっかけに、日本美術に魅了され探求を続けてきたリチャード氏が、初めて日本を訪れたのは2004年。来日のたびに美術館を訪れ、日本の美学、伝統的な美しさ、建築に触れ、長年にわたって日本の芸術文化に魅了されてきたそうだ。「日本の美学には、言葉にはできない何かが私に語りかけてくるのです」と彼女は言う。

リチャード氏が日本を訪れるようになった当初、日本の美術館は、その存在や展示内容をまだ積極的にアピールできておらず、情報はごく限られていたと彼女は話す。彼女は訪れた数多くの美術館の情報や展示内容、アート作品の魅力などを詳細に取材しまとめ、2014年に『The art lover’s guide to Japanese museums』(2019年改訂増補版)を出版した。リチャード氏の活動は多岐にわたり、日本の文化を世界に紹介し、交流を促進するためにさまざまな取り組みを行う。現在は、ロンドン、パリ、日本で、日本の美術館や文化についての講義を行い、日本に興味を持つ人々がより深く学び、理解する機会を提供する。また豊富な知識と経験を活かし、外国人観光客にとって魅力的な日本の文化体験や観光スポットを提案するコンサルタントとしても活躍するなど、さまざまなプロジェクトに関与している。最近では、外国人向け日本文化プロモーションへのアドバイスの一環として、文化庁が統括する「Japan Cultural Expo 2.0」のプロジェクトを行う。

COVID-19パンデミックは、美術館におけるデジタルイノベーションを加速させた。外出制限が制限されるなか、多くの美術館がオンラインで展示会や講義を行い、アートと文化の“普及と多様化”が進んだ。「これは、プログラムの幅を広げ充実させるという意味で素晴らしいことです。アメリカの美術館で起こっていることをヨーロッパから見たり、日本で起こっていることをヨーロッパから見たりすることができるようになったことは大変良いことです。しかし、人々はアートを現実の世界で見たいと思っていると私は信じている」とリチャード氏は語る。彼女にとって重要なのは、実際に美術館に足を運び、建築の力を感じ、作品を実際に見て、直接触れてみることだ。アートは鑑賞者との対話や共感が重要な要素であり、実際に作品の近くに立ち、筆致や質感、色彩の細かなニュアンスを肉眼で捉えることは、オンラインでは再現しきれない要素だ。美術館の空間に足を運び、作品を目の前で鑑賞することによって、より深い感動や感銘を得ることができるだろう。

「美術館巡りは旅をするきっかけになる」とリチャード氏は旅の魅力についても語った。美術館を訪れる際に、美しい風景や歴史的な建築物、地元の食文化など、多様な魅力を発見することができる。彼女は、「私は人々にたくさんの地域を訪れ、旅をすることを勧めています。日本は治安がよく旅行がしやすいため、外国人観光客にも人気。一度目は日本の中心部に滞在し、二度目はもう少し地方を散策したいと思うかもしれません。そこで私は、美術館を訪れた際にできること、たとえば別のミュージアムや庭園を訪れるなどを私の本の中で紹介しています。美術館に行く途中、道ばたで気になるものを見つけたり、アンティークショップを見かけたり、興味をそそられるものを発見するかもしれない。美術館に行くということは、ただ壁の絵を見るだけではないのです」と話す。

リチャード氏は日本の美術館の研究を続けるだけでなく、海外の方にも彼女が集めた情報を提供し続けたいと強く願い、ビデオ・プログラム「Encounters with Japan」の発信にも力を入れている。日本人が欧米のメディアに登場することは少ないため、日本人の声を届けること、日本人がカメラに映ることはとても面白いと思うと彼女は言う。取材を通じて、たくさんの方たちと出会い、素敵なネットワークができたそうだ。「美術館を訪問し、そこでたくさんの人々と出会い、どのような活動をされているのか自分で聞く。アートコレクターの方達の家、学芸員は美術館、アーティストのスタジオで、彼らがどのように作品と関わっているのかを聞いてみたいと考えています。私はさまざまなテーマで、さまざまな側面を紹介して、その分野の専門家である日本人に語ってもらい、外国の人たちとの直接的なつながりを提供したい」と今後の活動についても語った。

広島県福山市にある禅寺「神勝寺」。ここに現代アートを通じ禅の世界を体験できる施設<洸庭>がある。設計は彫刻家・名和晃平が率いるクリエイティブプラットフォームSANDWICHだ。
PHOTO: NOBUTADA OMOTE

最後にリチャード氏は、伝統美術の継承について語り、我々にはその豊かな文化遺産を次世代に伝える責任があると話す。都市開発や相続税などの問題により、日本で美しい建築物が失われ続けている。彼女はあらゆる時代の建築遺産を保護することの重要性を強調し、日本政府が保護すべき建築物をリストアップし、適切な法的な保護措置を講じることを課題として挙げた。「すべてを破壊してしまえば、すべての都市が同じように見えてしまう。20世紀の伝統的な建築物や、30年代のモダニズム建築は、もっと保護されてもいいのではないでしょうか」と彼女は言った。そして、もうひとつ重要なのが、工芸品の継承だ。「多くの工芸家が、次世代を担う人材を見つけるのに苦労しているのは周知の通りですが、また、工芸に必要な素材を見つけるのにも苦労している。現在、このような状況に対して、様々な団体が連携して向き合おうとしてい。」と語った。

外国人から見た日本の美術の魅力と日本人が感じるそれとは異なる場合があるように思える。それは、異なる文化や美的感覚を持つ人々が、日本の美術に対して新たな視点や解釈を持つからではないだろうか。これにより、日本の美術に対して新たな価値や評価が生まれることは間違いない。リチャード氏が付けていた水引のイヤリングがとても印象的だった。京都でいつも買うという彼女のお気に入りの椿オイルの香りが風に乗って運ばれるなか、「日本の美術館を研究し、普及させることが私の使命だと感じています。日本が誇る豊かなものを守っていきたい」と彼女は語ってくれた。

リチャード氏の本の特徴は、大都市だけでなく、北海道から沖縄まで。日本全国の小さな街の、優れた美術館まで網羅されている点だ。

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