July 26, 2024
<ポートランド日本庭園>から、日本庭園の魅力とは何かを考える。
アメリカ西海岸の北寄りに位置するオレゴン州ポートランドは、全米のなかでも環境にやさしく、街づくりに対する意識の高い都市として知られている。また車が無くても生活できるウォーカブル・シティとしての側面も有名だ。公共交通機関の整備をはじめ、歩行者や自転車を優先した街づくりが行われ、日本から地域再生に関わる人たちがここに視察に訪れるほど、都市計画には定評がある。
そんなポートランド市内を一望する高台にある公園内に、年間約50万人が訪れる本格的な日本庭園があるのをご存じだろうか。それが<ポートランド日本庭園>だ。この地に日本庭園が造られたのは1963年のこと。第二次大戦で生まれた日米両国の深い溝を埋めようと、二国間の相互理解を深めることを目的に公益財団が設立され、1967年に開園したものだ。初期の庭園をデザインしたのは、コーネル大学でランドスケープの修士号を取得した造園家の戸野琢磨(1891~1985)。22,000㎡の広大な敷地に8つの異なった庭園があるのが特徴だ。
ポートランド市民や観光客から愛され、街のシンボルのひとつにもなっているこの日本庭園で、文化・芸術・教育担当の上席執行役員として腕を振るうのが中西玲人だ。彼の前職は在日アメリカ合衆国大使館の文化担当補佐官。キャロライン・ケネディ駐日大使をはじめ、歴代の大使直轄の文化アドバイザーとして、日本での文化戦略の立案と運営に携わっていた人物だ。その中西がポートランド日本庭園で働くことになったのは、この庭園のCEOを務めるスチィーブ・ブルームから、この庭園が行う国内外の取り組み(体験)をキュレーションして欲しいと声を掛けられたからだ。しかしそのオファーは仕事を辞し一家で移住を伴う話だったので数年間は考えたという。
「最終的に私がこのミッションを選んだのは、<ポートランド日本庭園>は日本にとっても“可能性の塊“だと感じたからです。日本庭園には様々な領域の事柄を含む奥深さがあり、美術はもちろん、建築、ランドスケープデザイン、人種問題やサステナビリィティーなど、様々な社会領域の事柄をキュレーションできると思いました」と中西は言う。「大きな敷地に8種類の様々な日本庭園がこの完成度で存在するのは他に類を見ません。様々なスタイルの庭を一か所で見られるということで、”庭の美術館“と呼んでよいかもしれません。庭園の面白さが凝縮されていて、世界中の人たちが楽しみ、学び、インスパイアされる企画がある、こういうタイプの庭園はとても貴重だと思います」と語る。
中西に日本庭園の奥深さについて、それがどの点にあるのか聞いてみると2つの点を指摘した。一つ目は、何百年に渡り培われてきた“エンジニアリングと美の融合”だという。
「雨庭というものがあります。これは池自体を使って治水をすることですが、普通であれば雨水や下水の処理はエンジニアリング分野のことなので水のマネジメントだけ、効率性だけを考えていればよいことです。しかし日本人は庭をつくっていく上で治水を考え、単なるインフラである池を、愛でる対象になるよう昇華させていきました。また、木々を守っていくというメンテナンスの点でも独自のアプローチがあります。草木の剪定で、一見不条理に見える切り方が、実は5年後にすごく美しい庭の構成要素になるといった具合です。それは日本の植栽技術があるからできる技でただランダムに切っているわけではないということ。そし数年後に理想の姿になることも想定し“自然を読む”という奥深さは、これから益々海外が注目していく点でしょう」。
日本庭園が内包するもうひとつの奥深さについて中西は、日本庭園とは“完成形のないランドアートだ”と言う。ランドアートとは、岩・土・木など自然の素材を用い、砂漠や平原などにアート作品を構築するものを差すが、いったいこれはどういうことだろうか。
「作庭家はすべての季節を想定して庭を造っています。ここを訪れた人も、今見た瞬間の庭の姿を見て好きとか嫌いとかを論じるのではなく、一年を通じて庭を見ることで、自分の好きな季節や風景のコンポジションが出てきます。それは、知的な刺激にあふれる体験で、季節の移ろいを感じやすくなり、日本人のもつ自然感や自然との共生を感じることにも通じます。また、リチャード・セラやジェームズ・タレル、イサム・ノグチといった芸術家がインスピレーションを求めた先のひとつが日本庭園だったという話を、庭園を訪れた人に説明すると、観覧者はここが単なる植物園や散策する場所ではなく、創造性の源なのだ、という風に庭園への見方が変化します。こういう点で私は、日本庭園は完成形のないランドアート、変化し続けるライブ・アートだと思います」。
ここを訪れる人で一番多いのは人種に関係なく25歳~44歳の層で、入場者の47%を占めるそうだ。社会の荒波の中でもまれ、その癒しや休息のため、あるいは自分自身を見つめ直すために訪れるのだろうか。実社会で活躍する比較的な若い人たちが多く訪れているという点は実に興味深い。日本庭園に魅了され、今日も多くの人が<ポートランド日本庭園>を訪れている。
中西玲人
ポートランド日本庭園上席執行役員(文化・芸術・教育担当)。14歳で単身渡英し、以降約10年間ケンブリッジ及びロンドンで過ごす。大学卒業後、外資系総合電機会社や現代アートプロデュースおよび文化プログラムのキュレーターを経て、2008年~2018年まで在日アメリカ合衆国大使館・文化担当官補佐として、キャロライン・ケネディ大使など歴代駐日大使直轄事業のアドバイザーを務め、合衆国大使館における文化戦略の立案と運営に携わる。2018年よりアメリカへ移住し現職に着任。ポートランド日本庭園では文化・教育プログラム、アート展覧会のほか、アメリカ国内外における他文化機関との戦略的提携などを担当する。
PORTLAND JAPANESE GARDEN
アメリカ合衆国オレゴン州ポートランド市にある日本庭園。第二次世界大戦による日米間の溝を文化交流により埋め相互理解を深めることを目的に、1963年に市民により創設されたアメリカ合衆国の公益財団法人。庭園は東京農業大学教授で造園家の戸野琢磨氏によりデザインされ、1967年に開園した。8つの庭園様式からなる本格的な日本庭園は、市内を見下ろすワシントンパーク内のウエストヒルズに位置し、地元の住民や観光客など、年間約50万人が訪れる西海岸でも有数の文化スポットとなっている。
●611 SW Kingston Avenue, Portland, Oregon 97205, USA 開園時間:夏期(3月11日~9月30日)水曜~月曜:10:00am~5:30pm(最終入園時間は閉園30分前)。入園料:$21.95
https://japanesegarden.org/