September 22, 2022

【細川護熙】文化を守り、創る。伝統工芸と細川家の500年。

ライター:橋本麻里

PHOTO: YOSHIAKI TSUTSUI

細川護熙(ほそかわもりひろ)

1938年、東京都生まれ。朝日新聞記者を経て、衆参議員、熊本県知事、日本新党代表、内閣総理大臣を歴任。政界引退後、神奈川県湯河原の<不東庵>にて作陶、書、水墨画、漆芸などを手がける。公益財団法人<永青文庫>理事長。ウクライナ支援のためのチャリティとしてポーラミュージアムアネックスにて個展を開催。9月21日〜24日には、東京美術倶楽部での入札会に、漆絵を含む作品150点を出品。収益はUNHCRに寄付する。著書に『不東庵日常』(小学館)、作品集『晴耕雨読』(新潮社)、『胸中の山水』(青草書房)など。

室町時代(16世紀)に室町将軍、織田信長に仕え、優れた武人、また当代一の文人として名を馳せた細川幽斎を初代とする細川家。代々、文武両道を旨とする当主はいま、細川護煕が担う。熊本県知事を経て第79代内閣総理大臣を務めたが、1998年、60歳を機に政界を引退。以後は8点の国宝、33点の重要文化財を含む、細川家に伝来した美術品、歴史資料約94,000点を保存・公開する公益財団法人<永青文庫>の理事長を務めるだけでなく、自ら陶芸や書、絵画の制作に打ち込み、作家としても高い評価を受けている。

細川家2代の忠興は武将としての武功のみならず、わび茶を大成した千利休の高弟として、歴史に名を刻む。その血を継いで──というべきか、茶碗をはじめとする陶磁器は、細川の作品の中でもよく知られている。面白いのはその後に始めた、漆の作品だ。といっても、いわゆる蒔絵や螺鈿を施す「漆器」ではない。漆を素材に描く、「漆絵」である。

2022年、細川家ともゆかりのある京都・龍安寺に32面の襖絵を奉納。龍の一生を描く。
PHOTO:YOSHIHIRO SAITO

「もともとは陶芸の傍ら始めたことです。工房で茶碗を焼いていると、窯傷などでひび割れしたり、口縁が欠けたりするものが、どうしても出てしまう。それをいちいち金継屋さんに出すと大変な額のお金が必要なので、だったら自分で漆を使って繕いをしよう、と始めてみました。たまたま知り合いの植物学の先生が漆に詳しく、ご自身でも漆を塗った細工ものをいろいろお作りになる方だったので、材料をどこで入手して、どんな種類の漆があって、それぞれどう扱えばいいのか、一から教えていただいた。これまで破れた茶碗は金継に出すか、捨てるかしかなかったのですが、漆を始めたおかげで、甦らせることができるようになったし、最初から傷のない完全なお茶碗よりずっと良くなることもしばしばです」

そうやって自らの手で漆に触れているうちに、これで絵を描いてみたらどうだろう、と思いついた。ちょうど油彩を描く手元に、チューブに入った漆があったことからの連想だ。最初は油彩用のごく小さなキャンバスを買い、野仏や釈迦三尊、果物を描いてみた。法隆寺に伝来する、有名な『玉虫厨子』(飛鳥時代、国宝)は、その基台を飾る釈迦の生涯を描いた図がいずれも漆絵であることが知られている。だが、現在は技法を継承する人もいない。一度塗った漆を削ることもあれば、釘彫りのように線を彫ることもある。色をつけたければ、塗った漆が乾く前に日本画用の岩絵の具の粉や、金銀の粉を振って定着させ、と試行錯誤の中で、このところはだいぶ自由に描けるようになってきた、と笑う。

水墨画では人間国宝・岩野市兵衛氏の漉く和紙を愛用する。
PHOTO:YOSHIHIRO SAITO

「要するに、漆を塗った表面に金粉を蒔き付ける、蒔絵の技法と同様です。支持体が椀ではなく、キャンバスだという違いだけ。いま気に入っているのは、中国絵画の伝統的な画題である草虫図です。昆虫と草花を組み合わせたモチーフで、当初は昆虫図鑑や植物図鑑を調べ、屋外で草花を観察して描いていましたが、虫と草の組み合わせについては、玄人はだしの昆虫好きとしても知られる解剖学者の養老孟司先生にアドバイスをいただくようになりました」

子供の頃には細川家の家紋である九曜紋の入った漆の膳や椀で食事をし、<永青文庫>には馬具、また漆工の傑作として国宝に指定される《時雨螺鈿鞍》を収蔵する。そうした「伝統」を背景に、自由な創造を楽しんでいる細川だが、技法や素材、道具の継承についての懸念は拭えない。

「いま、蒔絵用の筆を作るのは大変なのだそうですね。細い線を描くための筆は、かつては木造船や蔵などに住む鼠の背骨の両脇の毛を使っていたものが、最近では栄養過多で鼠の体格が大型化し、下水を通り抜けるときに背中が擦れるので、強く真直ぐな毛先を筆に使うことができないと聞きます。20年ほど前までは、琵琶湖畔の葦原に置いた廃船で鼠を飼育している方がいましたが、それも途絶えてしまい、現在は他の動物の毛で代替しているそうです。筆一本でそんな状態ですから、蒔絵に限らず伝統工芸の技術や道具を継承していくには、気の遠くなるような努力の積み重ねが必要になる。父が伝統工芸会の会長を務めていましたし、自分も知事時代に肥後象嵌など熊本県の工芸の現状を目にして、気になっていました」

近年は寺院の襖絵を頼まれる機会も多い。建仁寺に『瀟湘八景図襖絵』24面、龍安寺に『雲龍図襖絵』32面……と多くの枚数を描くためには、使う和紙の量も膨大になる。細川は「自分が使う紙をつくってもらっているから」と言うが、こうした上質な和紙の文化を守り、安定した供給を支えるため、楮や三椏などの栽培から技術の調査研究、公開までを行う一般財団法人「世界紙文化遺産支援財団 紙守」の評議員にも就いている。

鑑賞する、使う、つくるまででは終わらない。伝統工芸を守り、育て、未来へ繋げるまでのあらゆるプロセスに細川が関わっているのは、500年以上を文化の守り手としてあり続けてきた、歴史ゆえなのかもしれない。

蜘蛛がかけた糸、虫が喰った葉などのリアリティも、この草虫図の魅力のひとつ。
PHOTO:YOSHIAKI TSUTSUI

侵攻開始直後から描き始めた《百鬼蛮行─私のゲルニカ─》。「石棺」の中にはプーチン大統領の姿も。
PHOTO:YOSHIAKI TSUTSUI

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