SIGN UP

民間が“公共”をつくる試み。ホテルを起爆剤に、前橋を変えていく。

December 16, 2021

ライター:内田有佳

田中仁
1963年群馬県前橋市生まれ。株式会社ジンズ代表取締役社長。1988年にジンズの前身となる有限会社ジェイアイエヌ設立。2001年よりアイウエアブランド〈JINS〉をスタート。2014年、一般社団法人田中仁財団を設立、同財団代表理事。
PHOTO: YOSHIAKI TSUTSUI

2020年12月の開業からわずか一年で世界中から注目されるようになったちょっと変わったホテルが群馬県前橋市にある。4階までの巨大な吹き抜けを彩るのは現代アーティスト、レアンドロ・エルリッヒの光の作品。フロントの背後には現代美術作家・杉本博司の写真が飾られ、ひとつひとつ内装の異なる客室はジャスパー・モリソンやミケーレ・デ・ルッキといった世界的デザイナーが手がけている。創業300年の老舗旅館を再生させた、驚くべきアートホテル〈白井屋ホテル〉である。

前橋市は、東京駅から電車で1時間半、人口33万人の地方都市だ。県のほぼ中央に位置する群馬県の県庁所在地だが、人口は2000年をピークに減少。営業をしていない店舗が連なる“シャッター商店街”も問題になるほど、空き地や未利用土地といった遊休不動産が増加していた。そんな状況を変えた人物が、前橋出身のアイウエアブランド〈JINS〉の創業者田中仁だ。2020年12月にオープンした〈白井屋ホテル〉を皮切りに、次々とプロジェクトを仕掛けている。

「地域貢献をするきっかけは2010年に、世界の優れた起業家を表彰するErnst&Young ワールド・アントレプレナー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、翌年2011年に、世界大会に出席したことです。モナコで開催されたその大会には世界中から優秀な起業家が集っていましたが、皆、当然のこととして社会貢献にエネルギーを注いでいました」。田中はその姿に大きな衝撃を受けたという。

田中がまず始めたのは人を育てること。2013年に群馬県の起業を支援・促進する「群馬イノベーションアワード」と、2014年に社会人や学生を対象とした起業家育成スクール「群馬イノベーションスクール」をスタートさせた。その活動の中で、老舗旅館〈白井屋〉が存続危機にあることを知る。

「創業300年の歴史ある旅館が売りに出されている。更地になって新しい建物ができれば、またひとつ前橋のアイデンティティが失われてしまう。熱い気持ちで地元の創生に取り組んでいた若者やアーティストたちの思いに後押しされ、ひとまず建物を購入することにしました」

だが、この時にはまだ、ホテル経営を誰かに委ねようと考えていたという。しかし、パートナーは見つからない。「理由は、前橋という土地に魅力を感じてくれる人がいないことでした。ならば、街を変えよう。それで、行政でもない自分が、街づくりのビジョンを打ち出すことにしたんです」

真鍮の配管を巡らせたアーティスト、レアンドロ・エルリッヒによる客室。
撮影:木暮伸也

約3000枚の木片が壁を覆うデザイナー、ミケーレ・デ・ルッキによる客室。
撮影:木暮伸也

白井屋ホテル
2020年開業。25室。創業300年余りの老舗旅館「白井屋」を改修したホテル。
レアンドロ・エルリッヒ、ジャスパー・モリソン、ミケーレ・デ・ルッキらが関わる。
●群馬県前橋市本町2-2-15 TEL:027-231-4618
https://www.shiroiya.com/

コンサルティングを依頼したのはドイツの〈KMS TEAM〉。海外の大手コンサルタントを巻き込んだのは、外からの視点で“新しい前橋”を発見したかったから。〈KMS TEAM〉からは「Where good things grow(良いものが育つまち)」というキャッチコピーが届き、そこから同じく前橋出身のコピーライターの糸井重里が、「めぶく。」という言葉を考案。街づくりの方向性が定まった。

田中の気持ちはもうホテル経営にチャレンジする方向で固まっていた。リノベーションを依頼したのは建築家の藤本壮介。建物購入から開業まで6年半を要した。

「大切にしたのは、算数で物事を考えないこと。利益率や生産性、数字で測れる価値は無視して物事を進めました。客室数を確保することよりも、大胆な吹き抜けの持つ魅力を大切にしました。もうひとつ、何の真似もしないことも決めていました。数々のジャーナリストが白井屋ホテルを訪れていますが、その度に“世界のホテルのどこにも似ていない”という嬉しい言葉をいただいています」

〈白井屋ホテル〉は国際的アワードを次々と受賞。米国の人気デザイン誌『Architectural Digest』の「2021 AD Great Design Hotel Award」や、インターナショナル・トラベル・アワードの「ザ・ベスト・ニュー・ホテル・イン・ジャパン2021」、英国の旅行雑誌『ナショナル・ジオグラフィック・トラベラー』の2021年のベストデザインホテルに入選するなど、世界が認める存在になっている。

1970年代竣工の建物を改修したヘリテージタワー。外壁の文字は、ローレンス・ウィナーが前橋をテーマに制作したアート作品。
撮影:木暮伸也

田中はホテル再生と並行して様々なプロジェクトを進めてきた。商店街にパスタのレストラン、和菓子屋、海鮮丼屋をオープンさせて活気を戻したり、今後は商店街周辺の道路を、公園のように大胆に緑化する計画もある。2021年4月にはベーカリーを併設したショップ〈JINS PARK〉をオープン。建物の半分以上が自由に使えるオープンスペースで、休日は親子連れや若者で溢れている。

「前橋の街が変わるきっかけになったのはこのホテル。これからは、民間が公共をつくる時代で、その考えを最初に踏襲したのが〈白井屋ホテル〉です。敷地内にはカフェやベーカリー、フルーツタルトの専門店もオープンし、常に地元の人たちで賑わっています。また、ロビーは宿泊者に限らず、前橋に暮らす人々誰もが自由に出入りでき、くつろげるようにしました。土地の人と、外から来た人が出会えば、それによって固定化されていたものが動き出す。ホテルはあらゆるものが交差する場所。そこから生まれるエネルギーが、地方を変えていく力になると信じています」

Subscribe to our newsletter

When you register your e-mail address, you will receive the latest information about Sustainable Japan by The Japan Times, including events and new articles.

Email Address