October 27, 2023

離島で行われる、サステナブルな酒づくり。

<学校蔵>から車で5分くらい行ったところにある水田。日本海を望む、佐渡島の美しい風景が広がる。
PHOTOS: TAKAO OHTA

1892年に新潟県佐渡島にて創業した<尾畑酒造>。130年以上にわたって日本酒を作り続けてきた酒蔵の5代目である尾畑留美子は、酒造りに欠かせない豊かな自然を守る取り組みや、佐渡と世界との橋渡しなど、さまざまな側面から酒文化を守り、育てる活動を展開している。

大学から東京に出て大手映画会社で宣伝の仕事をしていた尾畑だが、父親が病に倒れたことをきっかけに、「明日がもし自分の人生の最後の日なら、最後に何がしたいか。わたしは自分の原風景である酒蔵で、我が家の酒を飲みたい」と考えるようになり、夫と共に佐渡に戻って酒蔵を継ぐ決意をした。28歳のときだった。「豊かな自然環境こそ佐渡島の魅力」と考える彼女は、サステイナビリティを意識した原料を使用した酒造りだけでなく、その酒を通して島の魅力を海外にも発信するため、2003年から海外輸出もスタート。「酒が生産地の物語を伝えるべきだと思い、私たちがつくる日本酒に地域の個性を込める取り組みをしてきました」と語る。<尾畑酒造>の酒がどれも原料や造り方、食べ物との相性などにおいて、地域性をアピールするものであるのはそのためだ。

ゼロカーボン・ブリュワリーを目指す<学校蔵>は、再生可能エネルギーを使った酒造りに取り組んでいる。そのため、敷地内2か所に太陽光パネルを設置している。

そんな中、2008年に出会ったのが、2年後に廃校になることが決定していた西三川小学校だ。<尾畑酒造>の酒蔵から海岸沿いの道を車で15分ほど行ったところにある、崖上に建つその校舎からは、海に沈む夕日が見える。「夫は、これがこのまま使われずに朽ちてしまうのはもったいないので2つ目の酒蔵として活用してはどうかと言うのですが、わたしは猛反対しました」と彼女は語る。

その当時、日本酒の輸出量は年々増えているとはいえ、2008年当時の日本酒の全出荷量のうち、輸出が占めるのはわずか1.8%。頼みの国内出荷量はそれまでの10年間で4割以上減という状況だった。新しい蔵への投資に難色を示すのも無理はない。それでも、まずは見に行こう、と夫に連れられて小学校を見に来た時、校舎が建つ丘の上から景色を眺め、佐渡の美しい風景に改めて感動したという。尾畑は思わず夫のほうを振り返り、「これはやらねばならぬ」と伝えたという。

2010年よりこの小学校跡は、<学校蔵>という名称で、主に酒造りを行う場所となっている。酒造りは冬場にスタートするのが一般的だが、<学校蔵>では夏場に校舎内に冬の環境を作ることで、暑い時期の酒造りを可能にした。さらに、ここでは毎年夏場を中心に1週間の酒造り体験プログラムが実施されている。特別な宣伝をしているわけでもないのに、海外からの参加者も多いことから世界における日本酒への関心の高さが窺える。

参加者たちには、普段蔵人たちが行っている作業を体験してもらうだけでなく、地元に溶け込んで佐渡暮らしを味わってもらうよう心がけているという。この取り組み開始から8年、<学校蔵>の酒造り体験プログラムは地元の人たちにとっても馴染みのあるものになってきた。参加者たちが街に出れば、「ああ、今回の酒造りに参加している人たちだね」という具合に、住民からも気軽に声をかけてもらえるようになったそうだ。

尾畑留美子
新潟県佐渡島にある、創業1892年の酒蔵<尾畑酒造>の5代目。1992年に実家の酒蔵を継いだ。 廃校になった小学校を、2014年、尾畑酒造第二の酒蔵<学校蔵>として再生。2022年にはこの建物内にカフェと宿泊施設を開設。酒造りはもちろんのこと、「酒造り体験プログラム」やワークショップなどを実施し、交流・学びの場にもなっている。

2022年には、校舎の一角に海の見えるカフェも完成。酒造りの過程で出た酒粕などの副産物や麹、地元生産者からの食材を活用することで廃棄物、フードロスの削減にも取り組んでいる。

また、施設の維持に使われる電力には再生可能エネルギーの割合を増やすよう校舎の近くに太陽光パネルを設置した。これにはゼロカーボンの達成だけにとどまらない意味合いがある。外からのリソースに頼らなくても、自立して稼働できる施設というのは災害などの有事の際に地域を支える役割を果たす。「生活という日常と観光という非日常と防災という非常時を1つのプラットフォームで実現するというモデルを作りたかったのです」。尾畑の目は真剣だ。

酒造りの原料選びにも地域への思いが込められている。島の東部、新潟港と佐渡島間のフェリーが発着する港近くに加茂湖がある。ここで養殖されている牡蠣の牡蠣殻を粉砕して土壌改良剤として使用している水田がある。そこで採れた、環境に優しい米を酒造りに採用しているのだ。このように佐渡では、トキをはじめとする野生生物を育む農法がさかんに行われてきた。一度は絶滅に追いやられたトキだが、その後佐渡では繁殖、放鳥、保護などの活動の甲斐あって、あちらこちらの水田でトキの姿が見られるようになった。

そのほか、佐渡の東南部には400年の歴史を持つ棚田がある。岩首昇竜棚田と呼ばれ、その名のとおり、460枚もの大小さまざまな水田が、竜が空へと昇っていくように山間を埋めて階段上に高く積み重なる。丘陵地の土地を少しでも有効活用すべく作られた棚田は一枚が小さいだけでなく真四角ではないため、大型機械を入れることができない。尾畑は、手作業が多く、重労働のため後継者不足で農家が苦労していることを知り、そこで採れた米を買うことでひとつの支援になればという思いで、2019年から継続的に購入し、その米で『龍の恵み』という酒を作っているという。

元々、日本の酒造りは地域と共にあり、持続可能な方法を受け継いできたからこそ何百年もの歴史を持つ酒蔵が日本中に残っている。「このことを、酒や酒造り体験を通じて世界中の人に知ってもらうことが、世界における日本酒の存在感を高めることにつながり、市場が広がります。そうすれば持続的に酒造りを続けることができ、地域の米作りや、きれいな水や自然、景観を守る取り組みも継続し、循環していくのです」と彼女は熱く静かに語る。

元職員室だった部屋をカフェにした<学校蔵カフェ>。酒造りの過程で発生した酒粕や麹を活用し、食品廃棄物に削減に努めている。

小学校の木造校舎はそのまま、各教室を講義室や図書室などとして、現在も使用している。

日本酒<真野鶴>をはじめとした、尾畑酒造がつくる日本酒のボトルが並ぶ。

尾畑留美子

新潟県佐渡島にある、創業1892年の酒蔵<尾畑酒造>の5代目。1992年に実家の酒蔵を継いだ。
廃校になった小学校を、2014年、尾畑酒造第二の酒蔵<学校蔵>として再生。2022年にはこの建物内にカフェと宿泊施設を開設。酒造りはもちろんのこと、「酒造り体験プログラム」やワークショップなどを実施し、交流・学びの場にもなっている。

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